18話「鉄パイプの覚悟」
飛沫が宙を舞った。
まるで一つ一つが好き勝手なダンスをするかの様に、爆発的に宙を散る。
黒い飛沫が宙を散る。
「喰わせないッ!」
ドゴンッ!!!
弾ける黒の塊。
鮫……だったものはその顔を大きく砕けさせた。直後、ドロリ……とその体を崩していく。
黒い口腔の中だった場所には、スラム街自衛団の1人、四美……そして、もう一人。十手を構える白き青年、魅神 命が立っていた。
「……ぁぁッ!命ッ!」
「鬼頭さん……!皆さんっ!……あの鮫ぇ……!ぶっ倒しますよっ!」
「おうッ!」
地面に沈んだ黒い影。
また気配を消した鮫。
敵は依然として虎視眈々と狙ってきている。
変わらぬ恐怖がそこに……其処に……底に……存在している。にも関わらず、勝てる……!一角は確信した。魅神 命……彼がいる限り負けない、死なない、敗れる訳が無いッ!彼の並外れた実力を知っているから……そう思う。しかし、それ以上に彼の声が、朗らかな笑顔が、その自信と興奮が、強く……強く……一角に鉄パイプを握らせた。
「今、分かった事が2つあります」
「何だ……?」
「奴の核は頭部にあります。頭を砕いたその時に、少しですけど白い球体が見えました。そして、奴の体が異常に硬い。……でも、私なら砕けるっ!私がチャンスを作りますっ!奴の核を叩き出しますっ!皆さんは核を壊してくださいッ!」
「なるほどなぁ……おいッ!聞いたかぁ……!四美ッ!五右衛門ッ!」
「「おうっ!」」
「よしっ!勝つぜぇ……!」
◆ ◇ ◆
あの鮫は……本当に地面を海の様に潜っている訳じゃ無い。地面に着いたその瞬間に自身の身体を自壊させて、平たい黒い塊のペーストとして移動している。ただ、このアスファルトの地面じゃ……それを見つけるのは無理だ。
なら……霊気で探せば良いだけだ……!
連日連夜……アカシャの仔と対峙する様な依頼事が舞い込んてくるんだ。これぐらい簡単に……。
「そこだぁぁぁッ!」
「グゥォォォォッ!!!」
ドゴンッ!!!
一瞬の霊気の高まり。
それを感知する事は問題ない。
問題は……。
溶ける黒い体。その中に再び白い球体……核が見える。だが、それすらも溶ける。地面に当たるその瞬間、黒い中に溶け込んでいく。
奴を倒す為には……硬い体を打ち砕き、核が溶けるその前に砕かないといけない。流石に1人じゃ手が足りない。……厄介だな。ほんっとにっ!!!
次は……何処だ?
……。
……ッ!
「あの人、あの人の所に出るッ!」
急速に霊気が高まって、近づく黒い水溜り。
慌てて指を刺す。
五右衛門さんが、間一髪、二郎さんを抱えてその場を離れる。その後ろを噛み砕く鮫。
「くっそ……狡猾な……!ただの黒い水のクセにッ……!」
五右衛門さんが声を荒げ、一つ舌打ちをした。その後ろで、四美さんが三助さんを抱え上げる。
ナイス判断……!
まともに動けるとしたらやっぱり……私と鬼頭さんかだけ……か。
……ッ!好機!
鬼頭さんの足元に感じる強い霊気。……鮫が出るッ!私が、私だけが……!チャンスを作れるッ!絶対に逃さないッ!
「鬼頭さんッ!来ますッ!……とぉりゃぁっ!」
鬼頭さんの腕を引く。鮫の出る位置から少しズラして、私が前に飛ぶっ!ここで、振り向けば、鮫の頭部が直ぐそこに!
行ける……!破壊するっ……!
ドゴンッッッ!!!
勢い良く吹き飛んだ鮫の頭部。露出した白い核に急いで鬼頭さんは鉄パイプを振り下ろす。
だが、当たらない。
溶けるのが速すぎる。
アスファルトに跳ね返された鉄パイプを構え直し、鬼頭さんの顔が歪む。
「悪いッ!次は当てるッ!」
「……うん!何度でも砕いて見せるッ!」
そうしてかれこれ1時間以上。
緊迫した、死がすぐ横で肩を組んできている現状は全く以て好転していない。
鮫は絶えず奇襲を繰り返している。狡猾な奴が考えている事は分かっている。……私も、他の三人も汗が酷い。心臓の鼓動が早くなっている。気の抜けない現状に、精神が疲労している。
手に取るように私達が疲れている事は分かる。
狡猾な奴がそれを逃さない筈がない。
奴は……体力切れを狙っている。
幾度となく鮫の頭部を破壊して、仲間を抱えた四美さんと五右衛門さんのカバーをする。
鬼頭さんの付近に出た時には、タイミングをずらしたり、あえて避けるだけにしてみているが、どれも効果はそこまで無い。更には、何度もやられて理解したのか……鬼頭さんの付近に出る際だけ、異様に低く現れる。隙が無い。
正直……苦しい。
皆、なんとか私に答えてくれているが、いつやられてもおかしくない。
……クッソォ。せめて、魔の手が使えれば……1人でどうとにもできるのに……!
どうしたら……?
焦る心を胸に無理矢理にでも仕舞う。
「命……作戦が……ある……!」
「……何ですかっ?」
「一度……奴を打ち上げたい……!」
「……つまり?」
「俺が二撃喰らうッ!」
「無茶だッ!」
「このまま消耗し続ける方がもっと無茶だッ!正直に言うが……俺達はそろそろ限界だ」
「死んだら意味が無いッ!貴方がそれを一番分かってるんじゃ無いんですかッ……!?」
「……命。分かるぞ?お前、俺達が──」
時間が止まった感覚に襲われた。
耳に入って来た言葉を脳が納得する事を拒んだ。
そんな訳が無い。違う。私はそんな奴じゃない。
……そう、思いたかった。
だって今まで誰かと一緒に戦う事だって多くあった。協力して仕事をした事だって何回もあった。初対面の人と共闘する事もそれなりにあった。
今まで問題なかった筈なんだ。
いや……。
分かっている。
頭の中で分からないフリをしている事を。
理解している。
心が必死に理解を拒んでいる事を。
気づいている。
アカシャから少年を守れなかった事を。
自分の目の前で苦しんでいる人が居て、それを助ける事の出来ない無力さを。苦しみを。
心の奥にある助けられない事への恐怖が、必要以上に過保護的にさせていた。何が何でも守るという思考にさせていた。
そう。私は……鬼頭さん達を……。
「──信頼できねぇんだろ?」
「ぁ……ぁぁ……!」
「最初の方は確かに無理だった。でもなぁ……!何度も同じ動きを見て、学ばない俺達じゃねぇ……!良いかッ!お前は俺達よりも随分と強いかも知れねぇっ!だが……!俺達もッ!弱くねぇんだよッ!……だよなァ゙ッ!?……お前らッ!」
「「オウッッッ!!!」」
「ハッ……良い返事だぜ!俺達の事は……心配するなッ!絶対に死なねぇッ!!!……次、俺が狙われた時に仕掛ける……!良いなッ!」
「……ッ!……分かりました。私はどうしたら良いですか?」
「2人と一緒に思いっきり離れろ!コイツから出来るだけ逃げるんだッ!」
「……なッ!?……その作戦って本当に倒す為の作戦なんですよね……!?」
「魅神 命ッ!頼むぜ……!」
いや、今、鬼頭さんを、鬼頭さん達を信じなくてどうする……?鮫のアカシャの仔を倒すんだろ!?……私ッ!
信じるんだ。怖くても、仲間の力を。
弱くないと伝えてくれた……皆を。
……良し!
「分かりましたよッ!任されましたッ!……一角ッッッ!」
「あぁ……!行くぜ……!」
迫る背びれに鉄パイプを構える鬼頭さん。それを合図に私と四美さんと五右衛門さんは、彼を背に走り出した。
彼を信じて走り出した。