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崩壊HAND  作者: ナタデ 小町【・△・】
序章:【崩壊世界と僕の夢】
14/36

14話「不可思議な国のマリス」

 コンクリートの地面を真紅に染めた少年。


 転がる首は、少年の死を告げていた。


「ンンッ!さて……エサとして少年を使ってみたが……優しい君には十分過ぎるご馳走だったかな?なぁ……(ミコト)〜?」


 首が捩じ切れて、尚、地面に2本足で立つその体。

 そこから忌まわしき声が鳴る。


「まっ……もう使い道はないし……捨てるか……」


 バァンッ!


 破裂。少年の体だったものは瞬間的に膨れ上がったかと思えば、ポップコーンの様に破裂して、周囲を更に真紅に染めて原型を留めず消え去った。

 地獄だ。現実味の無いその光景に、(ミコト)紅鈴(クレイ)が感じたものは恐怖でも、怒りでもない。現実を理解しきれていない、(から)の感情。虚無だった。


 原型残さず消えた骸。


 代わりに、黒い液体が其処に在る。


 グチャリ……。ベチャリ……。


 不定形の黒い塊。

 今先程まで、2人がよ〜〜〜く聞いた不快な粘液の音がする。だが、目の前に居るのはアカシャの()よりもドス黒く、どこまでもグロいそんな忌むべき塊だった。

 次第に音は静かになって行く。


 そして、其処に姿を現したのは──変わらぬ無愛想な顔。うねった黒髪。とても雄々しくて、少し抜けていて、でも、とても頼りになる。そんな、そんな男──(スミ)。その人だった。


 違うと言えば、彼が好む動きやすい服装から遠く離れた厚い外套と不気味に笑顔のデザインが描かれたシルクハット。よく知る彼は余っ程しない、違和感しか無い格好。瓜二つの顔、髪色、肌の色、目の色、雰囲気をしているが、(ミコト)には分かる。目の前に立つ者は厄災であり、最悪の怪物、アカシャだと分かる。分かってはいたのだが……口をついて出る言葉は……。


(スミ)……さん……」


 今無き亡者の、大切な恩人の……名前だった。


「……どうかしたか、(ミコト)?」


「あの人の……」


「……?」


(スミ)さんのォ!真似事なんてするなァァァッ!!!」


 (ミコト)が飛びかかる。

 (ミコト)の黒い腕が(くう)穿(うが)つ。だが、それだけだ。最小限。その場から動かず、極度に体を曲げるだけでその巨大な拳を避けるアカシャ。(ミコト)は、そのまま腕をコンクリートへと叩きつけるために振り下ろす。


 バンッ!!!!!


「良い……!とても良い!(オニ)の力を上手く制御しているね。少し霊気の調整が失敗したら(オニ)として暴走するかも知れない。安全性と出力量のバランスがベストだ。君は……それを無意識で、本能で、感覚だけで……やって見せてくれる。素直に褒めてあげるよ。流石だ。(ミコト)、やっぱり君は、才能がある。ボクに(いのち)の素晴らしさを教えてくれる程のね!……だが」


 右足を上げ、その一本だけで腕が止まる。

 膨大な霊気というエネルギーによって、(オニ)と呼ぶにふさわしい破壊力を纏ったその腕を、片足一本で止めたのだ。


 そしてアカシャは言葉を続ける。

 (ミコト)の知った顔で、知らぬ表情を見せて、気味悪く、気持ち悪く、グロく、黒く、邪悪で、憎悪的で、とても悦楽とした笑顔をして言葉を続ける。


「だがね、才能があるだけだ。まだ、これっぽっちも実力が無い。今だって、いつでも君のことを殺せる。だけどなんでボクがそうしないか……分かる?」


「……」


「答えはね、ボクを殺して欲しいからだよ。あの日、君は、ボクに一撃を当てた。ゾクゾクしたよ……!あぁ……!目の前に居るコイツは……ボクの脅威なる。そう、思ったんだ!だって!ボクの長い長い空虚な時間。砂の一粒すら落ちることのない砂時計の中で、ボクに一撃を与えられたのなんて、君が初めてだものっ!」


「……な」


「ん〜?聞こえないよ、言いたいことがあるならもっ「喋るなァ゙ァ゙ァ゙……ッ!!!!!」おっとぉ……これは、手厳しい♪」


 足で止められた腕を高く振り上げて、落とす。

 二度目の叩きつけ。


 結果は……弾かれた。


 落ちてくる黒い腕に、足を軽く曲げ、繰り返しただけで、(ミコト)は吹き飛ばされる。その先には交通標識。その硬いポールに体が打ち付けられる。


 まるで粘土のように、くの字に曲がったポール。そこから、ドサリ……!と落ち、立ち上がろうとする(ミコト)。不似合いに巨大な片腕を地面につける。その視界の端に、黒い足がある。


「立てるかい?手を貸そうか?」


「……くそ……がぁ」


「ふふふふん♪もー、口が悪いねぇ。そんな悪い子は殺しちゃうぞ♡……お友達を、ね♪」


 ドスッ!


 不意に地面から生える黒い触手。それも一本じゃない。無数の、悍ましい程の数の黒い触手が、細く禍々しき触手が、地面から生え、一人の人物を串刺しにする。紅鈴(クレイ)だ。


「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッッッ!」


 その紅い髪と同じ色が体の至るところから垂れる。地面に、垂れる。


「……!?」


「安心しなよ。まーだ、殺して無い。骨も臓器も壊してない。偉いでしょ?寛大な心遣いに感謝して欲しいね。まっ……君が話を聞いてくれるなら……だけどね!」


 ドスッ!


「ア゙ア゙ア゙ゥ……!」


「やめろぉ!何が目的だ!」


「うん。君は賢明だね。助かるよ♪さて、ボクが、ここに居る理由は2つだ。1つ、愛しの君に会いたくなったから様子を見に来た。良い感じに育ってて嬉しくなったよ。定期的にこの国に、強い()を放り込んでいて良かった♪ボクの教育方針は間違ってなかったね♪」

「そして、もう1つ。……そろそろ、ちゃぁんとボクが、教育してあげないとなぁ。って思ってね。よぉーく聞いてね?……(ミコト)、ボクは今、世界滅亡を企んでる」


「なっ……!」


(ミコト)には世界崩壊を阻止する為に頑張って貰う!……って訳さ。その報告をしてあげる為にここまで出向いたんだ♪ボクって律儀っ!……良いかい?世界崩壊を止めたかったら……ボクを殺してみせる事だ。たださ、急にボクと戦うってなってもさ。可哀想じゃん?だって君まだ、弱いしさ。だから……あと4年。時間をあげよう。君が、22歳になったその時がタイムリミットだ♪もし、その時が来て、君が負けたらこの世界と共に、さよならさ。未来永劫ね」

「ってな訳で……まずはWORLD1ー1からSTARTっ!だよ!お休み〜♪」


 ドスッ!


「な……ァ゙……ァ……ク……レ……ィ゙……ッ!」


 触手に貫かれる(ミコト)


 じんわりと熱くなっていく体、ヌメッとした感触が、腹を伝う。「ガハッ……!」と体の奥から込み上げてきたモノを吐く。慌てて口を覆った左手を見れば、紅く染まっている。

 (ミコト)がそれを理解した時には、意識が揺れていた。霞む視界、遠ざかる音、深く其処へと落ちていく中で、何とか聞き取れた声は「あっ、そうそう囚われの姫として、紅鈴(クレイ)君は預かるよ。まっ、そう遠くないうちに返してあげるよ♪それじゃ……今度こそ、またね、(ミコト)♪」と、お茶らけていた。


           ◆ ◇ ◆


「さて、言観(コトミ)君。このエレベーターはちょっと特殊でね。縦だけじゃなくて横にも動く、古い時代の映画に出てくるチョコレート工場のエレベーター的な奴なんだ。ここから、地下3階・研究エリアの放送室に向かうとすると5分程かかる。それまでお喋りしようか……折角の2人きりだしね……」


「では、守都(モリミヤ)(じょう)。一つ、聞きたいのだが……結局、この札はどう使えば良いのだ?ケースの上から使えるという知見しか無いのだが……」


 自身の腰にある黒い長方形を、その小さな手で掴む霊架(レイカ)。それを横目に、扉の方を向いたままに四方画(ヨモエ)は口を開く。


「あぁ……そうか。説明が面倒だったからつい……省いてしまっていた。ちゃんと伝えておくね。その黒い札の名前は……玄札(アカシャカルタ)。名前の通り、アカシャの力を札の中に封じ込める事で、特務隊の皆みたいに、特別な力を覚醒させなくても……特別な力を扱える様になる優れモノ。扱い方は簡単。霊気をその札に流すだけ。ただ、気を付けてね?少し霊気を与えたら、下手したら全部持ってかれるから」


「全部持ってかれたら……どうなるんだ?」


「ん〜…枯れるんじゃない?命が」


「あぁ……」


 暫くの沈黙。


 うつむいて、黒いケース越しに玄札(アカシャカルタ)を見つめる霊架(レイカ)。怖いのだ。その、玄い札の中に、恩師の魂が入っているとはいえ、それ以前にアカシャの力が封じ込められている。


 その力の強大さを知っているからこそ怖いのだ。


「怖いのかい?」


 確かに彼女は恐怖している。

 その力について怖いと感じている。

 それはそう……なのだが……。


「いや、まぁ……大体そうなのだけれどな……守都(モリミヤ)(じょう)。その、違うんだ。あのな、守都(モリミヤ)(じょう)……その、実はな……」


「……?」


「私は……()()()使()()()()んだ……!」


「……使えない?」


「……使えない」


「……霊気が?」


「……霊気が」


「なぁっ……!?ナンダッテェ〜!……な〜んてね♪言葉(コトミ)君、ワタシはそんなの承知の上さ。だから今から君を連れて行くんだよ……研究エリアに……ね?」


「ど、どういう事だ……?……ハッ!まさか!私はこれから改造されるのかッ!?」


「う〜ん。あながち、間違ってはないかなぁ。あっ、着いた」


 チン♪


 開くエレベーターの扉。その刹那、「さて、どうしようかな?」と、扉に跳ね返ることなく、その先へ飛んでいく声は間違いなく先程まで穏やかに話していた守都(モリミヤ)の声だ。


 バンッバンッ!


「……守都 四方画(モリミヤ・ヨモエ)だな?」


 その質問を投げた彼の姿は異質だ。

 狼を模して作られたのであろうヘルメットは目や耳等所々が青白く光っている。


 変わらぬ表情。

 ただのフルフェイスのヘルメット。


 だと言うのに、妙な威圧感がある。

 霊架(レイカ)は肌にピリピリとした何かが走るのを感じる。そして、共に理解した。これが、霊気。彼の中にある殺意を纏った霊気であるという事を、理解した。


「これはこれは、群道 浪歩(グンドウ・ロボ)!村々を股に掛ける運び屋さんのリーダーが、国の重要な研究施設に何の用かな?」


「分かりやすい説明、どうも……だなァ゙ッ!!!」


 直後、彼の姿は消える。

 いや、見ずとも霊架(レイカ)は分かる。自身の視界の死角、自身の足元から感じる強い殺気。それは、戦闘経験の少ない霊架(レイカ)にでさえ、死を感じさせるには十分だった。


 バンッ!


(駄目だ。体が動かない。緊張が強すぎる。脳で分かっているのに、避けないと死ぬ。そんな事は分かって……)


「邪魔だよ?」


 ドゴッ!!!


 鈍い音。痛い音。狭いエレベーターの中で響く耳に残る嫌な音。それは、守都 四方画(モリミヤ・ヨモエ)群道 浪歩(グンドウ・ロボ)の腹に足をめり込ませた、その音だった。

 部屋の反対側。巨大なモニターにぶつかり、ガラス片を撒き散らす浪歩(ロボ)。しかし、すぐに立ち上がり、手に持つ霊気銃を構えた。


 対して、霊架(レイカ)は、というと、霊気の弾丸に当たる筈だった所を四方画(ヨモエ)に軽く体を押され、壁に背中をぶつけるだけで済ませられていた。彼女の目の横を汗が伝う。


 当たり前だ。

 戦闘の経験がない凡人が、急に獅子と戦えと言われて勝てるわけもない。その身を切り裂かれ、砕かれ、終わりだ。


 彼女は、言観 霊架(コトミ・レイカ)は、それを肌身を持って感じたのだ。格が違うと、レベルが違うと相手には勝てない。そんな、子供でも分かる当たり前の事を、目前の2人に叩きつけられた。


 しかし、そんな当たり前は、彼女が退く理由にはならなかった。


 バンッ!

 浪歩(ロボ)による発砲。それに対して、霊架(レイカ)もまた……。


 バンッ!

 腰に刺していた霊気銃を素早く引き抜いて、早撃ちをしてみせる。それも飛んでくる霊気の弾丸に自身の霊気の弾丸を当てる形で。


「……なんだと?」


「おぉー!凄いね。言観(コトミ)君、銃の才能あるんじゃない?」


 群道 浪歩(グンドウ・ロボ)は困惑した。

 自分の霊気の弾丸が当たらなかった事にではない。()()されたことにだ。


(相殺だと……?そこそこの霊気を込めて撃った霊気の弾丸だぞ?当たれば、普通、風として多少なりエネルギーが漏れるはずだ。……それをまるで感じない。あの女、俺の出した霊気とほとんど同じ霊気で、撃ったということか……?器用なんて言葉で済む芸当じゃないぞ。まぐれで起きるようなものでもない。……そもそも誰だ?一通り、特務隊について知っているが、あんな奴、見たことも……ないぞ?)


「……ねぇ、交渉しないかい?」


 長い沈黙1人と2人が互いに見つめ合う中で、最初に口を開いたのは四方画(ヨモエ)だった。


「君が欲しいのはどうせ引金薬(ハンドガン)だろう?君達が必要な本数あげるよ。だから、一度、帰ってもらいたいんだ。いいかな?」


「急に、どういう事だ?」


「急じゃないよ。君と話せるタイミングを伺っていただけだよ」


「理由を聞いているッ!」


「……ここからそう遠くない場所に霊気力発電所がある。このままここで暴れたらワタシと君、どちらかが勝つよりも速く、そこを攻撃してしまうだろうね。そしたら、全部なくなるよ?ワタシも、君も、君の守りたいものも、この国も……ね♪綺麗さっぱり崩壊だねぇ……それでも、やるぅ?」


「……くッ!……お前が渡して来たものが本物かどうか、信じれるものを渡せ」


「と言うと?」


「そこの女を人質にする。もし、貴様が渡した引金薬(ハンドガン)が偽物だと分かった場合、コイツを殺す」


「……ハぇ?」


「うん、良いよ!」


 ドンッ!


 鈍い音が鳴る。先程、四方画(ヨモエ)浪歩(ロボ)を蹴った時と同じ不快な音。それは、四方画(ヨモエ)が拳を霊架(レイカ)の腹に深く埋めた音だった。


「なん……で……ぇ?」


 ドサッ。


「……一国の王ともなれば、こんなにもあっさりと仲間を斬り捨てられるのか?」


「王の資格とはソコじゃないかい?やるべきことをやる。1の犠牲で100を守れるなら、1を喜んで捨てる。王とは……そういうものだよ?」


 地面に倒れ伏した少女を肩に担ぎ、エレベーターへと乗った。そして、扉が閉まるその刹那、彼は四方画(ヨモエ)に言葉を残した。


「いつか殺す」


 閉まるエレベーター。

 暗いボロボロの研究エリアに残された彼女は、壁に寄りかかり、壁に擦りながらその身を床に落とした。


「……上手くいかないねぇ、ホントさ」


 クズレの国、その地下に乾いた笑い声が響くのだった。


           ◆ ◇ ◆


 世界は崩壊へ向かっている。


 世界は終わりを感じている。


 世界は終幕を望んでいる。


 それなのに何故、何もしない?


 ……違う。きっと、何もしないんじゃなくて、何もできないんだ。


 この世界は無常。

 一度崩壊して尚、崩壊へと歩を進めている。


 この世界を崩壊へと導くアカシャ。

 蔓延した霊気によって生まれた怪物たち。

 悪意や欲望を剥き出しにするニンゲン。


 この世界は、この国は……無数の恐怖の上に絶妙なバランスで成り立っている。トランプで作られたタワーの様に、少しの刺激で崩れ壊れる。


 この世界に希望はない。

 まるで平和と程遠い。


 この世界に未来はない。

 不安定で心許ない。


 この世界に救いはない。

 隣人を助けるゆとりは存在しない。


 でも、子供の頃読んだ絵本では、主人公は決して諦めていなかった。今でも見返す小説では、主人公は決して歩むことを止めなかった。手綱(タヅナ)(スミ)も人と向き合うことを大切にしていた。


 見ていてくれ、2人共。


 (わたし)は主人公になるから。

 

 好かれなくても、苦しくても、辛くても、無茶でも、無謀でも、この手で世界を救ってみせるから。


 こんな終わった世界を崩壊させてみせるから。

序章:【崩壊世界と僕の夢】──完。

1章へ続く。

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