25話「狼の遠吠え」
「……ッ!」
なッ……!気付かなかった……!
真横に居たのに……声を掛けられるまで……!
気付けなかったッ!
「んっ!これ……おいし〜♪」
桃色髪の少女は、平然として私が渡したジュースを飲んだ。さっき屋上に上がる際に、まだやっていたお店で買ったジュースを飲んで喜ぶこの少女。
な……ん、だろう?
どこかアカシャと似たものを感じる。
「よぉ〜珠々、元気そうで良かったよ」
「ん〜!すっごい調子良いよぉ〜!元気100倍って感じぃだよ〜!一角ぅ〜この二人は……?」
「あー……最近出来た友達だ」
「ふ〜ん。そうなんだ……アカシャのお気に入りと実験体が……友達ぃ?」
「二人共ッ!離れてッ!」
ガンッ!!!
「おっ………も!」
「ちょっと!女の子に重いって失礼だよ!おにいさんっ!」
間一髪、少女の足裏蹴りを十手で受け止める。
その小さな体のどこからこれ程のエネルギー威力を生み出せるのだろう……?そう思わずにはいられない一撃だった。
タッ!タンッ!
地面を軽く蹴って、私の目前まで迫る。更にもう一度地面を蹴って、素早く追撃を決めようとする。
ガンッ!
戦い慣れている。
それもこの感じは……アカシャの仔とかの怪物とじゃない。対人戦をこなしてきた感じだ。地面に足を着けられたら、また追撃が来る。
……ならこのまま!
「打ち上げるッ!」
両手に重さを感じるままに、自分でも力任せだと思う程に無理矢理十手を振り上げる。
「わぁっ!今の弾くんだ……流石アカシャのお気にだね……♪」
「……単刀直入にお聞きしますが、スラム街から何人か攫っていますか?」
「ううん!私達はして無いよ!」
「私達……?」
「ふふっ♪知りたい……?」
くるくるとその場で回転し、華麗に地面に着地する。また、来るか!?と十手を構える。……そんな私の予想に反して、珠々と呼ばれた少女はその動きを止めた。
「よいしょ……!おにいさん強いし気に入ったから……私達のお店までおいで!待ってるね!ジュースありがと♪おいしかった!」
「え……ちょ……!」
タンッ!
器用に建物の側面を飛び跳ねて、お店に戻る珠々さん。……嵐みたいな人だ。
「大丈夫ですか?命ッ!」
「え……えぇ、なんとか……」
「……どうやら、攫っていない口振りをしていましたね。アカシャと繋がっていて居るのは分かって貰えたかと思いますが」
「何やら色々と教えてくれるみたいですし、言ってみますか……お店……」
もし、彼女が言った事が本当だとしたら……覚悟しておいた方が良いかもしれないですよ……一角さん。
「なぁ……命、狒々丸。」
「はいっ!」
「はい?」
「俺はスラム街を守ってみせるぜぇっ!だから……手を貸してもらっても良いか……?随分と厄介な事になりそうな気がする……」
強い意志。真っ直ぐな目。
「「もちろんですっ!」」
……杞憂だったかもしれない。
コンコンコン……。
「……入ってくれ」
「失礼します……!」
四角形の中は、売り物が多く置かれている。外で見たよりは狭く感じる。
だが、その中央にテーブルが置かれていて、丁寧に3脚の椅子も置かれていた。
「……かしこまらずに座ってくれ」
「良く来たな、便利屋・魅神 命。元、クズレの国研究チーム筆頭・三申 狒々丸。そして、久しぶりだな、鬼頭 一角。……自己紹介をしよう。俺は群道 浪歩。運び屋の頭だ。運び屋の珠々からジュースのお礼をしてあげろと言われてな。何やら色々と聞きたいことがあるそうだな……答えられるなら……答えるぞ」
裂けた口が黒い糸で繋がれている……。黒と言うには薄く、灰色と言うには深い……アッシュグレーの髪を持つ青年。目は強い青の瞳で、目付きが悪く荒々しい雰囲気を纏っている。
その横でもぐもぐと串焼きを食べている桃色髪は元気よく挙手して食べながらに自己紹介する。
「はーい!美玉 珠々です!……ぅん!さっきぶり〜!」
「珠々から聞いたぞ。俺達の仕事について知りたいらしいな……?この箱の中は防音だ。何でも聞くと良い……何でも聞くと良い」
「何故……アカシャに協力している。いつからだ……?俺は達を騙していたのか……?スラム街の皆を……苦しい環境に身を置きながら、前に進もうとするアイツ等をッ!騙していたのかァッ!何が目的だァッ!答えろォ!!!」
私が質問をするよりも早く、やや獣の雄叫びの様に問う一角。今にも胸ぐらを掴み勢いだ。
「……どうやら随分と思い違いがある様だな。俺達は確かにアカシャと取引をしている。だが……俺達がしているのは、アカシャに死体を渡す事だけだ。攫った事など1度もない」
対する浪歩さんは冷めている。淡々と梅雨に降る雨の様に冷たい声で答えた。
「死体……」
「……あぁ、いつも決まった奴が持ってくる」
「それは誰だッ!!!」
「……答えると思うか?」
「……頼むッ!」
「……」
真っ直ぐ浪歩さんの事を見つめる一角。暫く2人は見つめ合い、浪歩が素を逸らした。
答えない。そう伝えられた。
ギリッ!
一角の口から歯の軋む音がなった。
「んんっ!アカシャと取引をしていると仰っていましたが……それはどういったものなので御座いますか?」
これ以上待っても意味が無いと思ったのか、狒々丸さんが次の質問をする。
「力を貰っている。さっき見ていただろう?アカシャの仔がこの馬車を引いていたのを。あれは、俺がアカシャの仔から貰った力の一端だ。お前も使えるんじゃないのか……?狒々丸」
「私の狒々の事を言っているなら違いますよ。あれは、咎を傷付けないという約束で、致死量異常の霊気とアカシャの力をねじ込まれたものです。扱えるなんて代物ではございません……」
「……そうか」
……なるほど。
あのアカシャの仔はアカシャ由来の……。だとしたら……アカシャの力に適合してるのか。
私と同じだ。私の鬼と同じタイプの力だ。
だとしたら相当危険かもしれない……この、群道 浪歩という男は……。
……などと思考を巡らせていれば、視線を感じる。
私の質問の番か。
なら、聞くことは1つ。
紅鈴を助ける為、狒々丸さんとの約束を果たす為、私が聞きたい事は──。
「──アカシャの居場所を教えて欲しいです!」
「知らん」
「知ら……ない?」
「あぁ……。だが、絡繰良 紅鈴の安否は推測できる。安心すると良い紅鈴は生きているはずだ。アカシャから死体と共に食料を2人前用意する様に最近言われた……恐らく、天子も生きているだろう」
「それはそれは貴重な情報をありがとうございます」
コンコンコンッ!
「浪歩……そろそろ次の場所に行かないと遅刻する。外は片付いた。早く行こう」
「という事らしい……悪いがこれで終わりだ」
「待ってくださいっ!あと1つ、どうしても聞かないといけない事がっ!」
「……」
「どうして、アカシャの力を使って……何をするつもりですか?」
「……この国を崩す。守都 四方画ごと、全てを壊してなッ!」
告げる浪歩の顔はとても悲しそうな顔をしていた。