19話「打・打・打破ッ!」
チャンスは一度だけ。
鬼頭 一角を信じる事にした命だったが、彼はまだ何を考えているのか分かっていなかった。
信じて背を向けた。
信じて距離を取った。
だが、その行動の意図に気付いていなかった。脳がショート寸前で思考を巡らせる。周りの景色がスロー再生に見える程にだ。
「来いッ!サァァァメェェェッ!」
雄叫びが鳴る。
「グゥゥゥゥ……ガァ゙ァ゙ッッ!!!」
咆哮が轟く。
そして……。
ガァンッッッ!
金属と金属が打つかった時の耳に刺さる音が、鉄パイプの悲鳴が聞こえた。
足元からの突撃に、その場で身を捻り、鉄パイプで防ぐ。しかし、与えられた衝撃と言う運動エネルギーが彼を逃げ場のない空へと高く飛ばした。
追って、飛び上がる鮫。
もう何十と見た攻撃の姿勢を取る。
尾が一角から太陽を隠す。
影が彼を包み込む……それは今から大事な仲間二人を戦闘不能に追い込んだ技を受けると言う事を意味していた。
(ハハッ……コイツは……怖ぇ……!アイツ等……後で褒めてやらねぇとな……!良く、退かなかったなってよ……)
そう。
二郎も三助も決して諦めていなかった。その尾が自分へ打ち付けられるその瞬間まで、諦めずに鉄パイプを構えようとしていた。
強い仲間達の姿を見て、強い命の笑顔を見て、幾度となく鮫の攻撃を見て、確信した。だからこそ……鬼頭 一角はこの作戦を思い付き、実行した。
本当はちゃんと説明をするつもりだったが、きっと……分かる。残った2人を信頼して、強き命を信頼して、実行した。
彼等に繋げるためには、必要なのは細かな説明ではない。この受け取った熱き心が必要なのだ。それが揺るがない様に、鉄パイプを強く握った。
迫る尾を前に鬼頭 一角は笑った。
バンッッッ!
「頼んだぞッッッ!お前らッッッ!」
スラム街の荒んだ街に乾いた音が通り抜けた。
◆ ◇ ◆
吹き飛ばされる鬼頭さん。
……二撃目を弾け無かった?
鉄パイプの金属音じゃない。乾いた音だった。二郎や三助が叩き落された時と同じ音。
心臓の鼓動が速まる。
やはり、止めるべきだったんじゃないのか……?
失敗した。
選択を間違えた。
吹き飛んで行く鬼頭さんを見てそう思っていた。……鬼頭さんの顔に笑顔が浮かんでいる事に気付くまでは。
直後、黒い何かが空を裂いた。
「頼んだぞッッッ!お前らッッッ!」
ゴッ!
……!?
今の音は……?
黒い何かが飛んで言った先にあるものを見た。
天高くこちらを見てニヤけていた鮫……にヒビがある。そう、完全に破壊した訳じゃない。鮫の頭部に鉄パイプ刺さり、そこから全身へと大きくヒビ割れている。
あぁ……!そうかっ!そういう事かっ!
鬼頭さんは失敗していない。コレを狙っていたのかっ!この状況を絶対に作り出すのを狙っていた!だから、だから……あえて尾の叩きつけを無防備で受けたんだ。
その時から既に、鬼頭さんは迷うこと無く、鮫の核を狙っていたんだっ!
なら……私も、全力で答えるっ!
その為に、信頼しますよ……!
スラム街自衛団の力をっ!
「四美さん……!五右衛門さん……!あの落ちてくる鮫、受け止めて下さいッ!」
「鮫を……」
「受け止める……」
「「了解ッ!」」
何回も攻撃をして崩れ溶ける鮫。
あっという間に溶けて、どうやっても核に攻撃が当たらなかった。
だけど……今、落ちてくる鮫を見て確信した。鬼頭さんが投げた鉄パイプが頭に刺さっているのに……溶けない。私が、鮫を十手で叩いた時は必ず溶けたのに、何故今は解けないのか……?
それはきっと……鮫が、このアカシャの仔が、溶ける時は原型を大きく崩した時に、再生しようとして溶けるからだっ!体を自壊させるっ!そういう性質の力……。
だからだ。
空中から落ちてきた時に必ず粘液の塊になっていたのは、地面に当たったことで体が原型を留めなくなったからだ。
そう。奴は、自在に鮫の形になる事が出来る。自在に体を硬化させる事が出来る。……だけど、奴は自在に溶けることは出来ない。破壊されなくては……破壊しなくては……溶けることが出来ないっ!
そうなんですよね……?
ちゃんと伝わりましたよ、鬼頭さんっ!
貴方が鉄パイプを刺した場所、何度も貴方が空振る事になってしまった核の直線上にある。後はあの鉄パイプを強く押し込んでやれば……!核を壊せるっ!
だから……。
「いけェェェッ!」
ガンッ!ガンッ!
天高くから落ちてきたその楕円。
その楕円形から左右に広がるヒレ。
位置エネルギーを身に纏い、重さを味方にして落ちてくる鮫。
四美さんと五右衛門さんはその迫りくる恐怖に怯む事なく、強く鉄パイプを打ち付けたっ!ヒレに!
よし……!当たったっ!
ザァァァァ……!
だが、鮫は止まらない。
その身に纏った位置エネルギーが、鮫が止まる事を許さない。凄まじい速度で引きずられていく2人。アスファルトの地面に4本の線が描かれていく。
だが、彼等は言ってくれた。
「「了解ッ!」」……と答えてくれた。
そして今、当に、私の期待に応えようとしてくれている。頼んだぞ……!2人っ!私は、私に出来ることを……請け負うッ!
その時だった。
ガンッ!ガンッ!
更に響いた鉄パイプの音。
そして、勢いを完全に失った鮫。
その左右のヒレには2人ずつ……居た。
四美さんと五右衛門さんが強く鉄パイプを当てている。その横に、二郎さんと三助さん。彼等もまた、不格好でこそあったけれど、強くその手に握る鉄パイプを鮫に打ちつけていた。
……ナイスッ!
後は、私に、任せろッッッ!
「……決めるッ!……[破壊的な一撃]ッッッ!うォおォォォォォッ!!!」
◆ ◇ ◆
「決めてくれっ!便利屋っ!」
「やっちまえぇぇぇ!」
「行けるっ……!」
「打てェッ!」
「……フッ」
ダンッッッ!!!
5人が見守る中、命はトドメの一撃を繰り出した。迷う事なく放たれた十手の刺突は、金属音と言う名の悲鳴を上げて、鉄パイプに打ち付けられる。
魔の手こそ使えていない。黒い力を目覚めさせていない。されど、彼の中にある鬼の意志は真っ直ぐ、力を証明した。
バギシャァ…!と硬い音を上げて、鮫の頭部を貫いていく鉄パイプ。その途中でガァンッ……!と一際硬い音が響く。
そして、鉄パイプは鮫を完全に貫いた。
カラン……コロン……と地面を転がる。
「打破ッ!」
ドゴンッ!!!
吹き飛ぶ 鮫の頭部。
原型を留めなく壊れた鮫のアカシャの仔はダラリ……とその身を崩壊させる。3つの欠片に砕けた純白の核を露出させて、核ごと全て溶けていく。
そして二度と鮫が現れることは無かった。
「勝った……勝て……た……!は……はは……。私たちの……ッ!勝ちだぁぁぁぁぁッ!!!!!」
勝利の宣告。
緊張の緩和。
この場に居た勇猛果敢な戦士達は全員もれなく地面に横たわっていた。勝利の達成感が心を跳ねられせる。今更ながらに死が隣にいた事を自覚した故の汗の滝と喉を強く出入りする空気。
だが、紛れも無く勝った。恐怖を打ち破ったと言う事を汗の不快感が、呼吸の苦しさが伝えてくれる。
アカシャの仔を倒す。
共通の目標に向かい、力合わせた六人。
彼等には間違いなく信頼があった。
◆ ◇ ◆
上下する体の中に心地良さがあった。
思わず顔がニヤけてしまっていた。
胸いっぱいに広がった多幸感。
私は……これが……心の繋がりを感じたからなのか、1つの問題を解決した事への達成感なのか、はたまた、強敵と戦えた事への興奮から来るものなのか分からなかった。
だから今は、心強い仲間を得た事への、紅鈴奪還に近付いた事への、喜びにしておくことにする。
うん、そうする。