プロローグ
人の叫び声にも似た、聞き慣れたサイレンの音が球場に響き渡る。
夏の風物詩にも数えられる喧しくも懐かしいあの音だ。
耳に馴染んだその音も鳴り止まないうちに、一塁側ベンチから魔導士然とした男が飛び出してきた。マウンド上で杖を中天に掲げ、詠唱を始める。
「ベンさん、詠唱してるよ」
「死んでも治らなかったんだな」
「命がかかったこの状況でやれるのは大したもんだけど」
男が朗々と詠唱を続ける中、三塁側ベンチから一人の少女がゆっくりと出て来た。左手に木製の丸い小楯、右手にはレイピア。淡い水色のワンピースに身を包み、長い銀髪を靡かせて優雅な足取りでマウンドに向かう。
その神秘的なまでの美しさに、俺達96人が陣取るバックネット裏はおろか、対戦相手である魔導士君ですら息をのみ、視線を釘付けにされていた。
少女が三塁ベースに差し掛かる辺りで惚けていた魔導士君が我に返り、極大の火魔法を放つ。彼の事だから拗らせた魔法名も付けていただろうに、それどころではない程慌てていたらしい。
その動きを見てとった少女は小楯をさらに小さな顔の前に構え、マウンドに向かい猛然と走り出す。
魔導士君が放った極大の火魔法は少女が構えた小楯に吸い込まれていき、間合いを詰めた少女のレイピアが唖然とする魔導士君の喉笛に深々と突き刺さった。
「マジか・・・」
「これは驚いたな・・・」
魔導士君の身体は光の粒子となって消えていき、少女はゆっくりと三塁側ベンチに歩き出す。
俺達観客は三塁側ダグアウトに向かって一斉に走り出した。