26話「守る為に、護る為に」
「さて、どう致しましょうか?」
「私はちょっと復興街に行って色々と準備してくるよ。修行は明日からしましょう!」
「でしたら私はスラム街を色々回って見ることにします。……一角様、案内をして頂いてもよろしいですか?」
「ん?……あぁ……良いぞ」
「夜ご飯までには戻りますね〜!また後で!」
……なんて飛び出してきたけど、久しぶりの1人の時間だなぁ。う〜ん、ちょっとのびのびとできる。やっぱり誰かと行動してるとどうしても疲れがたまるしねぇ。
……もう1つ疲れに行くかぁ。
ギィィィィ………!
さながらホラー映画の館の扉を出しながら開く扉。
……相変わらず直してないんだな、この扉。
昼だと言うのに真っ暗な空間。
明かりが入るはずの窓は換気の為に開けられてはいるが、遮光カーテンによってそのほとんどの光が入ってこない。
えぇっと……この辺りにスイッチが……。
カチッ。
点灯する蛍光灯。
高い天井。高い棚。棚には無数のボロボロな本。
鼻に入ってくる湿っぽい独特な古い本の匂いが、体の緊張を解いてくれる。……落ち着く。
あの人は……いつもの作業部屋かな。
「……透き通るような白い肌。彼は、ただ笑っていた。婀娜な黒髪を靡かせて。……んん?おやおや命くんじゃ無いっすかぁ〜!本を読むなら好きに持っていってくれちゃって良いんすよ〜?」
「相変わらず無用心ですね……」
「だってぇ〜……紅鈴くんとか命くんとか、たまに刃山さんと茶畑さんが来るぐらいですよ。盗んだ所で金にもなんないっすから泥棒とかも来ませんしネ〜!いやぁ〜言ってて哀しくナリマスネ〜……ハハハ……」
閑古鳥が鳴くどころか雄叫びを上げていると言っても過言ではないこの大図書館。その中にいつも1人住んでいるお兄さん。
白をベースに黒い墨を乱雑にぶち撒けた様なデザインのソフトハット。お洒落にこの仄暗い室内でもそれを着こなすクズレの国大図書館の司書、文書 司は心無く笑って答える。
「それで、今日はどんなご用事で?読み終えた本ならそこの棚の上に、壊れた本を見つけてくれたんでしたらそっちの隅にぃ……」
「あぁ!いや、そうじゃなくて……取りに来たんです」
「……本気ッすか?……守都さんからの許可は……」
許可……まぁ、当然……。
「……。……。……。……。……エテマス」
「凄い間がありましけど……」
「……エテマス」
「凄い顔してますけど……」
「ナイデス」
「ですよねぇッッッ!!!嫌ですよぉぉぉ!!!!!絶対守都さんに叱られるじゃないですかァッ!!!あの人の詰め方怖いんですもぉん!」
「お願いします!なんとか……!そこを……!紅鈴を護る為なんですッッッ!!!!!……司さんッ!」
誠心誠意の90度お辞儀。
物凄く大変なワガママをしている自覚はある。守都さんとの約束を破るのが申し訳ないという気持ちもある。だけど、必要なんだ……アレが。
さっき、珠々さんと戦った時に魔の手を使おうとした。問題なく霊気は体の中で呼応した。鮫と対峙した時よりもうんと正確に、強く、霊気と魂が混じり合う感覚があった。胸元が熱くなって、体に熱が廻って、間違いなく使えると自覚すらもあった。……だけど、使おうとしたその瞬間、何も起きなかった。何が原因なのかは分からなかったけど……少なくとも、絶対に、霊気はいつも通りに扱えたはずなんだ。
だから、アレが要る。
私の中に宿る鬼を封じている玄札が。
「……何も見てません。何も聞いてません。あー、作業に夢中で誰かが来てることも分かんないなぁ。いやぁーー本を直すのタノシイナァー!」
「速く行って下さい。仕掛けとかは特に変えてないですからっ……!」
「アハハハハ……ありがとうございます」
チン♪
着いたか。
ここのエレベーター少し長いんだよなぁ……。かと言って階段で降りるなんて馬鹿げた深さしてるし。
ええっと……一番奥の棚……と。
ここは大図書館地下5階。
誰でも立ち入れるけど……まず人は来ない。
なんせ地下1階から4階まで一冊も本が無くて、塵や埃の乗った棚があるだけだから。
でも、ここは違う。
ここは……5階は全ての棚に本が入ってる。と言っても中身は全て白紙で、あくまでも仕掛けが分からないようにする為のデコイだ。
一番奥の右から……3つ目の棚……っと。
上から3段目の赤い本を手前に倒す、5段目の灰色の本を奥に押し込む、7段目の図鑑を手前に引く……。
ガダンッ!
ズズズズズ……!
隣の棚が扉の様に開く。
さて、入るか……。
何も無い灰色の空間。長く続くこの道を歩いた先に、その空間はある。いくつかの棚が置かれて要るその中央、台座の上に2つの黒い箱。
……これだ。
右の箱を手に持つ。そして、優しく霊気を流して、箱の上面をスライド──。
「──何をしているのかな?」
「いつもどうやって現れてるんですか……守都さん……?」
「ソレを持って行く意味を分かってるのかい?その玄札は他のものとまるで違う。アカシャの力を持ってしまった人が、魂の半分と共にアカシャの力を霊気を通して札に封印する事で、アカシャの力が暴走しない様にするのが玄札」
「でも、君はそれが出来なかった。膨大過ぎる霊気に、適合性の高すぎるアカシャの力。そして、何より魂に宿る鬼自身がそれを拒絶した。だから、紅鈴に宿ってしまったアカシャの力、紅羅繰蜘蛛と霊気をぶつける事でアカシャの力を相殺し、ようやく、なんとか、奇跡的に、封印できた力だ。このクズレの国を……それだけじゃないよこの世界すらも壊してしまいかねない力を封印できたんだ。長々と説明した上でもう一度聞くよ……ねぇ、魅神君、何をしにここに来たの?」
「玄札を呼び覚ましに来……「なら、斬る」……ッ!!!」
ギィンッ!
虚空から突如として湧いて出る刀。鍔が無く、守都さんが左手に持つ鞘には一切の装飾が無い。ただただ黒いだけの鞘、刃、柄。
伝わってくる重さと無慈悲さ。確かにそれは私の呼吸を荒くさせて、恐怖を生むのには十分なものだった。けれど、それ以上に強く訴えかけてくるものがある。
殺意。ただ目の前の存在を無力化するという純粋且つ暴力的な殺意が、その刃を受け止めた十手を伝って私の体に、魂に流れ込んできた。
「ワタシはただ、この国を危険に晒すなと言ってる事が分からないのかい?今ある平穏を崩し、破壊する可能性があるのなら……どんなものでもワタシは斬らなくてはならない。たとえそれが、君のように頼り甲斐のある仲間だとしてもねッ!!!」
「私が特務隊に協力している理由は、幸せな未来を作る為ですッ!!!誰もが幸せだと思える当たり前を取り戻す為ですッ!!!終っている今を続けるためじゃないッッッ!!!!!」
ガンッ!!!
……クッ!速いッ!重いッ……!
体が飛ばされるッ!!!
だけど……確信した。
戦える……!
怖いけれど、アカシャと比べても劣らない殺意と圧だけど……!紅鈴が居なくなる方が、信じてくれた一角さんと狒々丸さんを裏切ってしまう方が、これ以上何かを護れない方が……よっぽど怖いッ!
「ハァッ……!」
後方へ弾き飛ばさせる体……を無理矢理捻って床を正面に向ける。
そして……床を……!
ダンッ!
……叩き付けるッ!
天井まで跳ね上がる体。
「魅神君ッ……!君は分かってないッ!」
対して、守都さんはその場で深く腰を落とす。そして構えを取る……体を引いて、刃を構えて、私を強く睨んだ。
「守都さんッ!貴女は分かっていないッ!」
天井に足が着く。両手で十手を突きの形に構える。血が、霊気が、決意が、体を廻る。筋肉が緊張する、意志が強張る。……けれど、解る。私は、今、笑顔だ。
私は、守都さんを倒せるッ!
イケるッ!!!
ダンッ!……と強く天井を蹴る。一直線に守都さんに飛んでいく体。徐々に縮まる距離。
守都さんッ!解るはずだッ!これが!僕のッ!決意だァッ!
「理想論だけでは未来は作れないッッッ!!!!!」
「停滞していたら人は護れないッッッ!!!!!」
「「ハァァァァッ!!!!!」」
ギィィィィィンッッッ!
十手に当たり、割れて飛んでいく刀の先端。殺意を纒った刃先が僕の頰と右耳を切り裂いて、真っ直ぐ飛んでいく。でも、そんな事どうでも良いッ!このまま打つけるッ!打ちつけるッ!
守都さんッ!僕は……アカシャを倒すッ!
ドォォォンッ!!!!!
「……なんで当てなかったの?」
「護りたいって言ってる人が誰かを傷付けたら……説得力が無いじゃないですかッ!」
私は守都さんを押し倒していた。
守都の目前で止まっている十手。
私の首元で止まっている刃折れの刀。
黒い刀を握る守都さんは目を丸くしていた。
「あははははははっ!!!!!……格好良いね♪魅神君、君は本当に、底無しに危険な人だよ……!あははっ!」
「ふぇ……?」
ベチャリ……ベタリ……。
この音……!?
「……」
この部屋の唯一の出入り口。
仄暗い通路は黒一色に染まっている。
その中から聞き覚えのある不快な粘液の音と共に、黒い塊が揺らめく、魚が水中を泳ぐ様にゆらゆらと、人の形をした漆黒が、こちらへゆらりと姿を見せた。




