34話「強くなる方法」
「さて、問題です。2人共!何故、私に2人はダメージを与えられなかったでしょうか?」
「……嫌味かよ」
「別にそういうのじゃないですよ。2人にも出来るようになってもらうんですから!」
「……霊気操作ですね」
「うん!狒々丸さん、正解。さっき狒々丸さんが魔の手を使ったのも霊気操作の1つだしね。でも、2人にはもっと基本的な所を学んでもらおうと思ってます。霊気操作……これが出来るかどうかで、戦闘レベルは大きく変わってきます。霊気を強く纏えれば、命を守る事が出来る。霊気を強く放てば、相手にダメージをより重く与えられる。霊気とは、心技体の全てを支え、全てに支えられる事で成り立つ戦闘の真髄……です」
「今からその霊気を使った攻撃をしてみせます。2人共、ちゃんと霊気を纏わないと大怪我ですよ!大丈夫っ!2人共、この2日でちゃんと霊気を扱う感覚……霊気を操る感覚……理解してるみたいですしね!」
「おいおいおい……!なに、する気だ……!オマエ……!」
「あーー。努めてみましょうか……」
十手ごと右手に纏わりつく確かな重み。
霊気を溜める。
集中……霊気と意識。
そして、狙う……標的は2人。
目前の逃げ場のないビルとビルの間にいる2人。
懐かしいな……私が、まだ鬼じゃ無かったあの時に、2人の役に立つ為に、猛る怪異を討つ為に、強くなる為に……向こう側に立っていた時もこれだった。この、手綱の一撃を受けた。
そう、この──
「破壊的な一撃ッッッ!」
──魂を乗せた一撃を。
「2人共、お疲れ様です♪」
◆ ◇ ◆
「それじゃあ、今日もお先にお風呂頂きます♪」
スラム街……それも、こんな崩壊世界で、入浴が毎日出来る。クズレの国において、それは当たり前と成りつつあるが、これも全て守都 四方画の手腕である。
正確に言えば、守都 四方画と共に、この奇跡の国を成り立たせている5名の技巧者・五本指によるものであるが。
器用に存在する命の頭の上の桶には、タオルやら何やらが詰め込まれている。バランスを取るには難しい重さに見えるそれを、くらりくらりと揺らしながらも平然と満面の笑みを浮かべる命だった。
「……せっかくだし、3人で入らねぇか?」
「おー……入るぅ……?」
「ん……嫌なら、別に良いが……」
「いや……良いんだけどさ……なんか恥ずかしいじゃん。その……裸とかさ……それに2人共さ、僕よりうんと、随分とカッコいい体してるじゃん。……ねぇ?」
「……別に見やしねぇよ!男の裸体なんか!」
「フフッ。お二人は本当に仲がよろしいですね♪」
「うるせぇ!」
「ふふん!」
「それでは……入りましょうか」
カポーンっ♪……と心地の良い効果音が聞こえてくる光景。治療所の風呂場とは思えない小さな銭湯ぐらいの広さはある風呂場で、仲良く同じ湯に浸かる3人。狒々丸、命、一角の順で並んでいる為、まるで凹の字である。
健康的な長身、筋骨隆々とした漢らしい肉体に挟まれる純白の控えめな肉体は横にいる2人の肉体も相まって、少女と言われても信じられるものである。頭に巻かれたタオルの内に詰め込まれた美しい白髪もそれを肯定する一因であった。
「んふ〜〜〜♪気持ちいいねぇ♪」
「ですねぇ〜……」
「あ、あぁ……そう、だな……」
「何モゴモゴしてるんですか……一角さん……?」
「いや……その、思ったよりも……絵面が……やべぇな」
「誘って来といて何言ってんですか!」
「インナーマッスルが凄いんでしょうか……?まるであの怪力が繰り出される肉体とは思えませんねぇ……」
「まぁ……確かに体は鍛えてるけど、半分以上は霊気操作によって生み出してるからね。……にしても、2人共、流石だったね。霊気を纏ってくれるだけで良かったのに、霊気全力でぶっ放して、私の事吹き飛ばすんだから……」
「どんだけ根に持ってんだよ……!」
「別にぃ〜!」
酷くジトリ……とした目で見つめてくる命になんとか無視を決め込み、一角は話を続けた。
「何回かやったけど、霊気の操作って難しいんだな……いや、そりゃあ簡単に出来るとは思ってなかったけどよ。少し霊気込めただけで思った以上の負荷が身体に伸し掛かってくる。相当上手く扱ってんのな……命って」
「ははは!心配しなくても大丈夫ですよ。今日一日で確信しました。2人はすぐに霊気操作出来るぐらいになりますよ」
(実際、そこそこ本気で撃ったんだけどなぁ……平然としてたからなぁ……。一角さんに関して言えば、完全に感覚だけで霊気を操作出来てる。……まぁ、本人的にはそれは自覚してないだろうけど。逆に魔の手を扱える程度には霊気を扱えている狒々丸さんは、当然だけど霊気を纏って防御をする事は出来てる、流石だなぁ。……霊気消耗がまだ実用的じゃないってのはあるんだけどね。何にせよ、2人共ちゃんと成長してる、予想以上のスピードで)
「……でだ、命」
カポーンっ♪……と、一見のったりしていた命に、ひたすらに真っ直ぐな声が投げつけられる。今さっきまでの、のほほ〜んとした声色が嘘のような真剣さを纒った声だった。
「この後、いつもどこ行ってんだよ。俺も、狒々丸も勿論だけどよ……自衛団の奴らも先生も心配してんだぜ?まだ2日しか見てねぇけどボッロボロの姿で修行始めに来るお前が心配なんだよ」
「えぇ……。命様が話して下さらないので、あまり深くは探ろうとは致しませんでしたが……気にはなりますよ、命様」
「ん〜〜……普通に修行だよ。アカシャと戦う事になった時に、今のまま殴り込んでも無様に負けるだけですし……。だから……その……ちょっとした修行を……」
「それは、見学させて頂く事は難しいのですか?」
「そうなりますよね〜〜〜……。う〜ん……う〜〜〜ん……う〜〜〜〜〜ん……」
「そんなに嫌なのか?……別に2日連続であんなにボロボロになってんだからよ、なんとなく大変な事してるのも危険なのも分かってるぜ?」
「……じゃあ、夜ご飯を食べたら今日も行くつもりなので、その……ついてきます……か?」
「で、どんな所で修行してんのかと思えば、こんな崩壊街の立体駐車場上でやってんのかよ……こんな所でいったいどんな修行してんだよ、命」
「何故……わざわざ2階に?」
夜。寒いくらいの風が肌を切り裂く廃デパート横に辛うじて存在する立体駐車場、その2階に来た命達3人。
ここが正しく、命の言う……修行の場であった。
「2人共、その柱の裏から出てこないでくださいね。後、それから……霊気を纏わせる白札をこの建物全域に掛けているので滅多に崩れないとは思いますが、万が一の時は私は気にせず、逃げてください。……1階や屋上でやると、地面が繋がってるのと、屋根がないのとで上手くその効果が発揮しないんですよ」
2日前、修行を開始したその日から突然と命の腰、ベルトの横、十手と反対方向に取り付けられていた黒いアタッチメント。
言わずもがな、命に宿ってしまったアカシャの力・鬼を封じ込めた玄札を入れるようの硬い長方形。それを2人に、見せるように振り返り、命は言葉を続ける。
「2人共気づいてましたか?……2人が私の持ってきた白札で霊力をダダ漏らしながらランニングしていた最中、実は私も霊力を大きく消耗しながら走っていた事」
「なん……だと……?」
「黒い長方形は、クズレの国の研究チームが作った霊気認証式呼応装置って呼ぶらしいです。ご存じでしたか……?……狒々丸さん」
「いえ、まったくもって……おそらく、私が抜けてから作られたものでしょう」
「じゃあ、私が説明しますね。……と言っても名前の通り、この箱の中にあるものを呼応させる装置です。ただし、霊気認証式ですからね。最初から反応すると設定された霊気でしか反応はしません。では、私は、この箱の中に、何を入れているのか……?そう、思いますよね。お答えします……それは──」
真っ直ぐに、強く、優しく、ただひたすらに真っ直ぐに、彼の視線が向かう先にあるのは、箱の中にあるその……。
「──鬼自身です」