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11_交わる想い

新学期が始まった。

まだ残暑が続く中、教室には夏の名残が漂っていた。


俺たちはそれぞれの夏休みを終え、日常に戻ったけれど、

あの合宿での出来事は、まだ心の奥でくすぶり続けていた。


そんなある日、放課後の廊下で新田が俺を捕えた。


「颯真ー!今日時間あるか?」


「ん?まあ、特に予定はないけど…」


「なら決まり!もうすぐ夏休み明けの実力試験だろ?結奈ちゃんのの家で勉強会するから来いよ!颯真も参加するって言ってあるから!」


新田は半ば強引に話を進めてきた。

そもそも暇か聞く前に俺の参加が確定している時点でツッコミどころしかない訳だが……


「は? 勉強会?なんで俺が?」


「成績がピンチでさぁ。このままだと親にゲームもスマホも取り上げられちまうんだよぉ!」

新田は額に汗を浮かべながら情けなく笑う。


「で、結奈ちゃんに頼んだら、結奈ちゃんの家で勉強会やることになってさ!お前も行くって言っといたから!」


「おい、勝手に…」


「いや、もう来るって言ってあるから!頼むよ、助けると思って!」


新田の強引さに、俺は結局観念するしかなかった。

新田ののスマホが取り上げられようと俺の知ったことではないのに。


「…まあ、行くだけ行くよ。」

ため息をつきながらそう答えると、新田は嬉しそうに「助かる!」と笑顔を見せた。





夕方、学校が終わると新田と一緒に結奈の家に向かった。

結奈は先に帰って部屋を片付けているらしい。


道中、俺たちは特に目的もなく世間話をしていたが、ふと新田が妙にニヤついた顔でこちらを見てきた。


「そういえばさ、いつの間にか結奈ちゃんのこと、結奈って呼ぶようになったんだな?」


「え?」

俺は思わず足を止め、新田の方を見る。


「別に…呼び方なんてどうでもいいだろ。」


「いやいや、気になるって!俺が結奈ちゃんって呼ぶと、お前はちょっとムッとするしさ」

新田は茶化すように笑った。


「もしかして、ちょっと特別な関係になったとか?」

そう聞いてくる新田の目は笑っていないような気がした。


「バカ言うな。そんなんじゃない。結奈がそう呼んで欲しいって言ってきたんだよ。」

俺はすぐに否定した。


「へえ、そうなんだ〜」

新田はニヤニヤしながら歩き出す。


「でもまあ、お前が誰かのこと名前で呼ぶなんて、ちょっと珍しいよな。俺の知ってる颯真は、あんまりそういうのしないタイプだからさ」


「…そういうつもりじゃないって言ってるだろ。…俺も…距離感がわかんねえんだよ。あいつ、最初から妙に近くてさ…」


「ふーん、なるほどね」

新田は意味ありげに頷く。


「まあ、俺はいいと思うけどな。結奈ちゃんも、お前が一緒に来るって聞いて喜んでたっぽいし」


俺はそれ以上、何も言わなかった。

確かに、結奈とはここ最近、少しずつ距離が近づいている気がしていた。


でも、それが俺にとってどういう意味を持つのかは、まだはっきりとはわからなかった。



そうこうしているうちに結奈の家に着いた。


静かな住宅街にある結奈の家は、こぢんまりとしていて、外観もどこか温かみのある雰囲気を持っていた。

玄関の前に立つと、扉が開き、結奈が姿を現した。


「2人ともいらっしゃ〜い!狭い家だけどゆっくりしていって!」

結奈が柔らかな笑顔を浮かべて俺たちを迎える。


「お邪魔します」

と言いながら、俺と新田は靴を脱いで家に上がった。


リビングを抜けて、結奈の案内で二階にある彼女の部屋に向かった。


結奈の部屋は、淡い色調で統一されていて、清潔感があった。

机の上にはノートや教科書がきちんと並べられ、少しの生活感が感じられるが、しっかりと整理されていた。


「急いで片付けたからちょっと汚いけど、ごめんね。ここで勉強しよう!赤点取りそうな科目からやっていこうか」

結奈が机の前に座り、新田に微笑みかける。


「おう、頼むよ!」

新田は早速ノートを広げ、頑張っているふりをしながら結奈に質問を投げかけたが、途中で

「あ、そうだ。俺、ちょっとトイレ…」

と言って部屋を出て行った。


俺は結奈と二人きりの部屋に取り残された。

新田が戻るまでの間、少し時間があったので、俺はふと辺りを見回した。

結奈の部屋には、写真立てや小さな人形が飾られていて、彼女の丁寧な性格が伺えた。


ふと、机の横にある棚に目が留まった。

そこには、小さな箱がきれいに並べられていたが、その一つだけが少しだけ引き出された状態になっていた。


中には、いくつかの古びた封筒が入っていて、その下に、一冊のノートが見えた。


多分片付け損ねだろうと思い、引き出された本を戻そうと、本に触れた。

表紙に「日記」とだけ書かれている。



その瞬間、表紙に書かれていた文字が目に飛び込んできた。



「…しののめえり」



その瞬間、頭の中が真っ白になった。



手にしたノートの表紙には、はっきりとその名前が書かれていた。


”日記 しののめえり”


その名前を見た瞬間、心音が大きくなり、全身に冷たい汗が滲んだ。


「なんで…これが、ここに…?」

思わず声に出してしまった。


「あっそれは…」

結奈がノートに気づいた瞬間、彼女の表情が強張った。

普段の柔らかな笑顔が消え、目が大きく見開かれている。


絵莉、しののめえり。

俺が失った、あの子の名前だ。彼女の…日記が、なんで結奈の部屋にあるんだ?


目の前の現実が信じられず、頭が混乱する。

結奈はこのことを知っていたのか?それとも、偶然なのか?


結奈が慌ててノートを奪う。


「…どうしてこれが、ここにあるんだ?」

俺は絞り出すように声を出した。結奈の目を見ることができなかった。


「それは…」結奈は言葉に詰まり、視線を落とした。

「…理由は…言えない。」


「…絵莉は、お前の知り合いなのか?」

俺の声が震えた。結奈は何も答えず、ただ唇を噛みしめている。


俺の中で疑念が膨れ上がっていく。

もし結奈が知っていたのなら、俺に接近してきた理由は何だったんだ?


最初から…絵莉のことを知っていて、俺に近づいてきたのか?



「最初から知ってたんだな…俺が、絵莉を知ってるって…」

口にするたびに、自分の中で築いていたものが一気に崩れていくのを感じた。


「ち、ちがうの!私は、ただ…」

結奈は必死に何かを言おうとしたが、声が震えていた。

その様子を見ているだけで、俺の心はさらに深く傷ついていく。


「もういい…」

俺は立ち上がり、ノートを机に置いて、足早に部屋から出て行こうとした。


「待って、颯真くん!」結奈が後ろから俺の腕を掴むが、俺はそれを強く振り払った。


「もう、いいんだよ!」俺は怒りに任せて叫んだ。

頭の中では、絵莉との思い出が何度も蘇り、それが結奈の存在によって壊されていくような気がしていた。


俺はそのまま部屋を飛び出し、玄関を駆け下りて、外に出た。


夜風が少し冷たく、頬を切るように吹いていた。

何もかもが分からなくなってしまった。結奈のことも、絵莉のことも、そして自分自身さえも。


俺はただ、ただ無言で歩き続けていた。


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