21話「真実はいつも暗くて重い」
「命は……生きてたのか?」
「心配しなくても、彼は君みたいに雑魚くないよ。……ほら、今日のご飯はステーキとサラダ、それからあったかスープだ!拘束を外してあげるよ、お食べ?」
パチンッ!
指が鳴る。暗い部屋に強く音が響けば、紅い髪の青年・紅鈴の四肢を拘束していた黒い粘性の触手が力無くベタンッ!と壁や床に張り付いた。
更には、部屋の灯りがパッ!と同時に全て点いた。半壊している上半分のない堤燈も、とっくのとうに死んでいるだろう蛍光灯も、全てが点く。
アカシャ、彼の前では壊れていると言うことなんてどうでも良いのである。彼が点けと思えば、点く。彼が動けと思えば、動く。
彼からしてみれば出来ない事を探す方が出来る事を探すよりもうんと楽なのである。
蛍光灯の下。堤燈の置かれた机。
並ぶ皿には美しく盛り付けられた料理が入っている。美味しそう、お腹が空いてきたなぁ……と誰もが思ってしまうような料理だ。
紅鈴は何か言葉を返すわけでもなく、アカシャの提案を聞き、椅子に座る。
そんな彼の対面の椅子に、アカシャも腰を下ろした。
「予想通りだ。命は上手にボクの仔を倒したよ。流石と言ったところかな?」
カッ。コッ。
食器が机に当たる音。
静寂の中、寂しげに鳴る音と楽しげに話す声だけが響くこの空間。異常性の塊であった。
「それで、今日はさ。1つ君に聞きたいことがあるんだ。応えてくれるかい……?読書好きで、知見が広い君に聞いてみたいことが何個かあるんだ♪」
「……」
目線だけをゆっくりと上に動かし、目をアカシャと合わせる紅鈴。ただ、その口と手は休む事なく淡々と皿を綺麗にしていく。
アカシャはそれを肯定とみなして、一方的な会話を続けた。
「ボクは人を成長させるのは強い感情だと思うんだ。悲しみ、怒り、喜び、嫉妬や憎しみ、愛もそうだね。言ってみれば感動こそが成長への唯一の道。ボクはそう思うんだ。だからさ、当然ね……ボクの愛しの命にも大きく感動して欲しいんだ。ここで1つ質問、人はどんな時に最も心が動くと思う?」
「……何をするつもりだ」
「……質問に答えてよぉ〜。それじゃぁ次、」
「人が最も辛い時はどんな時だと思う……?」
「……」
「じゃあ、最後ね。人殺しをさせるためには……どうすれば良いと思う……ねぇ……絡繰良 紅鈴ィ〜……?」
「外道がッ……」
アカシャは笑って、目の前の人間の歪んだ顔を見つめる。外道と言い放った紅鈴の余りの見当違いさにニヤけが止まらなかったのだ。
「その言葉、帰ったら守都 四方画に言ってあげると良い。まっ……もう少し先かな?」
暗い部屋の堤燈の炎が揺らめいて、蛍光灯の明かりがパチパチと点滅した。
◆ ◇ ◆
「さて、ここが例の人の部屋みてぇだな……入るか……」
「そうですね。行きましょう」
コンコンコン。
「はい……どうぞ」
「失礼しますぅ……っと。はぁ……あんたが……」
美しい黒のオールバックヘアー。3本線の金インナーカラーが朝日に照らされ輝いている。整った顔には細目が付いている。更にそこには茶色の瞳が存在していて、頑とした強さを感じる。
一方で、顔には横長のメガネを掛けていて、スマートな雰囲気を身に纏っている。
服装はスーツ。
上は白のカッターシャツで、下半身はブラウンチェックのズボンである。
「あっ……」
命の口から思わず言葉が漏れた。そのスーツの色に直近で良くない記憶があるからである。
そう、そのブラウンチェックのズボンは紛れも無く、変なハンマー使い……咎 天子の着用していたジャケットと合わせて1つのスーツであった。そう強く感じた。だから命は直感的に察することが出来た。
そして連鎖してフラッシュバックする記憶。アカシャが、救えなかった少年が現れる少し前、倒したアカシャの仔の中から現れた人物。
狒々と呼ばれたあのゴリラの中にいた男。
「狒々……」
「おやぁ?その呼び方をされるのは随分と久しぶりな気がしますねぇ……はじめまして、命様、一角様。……お待ちしていましたよ」
その男はベッドに座りながらに2人を見つめた。
◆ ◇ ◆
「……どうして私たちの名前を!?」
「当然です。お二方とも有名人では御座いませんか……!クズレの国崩壊の危機を救った英雄、便利屋の社長、魅神 命。身内だろうが外者だろうがスラム街の治安を乱すものを許さないスラム街自衛団のリーダー、鬼頭 一角。クズレの国に生活するものなら知らない人を探すほうが難しいと思いますよ?」
まぁ、確かに言ってることは間違いない。
間違ってはいないのだがぁ……淡々とした中に妙に感情の混じった声のせいか、スマートながらに若干遠回りな口調のせいか、その男をどうも怪しいと感じてしまう。
「貴方は……いったい?」
「あぁ……!紹介が遅れましたね。ベッドの上から失礼します。ベッドから離れている所を見られたら、お医者様に叱られてしまうのです。……別に霊気以外に不調はないのですがね。ンンッ!私、三申 狒々丸と申しますっ!名前持ちのアカシャの仔・狒々……で御座います。以後、お見知り置きを」
「……は?」
困惑の声が鬼頭さんから上がる。当然だ。クズレの国でその事を知る人なんて、指折り数える事が出来るぐらいしかいない。……特務隊の人ですら知らない、本当のシークレットなんだから。
まっ……察している人は多いだろうけど。
説明……する……か。
「私から教えますね、鬼頭さん。名前持ちのアカシャの仔と普通のアカシャの仔の違い……分かります?」
「強さが格段に違うということは知ってるが……具体的にどう違うかと言われたら……うぅん?」
「ふふ……大丈夫です。ちゃんと教えますね。アカシャの仔は何かしら生物の姿を型取ります。黒い粘液性の体を変化させてその姿を変化させます。ですが、その姿は生物毎に違うだけで、同じ生物に変化しているならば、異なる見た目をしではいないんですよ。個体差が無いんです……あー、つまりですね。同じ見た目をしてるやつが何体もいるんです」
「反対に、名前持ちのアカシャの仔は唯一無二の姿を持っています。その見た目の絶対性から見た目で個体を識別する事ができる……だから名前持ちと呼ばれる。と、表向きにはそう説明されていますね」
「表向きに……だと?」
「ええ、本来は違うのですよ。そんな優しい由来じゃない……もっと醜悪で、残酷です……」
私が答えるよりも速く、三申さんは簡単且つ単純な答えを示した。ふと三申さんと目が合う。顔が暗い。仕方が無い。真実とはいつだって暗くて、重いものなんだから。
「本当の意味での名前持ちの由来、それは、元々名前を持ってた者がアカシャの仔になったから……と言うのが由来です」
「そんなのまるで……」
「もう分かりましたよね。お察しの通りです名前持ちのアカシャの仔は漏れなく全員……人間です。……いや、でしたと言ったほうが良いかもしれない」
「ちょ……ちょっと待てよ。そんなぁことは……流石に信じ……」
「……」
「……」
当たり前だ。人が怪物になる。そんな事信じたくもないだろう。想像する事すら吐き気を覚える。
だけど、これが現実で、逃げる事が出来なくて、不愉快にも纏わりついてくる真実。霊気という厄介な力が、アカシャの仔という理不尽な存在が、否定しようとする思考を、頭ごなしに否定する。
……終わってる。
「まぁ……その辺も含めて詳しくお話致しましょうか。どうぞ、そちらに椅子が御座います。お座り下さい」
淡々と話す彼だが、その口元には紛れも無く力が入っていた。それが何を意味するか想像するのは余りにも簡単だった。