16話「夢と目標」
「今ので何か分かったのか?」
「うん。天子と戦っている中で、ずっと違和感があったんだ。殺すだとか強い言葉を使ってる割には、殺すための行動を取ろうとしないなぁ……って、そう感じてた」
そうだ。
特に最後、彼女は槌を取ろうとするわけでもなく、あの……アカシャの仔の名前を呼んでいた。殺意を向けた敵に止めを刺される、本当に死ぬかも知れない最後のその時に取る行動が……仲間に助けを求める?あり得ないだろ。
いや、ありえない話じゃない。
そういう奴もいるかも知れない。殺意よりも死への恐怖が上回れば、誰だってそうなる。
けれど……違和感があった。対面していて感じたんだ。殺意がない……そう感じたんだ。この直感は大事な気がする。もしかしたら、私がただ単にそう思いたいだけかも知れない。でも、何故か敵とは──少なくとも、悪い人だとは思えない。
だから、きっと……。
「多分、あの人と協力できる気がするんです……!だから、後は……アカシャの場所させ分かれば……」
「それは無茶だ」
今までの感情豊かな一角の声が、途端に冷たくなった。思わず落としていた視線を上げれば、強く見つめる茶色の瞳と目が合った。
「言っちゃ悪いが、お前……アカシャと戦えたのか?いや、お前に負けた俺が言うのも間違いだと思うが……。少なくとも、俺が見つけた時は既に瀕死だった。体も冷たくて、正直、ダメ元で治療した。……結果、目を覚ましてくれた。すげぇよ、奇跡的に……だ!お前が強い事も!紅鈴が心配な事もよぉーく分かるぞッ!……だがなァ!!!今すぐ殴り込んで……!ハイ、死にましたじゃ意味ねぇんだぞッッッ!」
「……」
「……」
「あー……もしかして、死ににいきます!って聞こえちゃいました……?」
「あぁ……!俺にはそう言ってるように聞こえたぞ……」
何やってるんだ私は……。
ちょっと焦りすぎだ。そうだ、紅鈴だって強い。信じよう。そうだよ!いつもケラケラとしてる紅鈴だ!案外、監禁生活を楽しんでる可能性だってある。……うん、大丈夫。大丈夫だっ!
よし。なら、紅鈴の居場所を探す。そして、確実に助ける為の準備。これが必要だ。うん。なんか分かんないけど、上手くいく気がするっ!
「ありがとう鬼頭さん!」
「んぁ……?」
「ちょっと熱が冷めましたっ!だから……見えてきたんです。大切な物っ!紅鈴を絶対に助けたいっ!その為に、絶対にアカシャを倒して見せます……!そうして、この世界も守って見せるっ!でも、1人じゃ……それは難しいかも知れない。ですから、お願いしますっ!私と……!僕と……!一緒に戦ってくださいぅ!」
「……はっ!ハハハハハハッ!あぁ……!喜んでっ!……だぜっ!魅神 命ぉっ!俺達で世界守っちまおうぜっ!ハハッッッ!」
手が差し出された。
大きな手だ。
無骨で、荒々しくて、とても雄々しい。
あぁ……温かい手だ。
「ありがとうっ!鬼頭さんっ!」
重ねた手は少し痛かった。
けれど、とても、心地よかった。
紅鈴、心強い友達が出来たよ。
少し待ってて、必ず助けに行くからね……。
「鬼頭隊長ッッッ!大変ですッ!」
その心地良さも束の間。
店に流れ込んで来る四人。その四人は、初対面の時に鬼頭さんと一緒にいた四人だ。しっかりと元気そうで良かった。
「おぉ!どうした……?」
「実は……」
「メインストリートの方で……」
「出たんだ……!」
「アカシャの仔がぁッ!!!」
「おし……んくっ……。ん……!分かった。直ぐに向かう!悪い店長……ツケといてくれ……!」
いつの間にかほとんどなくなっていた大皿の最後の一口を詰め込んで、出口に向かう鬼頭さん。
やや苦笑気味のマスターは仕方ないなと息を吐いた。
( ´∀`)bグッ!
そうしてマスターは再びあの笑顔を見せた。
……って、あ、出てちゃった。
私も行かないとっ!……いや、先にお金。
「命様……」
「えっ……?」
「命様……どうかあの一角を宜しくお願い致します。今回の代金は一角の方にツケて置きますので……大丈夫です」
「あっ……あぁ!ありがとうございますっ!料理美味しかったです!ご馳走様でした!」
「はい。頑張って下さい♪」
私は、離れた5人の背中を追って、スラム街を駆けた。
◆ ◇ ◆
「……爆発があった割には……片付いているね、守都 四方画。遊びに来ちゃった♪」
「手短に話せッ……」
1人、私室で書類作業を行う彼女。
音も無く目の前に現れたナニカは、彼女に馴れ馴れしく話し掛けた。
言葉を耳にした四方画の体がピタリと止まる。ほんの少しの間を置いて、ナニカを睨んだ彼女は、今先程まで手に持っていた紙を雑にデスクに落として答えた。
「そんな酷い事言わないでくれよぉ!ボク泣いちゃうナァー……!それに今日は別に……ちょっかいを掛けに来たわけじゃぁ……ないんだよぉ……?」
「回りくどいぞ……!アカシャッ!」
彼女の声はまるで違う。低く、硬く、怒りの色が声に滲んでいる。いつもの温かな声と調子からは想像もつかない尖った声だ。アカシャがいつもと変わらずおちゃらけた声を響かせる。その度に、彼女の声は硬く尖っていく。
言葉はナイフと良く言うが、彼女は声そのものすらナイフとして、黒き塊に突き刺している。
「わぁーかったってぇ!別に殺生が趣味なわけでもないし……君を殺しちゃったら……命の成長イベント発生しなくなっちゃうかもだし……ね♪」
「ボクがココに来た理由は1つさ。言観 霊架。彼女を返してあげるっていう提案をしに来てあげたんだ。わざわざね……」
沈黙。
守都 四方画は沈黙した。
目の前の怪物が語る甘い誘い。その裏に何が在るのかを理解しようと頭の中をごちゃごちゃとさせた。
「……条件は?」
「察しが良くて話しやすいね。別に何も考えていないさ。1つの事を除いてね。条件は……魅神 命と群道 浪歩を殺し合わせて欲しいんだよね♪やり方は問わない。……まっ!行方不明になった絡繰良 紅鈴が見つかった。どうやら、群道 浪歩によって囚われている。そう言えば……楽に誘導できるだろうさ♪……君は利口だろうしね。1週間も経たないぐらいで先に霊架は返してあげるさ。さて、どうやら暇潰しの話し相手にもなってくれなさそうだし……ボクはこれで……」
「待てッ!」
「……何?」
「そこまでして、命に執着する理由は何だ?何がしたい?お前の目的は……何なんだ?」
「……愚問だね。生物が目指すものなんて決まっているだろう?……快楽ッ!刺激ッッ!!愉悦事ッッッ!!!そういったものが無い人生なんて……つまらないだろう?生きていく価値が無いだろう?鬼がボクにそれを教えてくれたんだッ!この命に死が迫る感覚をッ!その素晴らしさをッ!だからボクは、彼を育てるッ!ボクを殺せるぐらいに強くねッ!あぁ〜〜〜♡ワクワクするよッ!もう一度アイツと戦えるのがねぇ!楽しみなんだぁ……!ボクはッ!ボクにはそれしか無いんだ……。どうだい?崇高な夢だろう?これが世界を滅ぼした化物の目指しているものサッ……!満足いただけたかな?……まっ、君が理解してくれようが、そうじゃなかろうがどうでもいいんだけどね」
「それじゃ!またね~!」と声高らかに、アカシャは部屋を出ていく。子どものように無邪気に、狂気的なまでに悪びれず、禍々しい程真っ直ぐな声で、守都 四方画に別れを告げた。
部屋に1人。
孤独に戻った守都 四方画は、資料に再び手を伸ばすこと無く。椅子に自身の全てを預けるのだった。
見上げた天井のシミが、うざったらしい笑顔に見えて、ゆっくりと目を瞑った。