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人形の見た夢

楽しんで頂けたら、幸いです。

「はじめまして、おひめちゃま」

 はにかむようにして、私を抱きしめる貴女(あなた)


 ―――まぁ、貴女(あなた)が次の、姫様なのね。




 踏みつけられた花みたいに、薄汚れたお顔で。

 シーツよりも薄っぺらな服を着て。

 秋の寒さに震えながら私を抱きしめる、そんな貴女(あなた)

 きっと以前のご主人様なら、「汚らしい」と言うでしょう。



 ―――けれど、キレイなお姫様に八つ当たりされて。

 ボロ雑巾のように捨てられた私には、きっと相応しいご主人様だと思うのです。



 ………あぁ、今日は寒いでしょう?

 私の体に残った綿がほんの少しでも、貴女(あなた)を温められたなら良いのだけど。


 ―――ほつれた手足()を縫い合わせれば、きっと貴女(あなた)が着ている服の、穴を埋めるくらいは出来るでしょう。

 ―――体に残った綿を使えば、ほんの少しだけ、貴女(あなた)を温める事だって出来るでしょう。




 だから、どうかお使いください(拾ってください)な、お姫様?







 人形(わたし)がそんな事を願っているとも知らずに、少女はとことこと貧民街を駆けていきます。


 危なっかしい足取りで。

 子犬のように軽やかに。


「おかあしゃん!みて!!おひめさま!!」

「まぁ、本当ね。どこで拾ったの?アリー」



 今にも崩れそうな家の中。懐に飛び込んで来た少女を抱きしめて、お母さんは尋ねました。

 泥だらけでボロボロとは言え、こんな綺麗な刺繍の入ったお人形を持っているのなんて、貴族ぐらいしかあり得ません。いったい何処まで冒険に行っているのかしらと、お母さんは心配そうです。



「えーと………あっち!」

「そう……。アリー、あまり遠くには行っちゃダメよ?」

 そう心配そうに言いながら、お母さんは尋ねます。


「それで、そのお人形さんはどうするの?」

 貧しい生活には、きっと不釣り合いなお人形。

 バラして使えば少しだけ温かい冬を過ごす事が出来ますし、売れば少し美味しいものだって食べれるでしょう。


 少女は無邪気に答えます。



「なおして!おかあしゃん!」

 小さな小さなお姫様が、偶然見つけた宝物。

 きれいなきれいなお人形。

 直したいと思うのは、自然なことかもしれません。


 けれど……



「うーん、そうよね…………。どうしましょう」

 お母さんは困ってしまいました。私を治したって、一銭の徳にもなりません。第一、人形を直す糸や布が無いのです。あれば、自分たちの服に使っているでしょうし。


 お姫様(アリーちゃん)が、言っている事も分かります。せっかく見つけてきたと言うのに、売ってしまったりバラバラにしてしまったりすれば、きっと彼女は悲しむでしょう。お母さんは可愛い娘の言葉に随分と悩んだようでしたが、最後には出来るだけ頑張ってみるわね、とそう言ったのでした。



 ―――その夜。

 アリーちゃんがグッスリと寝静まった頃。



 お母さんは一人、針を片手に月明かりの下で私を膝に抱えていました。


「ごめんなさいね。本当なら、あなたを綺麗に直してあげたかったんだけど………」


 申し訳なさそうにそう告げながら、お母さんはお人形(わたし)から綿を抜き取っていきます。

 何度も、何度も、「ごめんなさい」と言いながら、私の手足をほぐしていきます。




 ………今年の冬は寒くなると、そう貴族様も言っていました。

 だから、別に良いのです。


 捨てられちゃった小さなお人形(わたし)綿(中身)なんて、大した量でも無いけれど………それでも、あなた達が生きる助けになれるなら。

 私は、それで良いのです。



 縫い糸の代わりに、刺繍糸を抜き取って、

 綿の代わりに、枯れ葉を詰めて、

 傷が無くなりますようにと、自分のシャツを切りとって、



 「ごめんなさい」と、何度も何度も謝りながら、

 お母さんは縫い続けます。



 お姫様(アリーちゃん)の服に、綿を詰めて。

 裾が欠けてしまった自分の服を、気付かれないように繕って。



 ―――そうして、夜もふけた頃。


 つぎはぎになった私の体と、裾が短くなった、お母さんの服。

 そして少しだけ分厚くなった、お姫様(アリーちゃん)の服が出来ていました。




「おかあしゃん、ありがとう!」

 翌朝、目を覚ましたお姫様(アリーちゃん)は喜びます。宝物を、大事に大事に抱きしめて。


「はい。大切にするのよ?」

 少し後ろめたそうに笑いながら、お母さんはそう言いました。








 ―――そして、冬が始まりました。


 ツンと透き通った冷たい風が、壊れかけの家を吹き抜けていきます。



「眠ってはダメよ、アリー」



 少ないご飯を分け合いながら、お母さんがそう告げます。

 小さなお姫様(アリー)はカタカタ震えて、それでもウンと頷きます。



「眠ってはダメよ、アリー」



 小さな焚き火を二人で囲み、お母さんはそう告げます。

 母に抱き抱えられたお姫様(アリー)はぎゅっとお人形(わたし)を抱きしめました。



「眠ってはダメよ、アリー」



 うわごとのように何度も何度も、お母さんは言い続けます。



「眠ってはダメよ」

「眠ってはダメよ」



 長い夜を超えるまで。

 優しい朝日を迎えるまで。



「眠ってはダメよ」

「眠ってはダメよ」



 何度夜を越えたとしても、

 いつか、春の一夜に届くまで。



「眠ってはダメよ」

「眠ってはダメよ」



 何度でも、何度でも、お母さんは言い続けます。



 そんなある日、

 長く……冷たい……冬の夜。



 ふと、ゴウッと強く吹いた風が、焚き火を大きく揺らしました。

 お母さんもお姫様(アリー)も、うとうとしていて、火が消え掛かっている事には気づいていません。



 この火が消えたら、きっと二人は死んでしまうでしょう。






 ―――その時、わたしは悟ったのです。

 あぁきっと、この時のために……私は生まれてきたのだと。


 要らないものと捨てられて、

 優しいお姫様に拾われて、

 何度も長い、夜を過ごして、


 きっと、今日………この日のために、私には心があったのだと。



 ―――ありがとう、お母さん。

 私に、枯れ葉を詰めてくれて。


 ―――ありがとう、お嬢様。

 私を、要らないものだと捨ててくれて。



 動かない筈の体にえいやっ!と力を込めて、お人形はお姫様(アリー)の腕から滑り落ちます。

 消えかかった炎の中に、小さなお人形(わたし)は転がり落ちます。



 ―――さようなら、私の大事なお姫様。

 見つけてくれて、ありがとう。

 愛してくれて……ありがとう。





 翌朝、太陽がゆっくりと目覚めた朝に。

 泣きじゃくる少女の手には、真っ黒に焦げた………小さな布切れが落ちていました。

※誤字報告、ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「冬童話2023」から拝読させていただきました。 何と優しく、哀しく、そして、綺麗なお話でしょう。 とてつもなく優しかったぬいぐるみに次の幸せがあらんことを。
[一言] 心に響くW
[良い点] 人形が我が身を犠牲にして命をつないでくれたんですね。 アリーとお母さんには幸せになってほしいです。
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