31話「修行ですよーーーーー!!!!!」
「さぁっ!さぁさぁさぁっ!!!始めますよふたりともーーー!修行ですよーーーーー!!!!!」
天候、晴天……超えて快晴。
スラム街の医療所に一声、命の元気な言葉が響く。
「すげぇな……」
「やる気いっぱいだな……」
「うるさいな……」
「まだ朝の4時なんだけどな……」
医療所の2階の部屋から覗く4人。二郎、三助、四美、五右衛門は鬼の前に立つ2人の背中を見る。
「よろしく頼むぜ!命ッ……!」
「全力で努めさせて頂きます!命様ッ!」
強く拳を握る。
横長の眼鏡の位置を直す。
2人共、やる気に満ちて命の呼び掛けに応えた。
「はい、それじゃあ修行を始めていきます!お2人共、大きく動いても手足が当たらないくらいに開いて下さい!……はい。良いですね。それではやっていきましょー!ラジオ体操デスッ!」
……と、摩天城の特務隊用倉庫から盗んできたラジカセに触れて、霊気を流し込み──。
テンテンテンテンテレレレテンテン♪
──軽快な音楽を流し始めた。
「はい、それでは私を真似て下さいね〜!」
「「……ん?」」
「どうしました……?2人共……?」
「いえ……その……」
「なんかもっとこう……ハードなものを……なぁ……?」
「えぇ……想像していたものでして……」
「何を言ってるんですか!突然起きた戦闘なら仕方ないとは言えど、激しい運動をするんですから当然ッ!準備運動からですよッ!……ちゃんとやらなくて怪我しても知りませんよッ!」
「あ……あぁ……勿論、やるは、やるよ……」
「精進致します……」
「……はい。準備運動終わりぃ〜!」
結局、ラジオ体操をやって、腹筋やら背筋やらスクワットやらを10回程で終える命。想像よりもあまりに軽い準備運動に、あっけらかんとする2人。それを上から眺める4人も迫力の無さにあっけらかんとしている。
今の所、遥か昔の夏休みの小学生の朝のそれである。
「さて、運動をする為に目的を話します!よく聞いて下さい、ゴールを意識できているかどうかで成長度合いも変わりますからねッ!」
「「はい」」
「まず、一角さん。貴方は、基礎的な肉体が出来上がっていますが、霊気の扱いは全く出来ないのが、現状です。なので、貴方の目的は霊気を扱った戦闘が出来る様になる事です。良いですね?」
「あぁ……!分かった!」
「そして、狒々丸さん。貴方はもう少し体を鍛えないといけないです。そして、霊気操作こそ出来るようですが、圧倒的な燃費の悪さが問題です。なので、貴方の目的は健全な体を作り、霊気の操作能力を上昇させる事ですね!」
「承知致しました」
「……そこでこんなものを盗んで……ンンッ!用意してきましたッ!」
「なぁ……今、盗んだって「頂きました……勝手に」……あー……はい」
命が懐から取り出した2枚の白い札。同じ様に黒色で印が書かれたその2枚を一角と狒々丸の右手首に貼り付ける。……さながら湿布である。
グンッ!と2人に重く伸し掛かる脱力感。自分の中から何かがたれ流れて行く感覚。然し、少し顔を歪めただけの一角と比べて狒々丸は直ぐに顔に2、3滴の汗を流していた。
「これは……なんだ……?凄く変な感覚がするんだが……」
「白札……です」
一角の問いに答えたのは、命ではなく、狒々丸だった。
「前もって印と霊気によって、この札の中に術式を込めるんです。そして、使う際に霊気を流す事によっていつでも手軽に霊気術を扱えるようにしたものです……」
「随分と詳しいんだな……三申」
「えぇ……まぁ、私が開発者……で、ございますからね?」
「「えぇ!?」」
「……この前、浪歩さんにお会いした際に、私を元クズレの国研究チームの三申 狒々丸とおっしゃっていましたよね?私はそこで霊気術の簡略化等をしていました。……まぁ、あくまでも初期段階の開発をしただけで、こんな効果を持つ白札を私は存じ上げませんが……」
「……びっくりする情報が出てきましたが、説明を続きを請け負いますね!この白札は霊気術の1つ、霊気回浪を込められたものです。……簡単に言えば、触れたものから強制的に霊気を吸い上げて、浪費させるものです。お2人には、これから私について来てジョギングをしてもらいます♪ただし、それを付けたままです。ちゃんと霊気操作が出来ないと過剰に霊気を消耗してすぐにバテてしまいますから……気を付けて下さいね〜!はい!いッ……き、まぁぁぁすッッッ!」
ガチ走りである。のっけから2人の事を考えてるのか、いささか疑問なくらいの飛ばし具合で走っていく命はどんどん小さくなっていく。
憎たらしいほどに美しい純白のポニーテールを眺め、一角と狒々丸も慌てて駆け出すのであった。
◆ ◇ ◆
さて、目標1週間。
私で、どれくらい教えられるかな……?
一角さん。あの人は強い心の芯がある。上手くいけば魔の手だって発現してもおかしくないくらいだ。
本当は、守都さんみたいにアカシャの霊気を打ち込んで、霊気感覚を強引に目覚めさせる方が手っ取り早いんだけど……それじゃあ、それで得た霊気感覚に頼るよりも自力で得たものの方がきっとより一角さんの心身と魂に合った霊気操作が出来るようになる。
……それに霊気をダダ漏れにする白札を貼り付けたのに、まるで呼吸が上がってない。無自覚かも知れないけど、霊気の膨大な消耗に本能か直感だけ……もしかしたら、そのどちらもが働いて抗ったんだ。
間違いなく、一角さんには霊気操作の才能がある。
問題は……。
狒々丸さん。あの人は魂が出力する元々の霊気が多すぎるんだ。白札を貼り付けた瞬間に死にそうな顔をしていた。一角とは真逆に理性とか精神力的なものだけで無理矢理に、今、出来る最小限の霊気消耗に抑えた。
そして、ここ数日少し気にかけていた観ていたけど、狒々の力が暴走している所を観てない。私みたいに玄札に封じているわけでもないのに。
だからきっと霊気操作自体はとっても上手く出来るんだ。……本来は。ただそれを圧倒的に上回るぐらいの霊気を一身に抱え込んでしまっている。
原因は言わずもがな、過剰に取り込んでしまったアカシャの力とか霊気という不純物。……しかもその力に半端に適合してるから暴走はしないけど、上手く制御することも出来てない。相当辛い状態なんだ。
なら、克服させる方法は直感的な霊気の操作を体に染み込ませるしかない。過剰な霊気を処理しきれてないなら、処理する方法を分散させるしかない。
……手綱と墨の受け売りで取り敢えず霊気を消耗させながら体を動かさしているけど……案外、この2人にちょうど良かったかも知れない。
……。
……そろそろ私も始めるか。
まずは、ほんの少し……本当に少しだけ霊気を流す。
暴れ出さないでくれよ……鬼様ァ!
腰に差した黒いケースに手を触れる。
「……玄札ッ!」
……ハハッ!
きつ過ぎるだろ……これ……!
ぐらつく魂とふらつく足取り。
なんとか堪えながら、私はスラム街を駆けた。