お子様舌とオトナ舌
明日は日曜日で大学もサークルもゼミも休みというただそれだけの理由で俺は今彼女の部屋に居座って酒を酌み交わしている。俺は缶チューハイで彼女は一升瓶を手酌なので酌み交わしていると言う表現は言い過ぎだったかもしれない。背後では大して面白くもないバラエティ番組がBGM代わりに流れている。
つい去年に成人を迎えたばかりで酒初心者ということもありもっぱら酎ハイばかりを飲んでいる俺に対し彼女は遺伝なのか酒には滅法強いため最初は俺と同じ酎ハイだったのからランクアップし一年たった今ではウイスキーや日本酒といったおっさんが飲むような物を好んで飲んでいる。
美味い美味いと飲んでいる彼女に感化され、前に一度だけ日本酒を飲んでみたが俺にはまだ早かったと後悔したのを今でも覚えている。己の身の丈にあった飲み物が一番だ。
二本目を飲み終えた所で大分アルコールが回っているのか身体がほてっている熱くなってきた。そのまま三本目の酎ハイを開けちびちびと飲んでいると、同じく日本酒を飲んでいた彼女が口を開いた。
「また缶酎ハイ? 日本酒ならいっぱいあるから好きなだけ飲んでいいのに」
「俺はこれで十分。っていうかこれしか飲めない」
「お子様舌~」
「うっせ」
そこでまた会話が途絶えテレビから大げさな笑い声が聞こえてくる。それに合いの手を入れるが如くつまみを口へ運ぶ。
「でもカシオレばっかりなお子様舌の割にはおっさんみたいなおつまみ好きだよね」
そう言った彼女の手にはチョコレートでコーティングされたスナック菓子。対して俺は焼き鳥と烏賊の塩辛おっさん臭いと思われても仕方がない。人間なぞ二十歳を過ぎれば老いていくだけなのだ。あと数年経てば十代の若者からおっさんと呼ばれるのが当たり前になってしまうのだから。
俺たちはつくづく飲食の趣味が合わない。つまみの趣味は俺の方がおっさん臭いが日本酒煽っているお前の方がおっさん臭いぞ、とは流石に言ったが最後口喧嘩に発展しそうなので言えない。どうせ俺が負ける。
「お前はチョコ系食いすぎ。肌荒れるぞ」
「うっ……たまにはいいじゃん。私だって思う存分チョコ食べたい時があるの」
「食べたい時って、いつも食ってんじゃん」
「美味しいんだもん」
「だもんって可愛い子ぶるな」
思わず笑いがこみあげてくる。くつくつと笑い始めた俺につられるように彼女も笑う。大して面白い話をしているわけでもない、ただ一緒にいて飽きないこの関係が好ましくて愛おしい。
「ふふっ、ばーか」
「お互い様だろ」
指先に残ったチョコレートを舐める姿が何故だか扇情的に見えてしまって思わず喉が鳴るが、気づかない振りをして残りの酎ハイを一気に飲み干す。
がきゃりと空になったアルミ缶を潰して。次のを取りいこうとに腰を上げた時だった。
「 」
不意に名前を呼ばれ、中途半端に腰を浮かせた不自然な状態で顔だけ彼女に向ければチョコ塗れの手が俺の両頬を掴む。チョコ臭いと文句を言おうとした口に彼女の唇が重なる。
びっくりして目を見開いてしまえば俺をガン見してくる瞳と視線が絡まる。思わず浮いていた腰が座布団に戻る。
開きかけていた口に舌を入れようとしているので流れに身を任せ素直に口を開いてしまったが、次の瞬間にそれは間違いであったと気付く。
口内に広がるのは酒の味。あろうことか口移しで日本酒を飲ませようとしているのだ。舌に広がる独特の味に顔を歪めながらも零さぬように日本酒と二人分の唾液の混ざった液体をゆっくりと喉に通す。
唾液で薄まっているからか彼女がチョコ菓子ばかり食べていたからか、以前飲んだ際に感じた辛味や苦味はほとんど無く、寧ろどこか円やかな味わいだとすら感じてしまった。
「……ぷはっ。何すんだよ!」
「日本酒飲めるようになる特訓?」
「お前馬鹿だろ!」
「ふふっ、お互い様」
悪戯が成功した子供みたいに笑う彼女に、クソ酔っ払いと罵声を浴びせても何のその。相当酔っているようだ。
角言う俺も、あんなに美味しく感じなかった物を少しでも美味いと感じてしまうなんて、自分で思っている以上に酔っぱらっているらしい。