10話「白熱と爆発」
「ぐっ……と……どぉ……!けぇぇぇぇ……!!」
ボォンッ!
ゴリラの拳が発射された音がする。
後ろは振り向かない。それで問題ない。
……それはそうと怖いものは怖いな。
嫌な想像が頭を駆ける。
もし、あのロケットパンチがあたったらどうなるのだろうか?僕の背に拳の型が付く?いや、もしかしたら体に拳型の穴が空くかも知れない。死ぬだろうか?それとも何とか生きれるか?どちらにせよ、少なくとも動けなくなるのは確実だ。
……じゃあ!そうならない為に踏ん張れ!僕!
地面を強く!足の裏で蹴るんだ!
前に!伸ばせ!脚を!手を!
あの武器に!伸ばせ!届け!
届けぇ!糸ぉぉぉっ!!!
◆ ◇ ◆
紅い糸が確かに掴む。
紅鈴の魔の手が確かに掴む。
その武器を。
槌を。
ドバァンッ!
弾け飛ぶ黒い塊。粘液。
ゴリラの放ったロケットパンチ。
それは見事に打ち砕かれた。
紅い糸に振り回された、槌によって。
シュゥゥゥ……と紅い糸が巻かれる。
槌が紅鈴の手に収まる。
「さぁてっ!これでようやく真正面から戦えるね!……さっ!来なよ」
バァァァァァァンッッッ!!!!!
槌を構え、ゴリラを見据えた紅鈴。その時だった。突如として、爆音が、爆発音が、耳を貫いた。
「……爆……発?」
靡くクセのある紅髪の、奥に隠れる紅い瞳。そこには、今まさに、黒煙を立てるビルが映っていた。
◆ ◇ ◆
「ほら、どうした?君も使うと良い……魔の手をね。それともなんだい?怖いのかい?鬼がその身を支配しようとする事が……」
「どこまで……知ってるんですか?」
「少なくとも君の力の事なら良〜く分かるよ。魔の手、【玄骨】。名前:鬼の力の一端を引き出す魔の手。主な性質は身体能力の上昇。ただ、魂に眠る鬼を呼び起こしてしまう。故に、気を抜くと鬼に主導権を渡してしまう欠点も持つ。……そして、何より、君、魅神 命は鬼を恐れて、魔の手を使おうとしない……」
「随分と熱烈なファンなんですね……そろそろ怖くなってきたんですけど……」
「軽口を言えるのは余裕があるのか、はたまた自分に余裕を持たせるためか……どっちか教えてくれるかな?」
「もちろん前者です……ねっ!」
事実、命は苦戦していた。
殴りかかる度にひらりと簡単にかわされて、軽く一撃を受ける事の繰り返し。何度やっても、何回やっても攻撃が当たらない。
間違いなく、間違いなくこのままでは負ける。そんな事はわかっていた。だがしかし、命は魔の手を使わない。
まだ、使わない。
「紅鈴君に手伝って貰ったほうが良いんじゃないか?ほら、また当たらない。はぁ……いい加減……魔の手を使えッ!!!」
ドゴッ!
重い蹴りが命の腹部に突き刺さる。
「がはっ……!」と声を漏らし、それでも歯を食いしばり堪える命。そこにもう一撃与えようと天子が脚を引こうとしたその時だった。
グンッ!グッ!グッッッ!
抜けないのだ。脚が。
命にその両手で強く握られているせいで抜けないのだ。動けない。何度やっても、より強く引き抜こうとしても、まるで動かない。
「アナタに聞きたい事があるんですが、良いですかね?」
「あまり人の脚を掴みながら言う台詞ではないんじゃないかな?」
「アナタは私を……名前持ち:鬼を殺す……と言いました。でも、何故ですかね?アナタは本気で掛かってこない。私が十手を持たないからか、槌も攻撃として投げる事で、捨てた。まるで私とアナタの戦闘能力を均すかのように……」
「……なにが言いたい?」
「鬼を殺すと言うのは建前で、本当の目的は別にあるのではないかなぁ……と!思いました」
「……」
「それだけじゃないですよ。アナタは何度も私の不快感を煽った。怒りを誘った。そして、魔の手を使うことを勧めた。まるで使って欲しいみたいでしたよね?」
「本気じゃない鬼を殺してもつまらない」
「違う。魔の手を使わせて、霊気を消耗させたい……が本音ですよね?つまり、この戦いは──」
バァァァァァァンッッッ!!!!!
命の背後、スラム街のその先から聞こえる爆発音。
命は振り返らずとも理解できた。
このクズレの国を象徴するビル。
先程まで自分達が居たビル。
王とその関係者、更には国の重要なモノが集うあのビル。
その名も、摩天城が爆破された。
この耳を劈く轟音は、その音であると……魅神 命は理解できた。
「──時間稼ぎ……ですね?」
「大正解。ウザいくらいにね……!だけど、気づくのが遅かった。ここまで時間稼ぎができれば、後はお前を守都の所へ行かせなければ良いだけだ。さぁ……相手してくれよ、命。どの道、魔の手を使わないお前を倒す事なんて難しくないんだからさ……!」
「勘違いしてませんか?」
◆ ◇ ◆
命が魔の手を使わない理由は決して、自分の中に居る鬼を恐れたわけではない。
時間は遡り、便利屋の二人が守都 四方画に今回の調査を依頼されていた時の話。
「分かった。行ってくる。ほら、紅鈴行くよ?」
「はぁ……分かったよ、社長」
そうして命が扉に手を掛けた瞬間だった。
「あっ……!魅神君、もう1つだけ!」
「ん……はい?」
「多分、この後ここは襲撃される」
「……ん?はいぃ!?」
「最近怪しい動きが国の中でも、このビルの中でも多い。だから特務隊の皆にそれの調査をさせていたんだよ。他の事務処理をしている者達も最小限にして、人工農園の方に避難して貰ってる。……ここに残ってるのは、お手頃な手駒」
「あー、だから人が少なかったんですね。それで、襲撃というのは……?」
「今の所……正面玄関と屋上に爆弾があるね。逃げ道を非常用階段に絞りたいんだろうね」
「分かってて外さないんですか?」
不信の目。
命の思う事は痛い程四方画には分かっていた。何故、わざわざ危険を引き寄せるのか?
その答えはとても簡単である。
「……上手くいけば……アカシャに繋がるかも……しれないからね!」
アカシャ。
アカシャの仔を生み出す怪物。
命が鬼になった原因。
神出鬼没で、悪逆無道の奴が狙うモノは1つ。
人の命である。
奴は人を喰らう。人の魂を奪う。
生きる為に。
人が家畜を食すのと何ら変わりは無い。
ただ、1つ違うとすれば、奴は生まれながらに欠落している。心が無い。魂がない。命がない。されど、この世に生きている。
故にアカシャは人を喰らう。
その未来永劫、足りる事の無い腹を満たす為に、人を喰らう。
故にアカシャは魂を求める。
永遠に潤う事の無い、渇きを消す為に、命を啜る。
「アカシャが関わっているんですか?アカシャを見つけられるんですか?アカシャを……」
「その為に……だ。君にやってほしいことがあるだ。きっと名前持ちが出たと言うのは嘘だろうね。それなら今頃、ここら一帯は地獄になっているだろうから。だから、その悪戯は誘導。ここ摩天城を襲撃しやすくする為の……ね?で、やって欲しい事っていうのが、その場にいる者を全員1人残らず捕まえるんだ。ここが襲撃させた後にね。こっちのことは気にしなくて良い。どうにかするさ。……と言う事なんだけど……出来るよね……便利屋さん?」
「報酬はアカシャの情報で良いですよ?」
「「了解」」
「お〜い!社長?何してんだ?早く行くぞ〜?」
「あぁ!今行くよ、紅鈴!」
命は部屋を出る。「いってらっしゃい」と微笑む四方画に、答えること無く、部屋を出る。