27話「……どうして?」
「さて……行きましょうか!」
「あぁ、スラム街の案内だっけか?」
「……いえ、罠張り散歩ですね!」
「……」
「……」
「……は?」
「何か手掛かりや被害が出た場所をまとめたものはありませんか?……そこに罠を張りに行きますよ!ほら、速く!」
「ちょ……ちょちょ、ちょっと待てぇ!え、何?てっきり商店街を見るのかと思ったんだが……え?」
「そんなもの起きた当日にこっそり治療所を抜け出して、見廻りましたよ……!」
「え……えぇ……?」
「良いですか、これ以上被害を増やさない為にも出来る事は全て致しましょう!迅速に致しましょう!なぁに……お任せ下さいませっ!先程、知ったでしょう……?元・クズレの国研究チームの一員です。貴方の持つ知識さえあれば、私の持つ霊気技術で完全な包囲網を構えてお見せ致しますよ……!」
ニヤリと笑い、眼鏡を左手中指で位置直しする狒々丸は1言、「張り切って行きましょう!」と鼓舞してみせる。
「駄洒落かよ……」
呆れる一角の顔には、浪歩から話を聞いた時の影が無くなっていた。
◆ ◇ ◆
「あれは……名前持ち……?」
「うーん、相当の魂は持ってるけど……そこまで霊気の質は感じないねぇ……。生まれたて……ともなんか雰囲気違うし……。ねぇ、一旦退いて貰って良い?流石にこんなに押し倒されてると照れちゃうかも……♪」
へっ……?
……あっ!
「すいませんっ!」
慌てて飛び退いた私と守都の間を通り抜けて行く黒い人状のアカシャの仔が放った触手。
あっぶな……!?
あと少し反応が遅れてたら貫かれてた。
……嫌な事思い出しちゃったな。
「グゥゥ……」
触手を自身の元へ引き戻すアカシャの仔は、顔は平面で、ドロドロと粘液が蠢いているだけで、辛うじて口の様に見える場所がある程度。
それなのに妙にべったりと観られているような感覚が肌を撫でて気持ち悪い。好きでもない異性に抱きつかれている気分だ。
でも、なんだろうそれと同時にとても懐かしくて、温かな何かも感じる……これは?
「何ぼさっとしてるいるんだっ!魅神君っ!」
ギィンッ!
鉄と鉄の当たる音。
えっ……!?
確かにさっき見た触手も人を貫けるぐらいの勢いを持っていたけど……そこまでじゃ……!
部屋を照らす天井の蛍光灯。
その人工的な光が2箇所から跳ね返ってくる。
1つは守都さんの握っている刃折れの刀。斬る分には余りにも短く、刺すには余りにも平坦になってしまったその刀。
そして、もう1つが触手の先端。そこに付着している黒い刃が光を反射している。
そうかッ!今、触手を伸ばした時に、さっき私が折った守都さんの刀の先端を拾ったのかッ!
触手ごと黒い粘液の体に入っていく刃先。
ごく自然に取り込む黒い人型。
私はそれを良く知ってる。最近も見た。最悪な形で見た。それが再び嫌悪すべき形で目の前に現れた。
……最悪だ。
なんでどいつもこいつもあの人の姿をするんだッ!
表情の無い黒い塊。人型。
あの人の髪型の様にうねった頭部。
溶け続ける頭部と裏腹に、首から下はしっかりとその体を保持している。黒く染まったマネキンの様に。
その体躯は間違いなく──。
「──墨さん……なんで……」
「アカシャが魂を取り込んでるはずだよね……だとしたら、この姿を取れる理由は1つしか無い……」
「……つまりッ!?」
「言観君に渡した玄札があるだろう……?あれは、墨の魂の破片が入っている。……もしそれが核の代わりとして使われていたら……」
「……なんで、言観さんがそんなものをッ!」
「詳しく話してる時間は無い……かもぉッ!」
ギィンッ!
飛び掛かってくるアカシャの仔。
その右手の掌から伸びた一刀。
刃先から下の刀身を黒い粘液によって修復されたその刃が守都さんを狙った。
「守都さんッ!」
「ワタシは問題無いっ!それよりもっ……!」
棚に勢い良く打つかって塵埃を巻き上げる守都さん……は大丈夫そうだ。
私に迫る黒刀。だけど遅い。
これぐらいなら、問題なく!
ガァン……!
止めれるっ!
守都さんの言った通りだとしたら核が玄札になっているって事か。
……なら、名前持ちの対処と同じ。核の代わりになっているモノを引き剥がせば、一旦は落ち着くはずっ!
「フッ……!」
確かに力は強い……が、押し返せない程じゃないッ!
そして、体勢が崩れたこの一瞬。
その隙は見逃さないッ!
「魔の手ッ!」
「グゥアゥッ!」
その時だった。
瞬く間に、床に黒い粘液が広がった。
これは……?
思考する間も無く、黒い人型の胸元が発光する。
玄札を使った時と同じ白い光。
札に書かれていた印が浮かび上がって、白く目の前で燃え上がる。
しまった……!
体を動かそうとした時には遅かった。
私の体は足元から飛び出した魚の様な……虫の様な……黒いナニカに貫かれた。
「い゙ッッッ……たく……な、い?」
「グヒィァ……!」
「ハッ……!」
ドォンッ!
「……がっ……はっ!」
殴られ、吹き飛んだ私の体は守都さんの様に棚に当たって止まらなかった。この部屋の硬いコンクリート性の壁を穿った。
「痛いじゃんか……」
乱れた呼吸。目に入る汗。
一瞬の隙を突いたつもりが……逆に一瞬の隙を突かれていた。……とんだ大恥だ。
だけど、分かった。
魔の手を解放して、攻撃が当たらない程速くはない。戦える。
右手に握る十手を立ちながらに腰のアタッチメントに戻す。
「すぅ……はぁ……」
呼吸を落ち着ける。右手に力を込める。
霊気が、血が、体を廻る。
1つ強く鼓動が響く。
やってやるッ!
「魔の手ッ……!くぅ……あれ?」
「危ないッ!」
ギィンッ!
「魅神君ッ!なんで魔の手を使うのを止めたんだ!」
「いや……ちが、くて……あれ?なんだっけ……あれ……魔の手ッ!コッ……あれ?」
「魅神君、まさか……」
「あ……あれ……私の魔の手って──」
グルグルと頭の中で、脳の中で、答えを探して思考が廻る。でも駄目だ。どうやっても出てこない。私は確かに魔の手を使えた筈なのに。ベタリ……と、その事だけが黒く汚れて思い出せない。
待て。待って。私。落ち着け。
私の名前は魅神 命。便利屋の社長で、鬼で、髪の色は白で、ポニーテールで、それで紅鈴を助けたくて……それで……それで……!
魔の手の名前は……!力は……!
「──何だっけ?」