36話「助けたいと心が叫んだ」
風が心地良い。
季節は夏季。運動するのには少し暑くて、涼むには少し寒い。こうして、皆が寝てる時間に屋上に出てきて、自分の感傷に浸るというのも案外、悪くは無い。
この崩れながらに"街"という体を保つスラム街は、復興街よりも暖かく感じる。街の人の中にも、当然私みたいな余所者を嫌う人は多いけど……それでも、復興街の人より、うんと“生きている”……と感じる。
……どちらかと言うと、復興街に住む人間に“命”を感じないというのが正しいのかな……?あの街の人は、皆同じだ。決められた場所で、決められた仕事を、決められた様に進めていく。まるで機械だ。いや、別に国に従って懸命に生きている国民達を馬鹿にしてるわけじゃない。第一次産業や国軍として働く公務員の人達は、私達の生活を支えてくれている大切な役割で、実際に本当に感謝してる。ただ……あまりにも……そこに彼等の意志はなく、数百人もの人間が1つの意志で動いている様な日常に気持ち悪さと異常感を持ってしまう。
建物や文明という外見的なものだけが栄えているだけで、人と人の交流や助け合いはまるで無い。例えば、通りを歩く少女が転んだとして、膝を擦りむいて、泣いてしまったとしよう。その時に、「大丈夫?」と声を掛ける人間があの街には何人いるだろう。100人通って5人程度声を掛けたら良いほうだろう。……なんというか、怖いんだ。心……というか、人を人として認識していながら、知らぬ存ぜぬでいるあの街が、あの街を生きている人間が、たまに、目も、鼻も、口も、耳も、何もかも無い“のっぺらぼう”に見えてしまうんだ。
……あぁ、だからか。
私が、この街で便利屋を始めた頃は街を駆け回っては困っている人がいないかと探していた。けれど、今、こうして“便利屋”としてよりも“怪物駆除業者”として動くようになったのは、怖くなったからだったのか……人に無関心であり続けるあの街と人間。そして何より、それに「そういうものか……」と思ってしまってる自分が。
そう思うと、本当に君との出会いは本当に奇跡だとしか思えないね……紅鈴。突如として街の中で起きた爆発。霊気生物、怪物が原因だった。一同に逃げ出した人間たちの有象無象の中、その人達と真逆の方向へ走る紅い髪が見えた。さらにその先、大通りに降り立った怪物に物怖じせずに、君は、立ち向かったんだ。まだ、霊気の操作も出来なかったのに。まだ、魔の手も扱えなかったのに。武器も何も持たず、君は、立ち向かった。
強く感じた。君を死なせちゃ駄目だって。まだ、紅鈴の事、名前すらも知らなかったのに……この人だけは、君だけは、何が何でも助けないといけないって、“僕”の心が突き動かしたんだ。あの時の僕が勝てる相手じゃ無かった。でも、勝てた。君が……僕の事を、私の事を、奮い立たせてくれたんだ。
……絶対に助けるからね。
あと修行は後4日。そして2日休んで、廃遊園地でアカシャと……戦う。間違いなく、そこで、運び屋とも戦うことになる。分かってるのは……美玉 珠々は単純な近接戦闘能力は間違いなく、私より上。素直に考えるなら、あのレベルかそれ同等が後3人。更に、アカシャ。アカシャの仔だって当然いるだろう。
……数が多すぎる。私と狒々丸さんと一角さんで挑むのは無謀……か。
「修行をしてるわけでもないのに……寝なくて大丈夫なの……魅神君?」
「ぬぉぉぉぉ!?今、何時だと思ってるんですかっ!急に視界の端から顔持ってくんのやめてくれます!?ビビるんですけどっ!」
「おやおや!これは、失敬失敬!テヘペロって奴だね。許してくれ……魅神君♪」
「……それで、今日はまた何のためにコチラに?」
「なんで居場所が分かったんだ!?……とか聞かなくていいの?説明しなくて楽だから……ワタシは嬉しいんだけど……」
「そんなもん、今更ですよ。きっと貴女は、私の知らない私の事もぜ〜んぶ把握してるでしょうに、守都さん」
「へぇ……ワタシは、まだ、四方画さんとは呼んでくれないわけだね。狒々丸や一角君とは随分と仲良くなったみたいなのに……」
「……」
「まぁ、そんな事はどうでもいいんだけどね……」
この人は……本当になんなんだ……?
凛としていて、真面目で、優しさも持ってる。温かで、賢明で、真剣で、柔らかくて、明るくて、爽やかで、美しくて、綺麗で……どこまで行っても底が見えない。
人間誰だって、表向きと裏向きの2つの顔があるはずで、一角さんみたいな真っ直ぐな人にも、狒々丸さんみたいな明らかに腹の中に何かを入れ込んでる人にも、間違いなく表と裏がある。
表と裏がある事は悪い事なんかじゃなくて、当たり前なんだ。自分の中で秘めるモノがあるからこそ、相手をもっと知りたいと感じて、寄り添えて、その寄り添いに自分が一歩踏み込む事で、相手を更に理解が出来る。だから隠し事があるというのは人間関係において当然必要で、人と人が互いを見つめ合うのに大切な事なんだ。
……でも、この人にはそれがない。隠してない……というか、隠す気がない。嘘を吐かない訳じゃない。秘密ごとがない訳じゃない。
ただ、明らかに、嘘を吐く時は「嘘ですよ」という声をする。隠したい事や教えたくないだろう事にも「知りたいか?」と迷いなく聞いてくるし、実際に相手に知りたいと言われたら言う……そういう顔をしてる。
そのクセに、こちらのことは余す事なく分かっているという反応をする……この妙な余裕がこの人と話す時に、本音を綺麗に隠してしまう。
無常にも、非情にも……彼女の心は開く気配も無い。守都さんと出会って、数年……それは変わらない。
「ワタシが今日ここに来たのは他でもないんだ……」
ドサッ!
「え……?」
守都さんは両膝をついた。汚れの一つすらもない綺麗なスーツを着ているのに……だ。そこからはあっという間だった。迷いなく私に頭を垂れて、平伏した。
「これは、依頼でも無ければ、命令でも無い。クズレの国とも何も関係無い、ワタシ個人から魅神 命……君に対してのお願いだ」
初めての事だった。
守都さんが、私の事を魅神 命と呼んだのは……。
初めての事だった。
守都さんが、誰かに頭を下げる姿を見るのは……。
初めての事だった。
「群道 浪歩を……助けて上げて欲しいんだ……!お願い……だ……魅神 命ッ!彼を……!ワタシを……!助けてくれぇ……!」
守都さんの本音が聴こえたのは……。
そんないつもと違う守都さんを見て、私が答える事なんて一つだった。
「はいッ!お助けいたしますよ♪」
私が伸ばした手を掴んだ守都さん。その顔を私の後ろから登りつつある朝日が照らす。
初めての事だった。
余裕の感じない、素の守都さんの笑顔を見るのは……。