3話「友達は同僚へランクアップした!」
「どうしたの?……魅神君?珍しいね、そっちから訪ねてきてくれるなんて。ワタシは嬉しいよ」
白く、細い、動くだけで折れてしまいそうな指。ペラリペラリと卓上の書類を動かしては、印鑑を押したり、筆を走らせている。どこまでも綺麗で、透き通っていて、少し艶めかしくもある。
白いスーツに黒いサスペンダーのスタイルで、賢い印象と明るい印象を強く受ける。胸がしっかりと存在感を主張しているからか、甘美な色気も放っている。一方で、肩はガッシリとしていて、姿勢も美しい。だからだろうか、威風堂々と言う言葉が頭に浮かんだ。
優しく、心地よい鈴の様な声を発する方へ目を向ければ、ニマリと笑う彼女と目が合った。垂れ目で、包み込むような柔らかい表情、黒くしなやかな髪は、首よりも上までしかなく、本人曰く「戦闘とか仕事の邪魔なんだよねぇ……」とのことらしい。
全体的に温かさを持った彼女。ただ、その瞳だけはいつも力強くこちらを見つめてくる。
それが、まるで、胸の中を、心を、裸を、魂を、視られている様な気がして、ドクンドクンと心臓が脈打つ速度を上げた。
心が温かくなる優しげな雰囲気と心臓が痛くなる威圧感が両立する事はあるものなのだと、毎度の事ながらに感心させられる。
彼女は守都 四方画。
この国の──王様だ。
「守都さん。崩壊街の方で、狼型のアカシャの仔に襲われていた方が居ました。助けたところ、貴方にお会いしたいと仰っていたので、こちらへ連れてきました。言観さん。こちらへ……」
私の背後から、小柄な彼女が姿を出した。
言観 霊架だ。アカシャの仔に襲われて、ぐしゃぐしゃになった髪は、部屋に入る前に必死に整えていたからその見た目は、正真正銘、可憐な少女だった。
大人だろうと物怖じしかねない気迫を放つ守都さんに恐れることなく近寄って、その机の前で足を止めた。
すると……。
「おや……君はぁ……」
「守都嬢、君が王様だとは知らなかった。びっくりした。……んんっ!お久しぶりだ。言観 霊架だ」
私と話すときと全くの狂いも無く、溌剌と、声高らかに名乗りを上げた。
って……。
え?
「知り合いですか?」
「あぁ……少しね」「恩人だ!」
……うぅんっ!!!分かんないねぇ!何の答えにもなってないねぇ!守都さんが恩人しか情報入ってこなかったんですけど!?
「まずはここまで無事に来てくれてありがとう。遠かっただろうに、お迎えもなしで申し訳ないね。さて、まずは、先輩方に挨拶して回ってきな?……魅神君、よく使う部屋とか、皆の所に、案内お願いできるかな?1時間後に訓練室に来てくれたらいいよ」
「待ってください!待ってください!分かんないです!えっと……まず、言観さんって何者なんですか!?」
一旦待ったの声に「アハハ!飛ばしすぎたね♪説明するよ」とニマリ顔の守都さん。ふぅ〜……と一つ息を整えて言葉を続ける。
……叩きたくなるぐらいのニマリ顔だ。腹立つな……。
「彼女の名前は言観 霊架。新しく、クズレの国国家特務隊に入ってもらう新人だよ。つまり一応は、君の後輩かな?仲良くしてあげるんだよ?」
「……と言うことらしいぞ。よろしくな!命氏っ!」
「あっ……はい……」
なんか、友達が同僚になった。
◆ ◇ ◆
「とまぁ……一通り案内しましたが、ここが最後の部屋ですね」
「うぅ……全ての部屋を行き来するだけでもへとへとだ……魅神氏は……平気そうだな……凄いな……」
「私は……普段から激しく動く事が多いので、このくらいならなんとか。大丈夫ですか?……息を整えてから入りましょうか」
「あぁ……助かるぞ……」
「……」
「……」
あっ。気まずいかも。
すっごい目線合ってるじゃん……これ目を離すのもなんか悪いよなぁ……どうしようなんか喋る事……話題……話題……いや、やっべぇ……何も思いつかない。頭働かない。終わったぁ……。
こんなときに話すことなんて無いよ。
どうしよう……。
「魅神氏」
「んぁ!?え……はい?どうしました?」
「さっき、守都嬢と話していた時にアカシャの仔と言っていたが……あの狼がそうなのか?」
あの狼……黒い液体の体を持った、不定形の──。
「──先程、言観さんを襲っていたあの狼は確かにアカシャの仔です。あぁ……でも、アカシャの仔と言うのは別に必ずしも狼の姿じゃないですよ。あのグロデスクで、気味の悪い、黒い粘液の不定形そのものがアカシャの仔です。あの黒い粘液は触れた者から霊気を奪い取るので気をつけてください」
「ここ一月程、崩壊街の方で頻繁に見るようになりました。理由は今、特務隊の方々が調べていますが、残念な事に、よく分かっていないのが現状です。さっき私が崩壊街に居たのもアカシャの仔の駆除の為に出向いていたからですね」
「なるほど。アカシャの仔か……。あれが……あれが……なのか……」
重い顔付き。アカシャの仔……。
色々と想像はできるが……それを聞くのは野暮だ。まぁ……それはあくまで。相手が依頼者だった場合だが。
「言観さん。私や……これから会う人達は貴女の仲間です。別に、今、話さなくてもいいです……けど、それで、もし、辛くなるなら、誰でもいいので、お話してください。きっと、温かく包みこんでくれますから……!」
「……!!!魅神氏、君は優しいな……!」
優しい……か。
そうなら……良いなぁ。