23話「仲間だから」
「さて……そろそろ始めるか……」
狼を模したフルフェイスのヘルメットの男は、静かに卓上の箱を開いた。ガシャンッ!と音を立てて、ケースについたつっかえ棒が箱を開いたままにさせる。
中には4丁。部屋の堤燈に照らされて夕日色に輝く拳銃があった。
暗い部屋に、四人集まっている運び屋が、その夕日色を観ていた。
「浪歩〜これが言ってた奴〜?えぇっと……エアガンじゃなくて……カーディガンじゃなくて……なんだっけ……?」
「引金薬だ。引金薬……」
痛くなる頭を手で支えて、緑色の蛇柄スカーフを揺らして男は答える。
運び屋が毎日5回は見る流れである。
「おぉ〜!そうそうそれっ!よく覚えてるねぇ〜辰巳ィ〜!」
「お前が鳥頭なだけだ……」
「むふ〜!違います〜!鳥頭は聖杜空ちゃんです〜!私はいとも愛らしいウサちゃんで〜す!ふへん!」
ぱぁ〜っ!と桃色に輝く兎型フルフェイスヘルメットを一層強く輝かせて、既にそこに長い耳が存在しているにも関わらず、手を頭に置いてぴょこぴょこと動かす珠々。
「……そういう事じゃ無いと思う」
水色に輝くペストマスクの少女、聖杜空は明らかに呆れた声でボソッ……と呟いた。
騒がしい背後の3人を無視して我路は、引金薬を投げ渡した。
「……引金薬。使えば、魂に霊気を無理矢理捩じ込んで霊気過剰を引き起こす薬。本人に強い意志があるならば、その意志が霊気過剰と混ざり合い、魔の手をその身に宿らせる。然し、霊気過剰と強い意志に適合出来なければ、死ぬ。言い換えれば、死か進化を与える霊薬だ。」
「そして、その使い方は……自殺。魔の手は魂の映し鏡。自分の心、記憶、意志、精神を形付けたもの。従って、撃つ場所は1つ。自分の全てを記録した場所……脳だ」
「良いか……俺はお前達に無理強いをするつもりは無い。だが、俺達から仲間を奪った守都 四方画への復讐を諦めるつもりもない。……俺は、引金薬を使わない事を否定しない。美玉 珠々、福羽 聖杜空、藪踏 辰巳……無理はするなよ……」
群道 浪歩は狼のヘルメットを机に置いた。中からは、黒い糸で縫い合わされた裂けた口が現れた。深い青の瞳は、ただ見つめた。自分を……3人の大切な仲間を……コチラを見て、憎たらしく笑う死を……。
そして、自身の側頭部に銃口を当てる。酷く冷たく硬い鉄の感触が、心拍数を跳ね上げる。……だが、彼に迷いはない。
カチャ。
その手は一切震える事など無く、容易く引金に手を掛けた。
「ふっふ〜!もーまんたい!問題なしなのですっ!私……賭け事強いからっ!」
カチャ。
兎のヘルメットがカコン……!と雑に捨てられた。
「ん……死ぬなら一緒。生きるのも一緒。ずっと一緒ってずっと前から決めてる」
カチャ。
ペストマスクが丁寧に机に置かれた。
「浪歩。施設から出たあの日から、俺はお前と一心同体だ。お前が進む道がどんな荒れた獣道だろうと……俺は……いや、違うな。……俺達は喜んで着いて行くぜ」
カチャ。
蛇柄のスカーフがポケットに仕舞われた。
「……そうか。……フッ。大好きだぞ……お前達が」
ぐっ!
コクン……。
スっ……。
サムズアップをして、頷いて、ゆったりと目を閉じて、三人も自分の頭に銃口を当てる。
「合図してくれよ、リーダー」
「運び屋・WILD ROAD」
「構えッ!……撃てェェェッ!!!!!」
バァァァンッ!!!
4つの死体が転がった。
◆ ◇ ◆
バァァァンッ!!!
「ん……?なんだこの音は……!?」
耳を貫く鉄と火薬の破裂音。
銃……。でも、霊気銃とはまた違う音ような……。
霊気銃よりももっと重くて……強い……。
本物の銃か……?
突如として聞こえてきた爆発の様な発砲音。
もしかして、特務隊が助けに来てくれたのか?
引金薬と言うものを使ったのか?
答えの出ない疑問に自分なりの答えを出す暇も無く、私は彼に気付いた。
牢屋越しに私を見る彼と目が合う。
「ァ……ァァ……!」
思わず口から声が漏れた。
男にしては長髪。鎖骨辺りまで伸びた美しい墨汁色の髪。度が入ってい無いであろう、光の歪みが一切ないメガネ。その奥に見える薄灰色の瞳。
優しげに笑う彼は……紛れも無く死人。
「おや……起きたかな?お早う、霊架久しぶりだね♪」
「……墨」
「アハハッ!驚いた!?そう、君のだ〜いすきな言観 墨……ダヨ♪」
「……違う」
「ん?何が……?」
「墨じゃない……だって……墨は……」
「その玄い札の中に入っている……からかな?ふ〜ん……ガキのクセに冷静だねぇ〜!良かったね♪運び屋に装備一式取られなくて……まっあったとしても使えないんじゃ意味ないか♪」
耳に声が入る度に脳が伝えてくる。
目の前にいる彼は危険だと。
目を合わせれば呼吸が詰まる。
息の仕方を忘れる程の圧が、私の体に絡み付くような黒くて、禍々しい……邪悪な圧が……空気を感じる。
「はじめましてっ!私の名前はアカシャ……!君の育て親……言観 墨を殺した人だよ〜!ヨロシク〜♪」
「ハ……?」
バンッ!
気付けば動いていた。
知らぬ間に体が動いていた。
牢屋の鉄格子の隙間を縫って霊気の弾が、彼の頭に穴を開けた。……けれど、彼は変わらず墨の顔で笑っている。記憶にある顔が、記憶に無い顔で笑っている。その違和感に体を冷たい痺れが走り回る。
アカシャ……?
墨を殺した……アカシャ……?
なんで……こんな所に……どうして……。
「お〜……。聞いてた話と違うねぇ……!霊気を操る力を持ってないと聞いてたんだけど……使えるじゃん……」
カチャ……カチャカチャ……!
「いや、使えるというよりも……使わせて貰った……という感じかな……?」
なんで……?今……使えたのに……。
前も……使えたのにッ!!!
「そりゃあ使えないよ。君、霊気使えないんでしょ?今、それが撃てたのも君の魂に混ざって存在してる墨の意志によるものじゃないかな……?全く、ボクじゃなかったらこんな威力のもの当てたら死んじゃうよ?いくら霊気銃っていっても霊気量が多いなら当然威力が上がるし……なんなら普通の弾丸よりもうんと危険なんだからぁ〜……」
グチャァ……。
鉄格子に体が入り込む。体が黒く溶けて、鉄格子を通り抜けて、形と色が元に戻る。粘液質な不快感のある音が嫌でも耳に入ってきて、人が溶ける異常の光景に喉に異物感が込み上げる。
「は……入っ……てくるな……!何を……する……つもり……だ……?」
「ん?君を守都 四方画に返すんだよ。そういう約束だからね。あー、安心してよ。運び屋人達にはちゃんと伝えといてあげるから♪」
「……な……は?」
そんな訳が無い。約束だから……助ける?意味が分からないッ!
墨を殺したコイツが、村を壊して、数多の人を殺したコイツが、平然とした態度で私と話しているのも!
守都嬢がそんなコイツに私を助ける様に約束したのも!
「まっ……君がどうなろうと知ったこっちゃ無いし、どうでも良いんだけどさ〜!困るんだよね〜墨の力を持ったまま……飢え死にとかされたらさぁ……!それに約束破るのも好きじゃないしね……だから……まぁ……!」
ガンッ!
「ァ……ァ゙……!」
駄目……だ……。
気を失っちゃ……。
生きるって……寿命いっぱい人生を楽しんでみせるって……約束……した……のに……。
……墨。ごめんなさい。
◆ ◇ ◆
「ふ〜ん……素質あるね。今のは墨の霊気を感じなかった……。油断してたとは言え、まさかボクの首を切り落とすなんてね〜!守都 四方画に大事に育てるように伝えておくとしようっと……!さて、取り敢えずは……こっち♪」
頭を拾い上げ、首に付け直すアカシャは、霊架の腰に手を回し、黒いケースを開く。その中に守られている玄い札を取り出すと軽く口付けをした。
玄札と呼ばれるその黒い札。一見すれば単なる紙。ただし、滅多な事が無ければ破れる事も無く、汚れる事も無い。例え、傷を受けようが、自らの力で再生するであろう。
中に眠るものは3つ。膨大な霊気と魂……そして、その名の通りアカシャの邪悪な力が混ざり合ってその中に封じられている。
つまり、玄札とは、アカシャの力を人が操れるように調整した呪具である。
アカシャは自身の欠片とも言えるソレを、少しの間愛おしそうに見つめると「クフフフフフフ……♪」と静かに、狂気的に……これから起きる事を妄想して笑うのだった。
「命、君の強い正義と責任感は……大切な恩人を殺せるかなぁ……?クフッ!クフフフフフフッ♪ボスモンスターから得れる経験値は豊富だからねぇ……!さて、どれ程強くなるか見ものだよ……♪クハハッ♪」