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10_新田宗都の視点

集会が始まる10分前、俺は宿舎のホールにいた。


周りは班ごとに集まって、夜の振り返りのクラス会に向けて軽く準備をしている。

緊張しているやつもいれば、冗談を言って笑っているやつもいる。


けど、そんな中で。颯真と結奈ちゃんがまだ戻ってきてない。


「なんだよ、あいつら…どこ行ったんだ?」


普段の颯真なら、こういう時に時間に遅れるなんて珍しい。

結奈ちゃんも真面目だから、遅れることなんてほとんどないはずだ。


俺は「ちょっと探してくる」と隣の友達に声をかけて、宿舎の外へと足を運んだ。


夜風が涼しくて心地よかったけど、俺の心はどこか落ち着かないままだった。

ふたりを探し宿舎の周りを歩いて探した。


食堂のあたりも、部屋の中も、見て回ったけど、どこにもいない。



「…まさか、まだ外にいるのか?」



宿舎の裏手に回ってみた。近くにあるウッドデッキには、二人の姿があった。

結奈ちゃんが颯真の隣に座っていて、二人とも真剣な顔をして話していた。


俺は一瞬声をかけようとしたけど、その雰囲気に気圧されて足が止まってしまった。


颯真が、あんな顔をするなんて──。


いつもは感情を表に出さないあいつが、こんなに真剣な顔をしてるのを見るのは初めてだった。

なんの話をしてるんだろう。


自然に聞き耳を立ててしまった。


「絵莉は、すごく明るい子だった。クラスの人気者で、誰とでも仲良くできる子だった。

でも、俺みたいなクラスの隅に居る大人しい奴のことも気にかけてくれて。」


かすかに聞こえてきた颯真の声。

そこで初めて聞く名前が出てきて、胸がざわついた。絵莉?誰だ、それは。


「颯真くん、本当は優しいもんね。でも、その優しさで自分を縛りつけちゃダメだよ」

結奈ちゃんの声が、静かに、でも優しく響いていた。


俺は動けなくなって、二人の話をただ聞いていた。

颯真の話す声には、痛みが混じっていて、今まで見たことのない彼の一面を見た。


「俺さ、何度も夢に見るんだ。絵莉が、笑って俺に『また会おうね』って言うんだ。でも、あの時俺は…」


話を聞くうちに、だんだんと分かってきた。


颯真が大事にしていた、でも失ってしまった誰か。


絵莉という名前の子のことを、ずっと引きずっているんだと。


いつも冷静で、自分の感情を押し殺しているような颯真にそんな過去があったなんて。

そして、あの颯真が結奈ちゃんにこんな風に心を開くなんて。



結奈ちゃんは、そんな颯真の話をじっと聞いて、静かに頷いていた。

時々、優しく声をかけながら、颯真の痛みを少しでも和らげようとしているのが伝わってきた。


「私ね、颯真くんにもっと笑ってほしいの。……笑ってほしいの。──絵莉ちゃんだって、きっとそう思ってるんじゃないかな。」


結奈ちゃんのその言葉に、颯真がぐっと口を閉ざしているのが分かった。

きっと、喉の奥が詰まるような感覚を抱いているんだろう。


俺は何も言えなかった。どうしても口を開くことができなかった。


夕陽が沈んで、空が赤から紫へと変わっていく。周囲は静かで、二人の声だけが響いていた。


「ごめんな。こんな重い話。」


颯真がぽつりと謝ると、結奈ちゃんは首を振った。

「ううん。私、颯真くんのこと知れて嬉しいよ。」優しく微笑む結奈ちゃん。


そんな二人のやり取りを見ているうちに、俺は自分の中で沸き上がる感情に気づいてしまった。


なんだろう、これ。

俺、二人のこと全然知らなかったんだ…

二人の関係のことも…



颯真が「戻るか…」と言って、ふいに二人が立ち上がるのが見えた。


俺もそのタイミングで一歩前に踏み出し、声をかけた。


「おーーーい!お前ら、こんなとこで何やってんだよ!俺に内緒で密会ですかぁ〜?

そろそろ集会始まるし、みんな待ってるから早くしろよー!」


二人がびっくりしたように振り向いたけど、

結奈ちゃんは「新田くん!ごめんね、ありがとう。すぐ行くね」と微笑んだ。


颯真も「わりぃ。」とだけ言って、俺の方に歩いてくる。


俺は二人が来るのを待ちながら、自分の中に渦巻く感情を押し殺した。



颯真には、俺が知らない過去があって、結奈ちゃんはそれを知っている。


そして俺は…その二人の間に、自分が入り込めないことを知った。



「なんだよ、俺…。何でこんな風に思ってるんだ?」


その時、これから颯真も結奈ちゃんも、きっと少しずつ変わっていくんだろうと思った。

そこに俺の入る余地はあるんだろうか?


颯真が心を開いたのも、結奈ちゃんが寄り添いたいのも、俺ではないという事実に、

俺はただ二人を見守ることしかできなかった。



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