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竜と会う 2

「僕は上の方から声が聞こえたような気がしたんだけど、もう少し進んでみようよ」


と話したところ、タケルが肉はサッと出せるようにしておこうと提案したので、それぞれ支度をしてから歩を進める。ほんの数歩でまた声がした。


『…来たか…ここだ…』


「ここらしいよ。すぐそこなのかも」


「ああ、俺も少し声らしいのが聞こえてきた」

「今度は私も聞こえたわ、ちょっと音が途切れるラジオみたいに聞こえるわね」


それぞれに聞こえ方が異なっているようで、僕が通訳担当みたいな感じになった。


 ほんの数秒のはずなのに、竜が見えるまでの時間は長かったように思えた。

『気』の中を恐るおそる歩く僕はドキドキが止まらない。


 視界は相変わらず悪いままだけど、少し向こうに樹々とは違う影が見えてきた。

動いてはいないがそれが(ヌシ)なのだろう。


『…ここだ…』


「今度はハッキリ聞こえたわ」


ヒロミちゃんの言葉にタケルも頷く。


「初めてお目にかかります。私たちはあなたに会いに来ました」


第一声は僕が話すことになっていた。


『…我を捕えに来た者ではないようだな…』


「その通りです。あなたのことを世間に話すこともしません。

 会って話をしたい…それが全てです」


『…何を話したいか…我は多くを知らぬぞ…』


「まずは土産に肉を持ってきましたので受け取っていただきたいのです」


僕たちは準備してきた鳥肉をトレイに乗せてた。

主は静かにそれを見守っている。


近づいてわかったのだけれど、主は大きな蛇だったことは予想通りだったが、黒色に近い褐色のようなウロコに、ところどころ白い斑のようなウロコがみえた。これは模様とかではなくて、人間なら白髪のようなものなのかもしれない。ウロコが剥がれ落ちたようにも見える。


『…食い物か…』


「鳥の肉です。何を食べられるかわからなかったのですが、お気に召しませんでしたか?」


『…いや…食わぬわけではない…この肉は命が途絶えておるな…』


…死んだら命が途絶えているとは思うのだけど。聞いてみるか。


「命が途絶えているとはどういうことですか?」


『…死んで時が過ぎれば命は途絶える…』


死んですぐに消えないのが命ということか。

葬式も命を離すような儀式かも知れないし、死んでから生き返った聖人もいるらしいしな。


『…食い物は受け取ろう…話をしよう…』


「あなたはどのように長生きして大きくなったのですか」


『…穴で寝ては…起きて暮らした…この土地が命で盛りのときにだけ穴から出て食べた…』


「穴はこの近くにあるのですか」


『…遠くはない…日が落ちてから出るまでの間に行き来をする…』


夏の日が長いとき、つまり夜が短い時間で主が往復できる距離か。

主の棲み処を暴くようなことならタケルはやらないかも知れないが…友好的なら場所くらいは探せば探せるということなんだろう。


「あなたの話す『穴』の奥にもうひとつ『穴』はありますか」


『…ある…そこで寝る…命の盛りのときだけ起きるのだ…』


タケルが越冬を2つ目のポケットで過ごしているということか…と解説してくれた。


「あなたの子供や一族…仲間のようなものはいますか」


『…子供は…お前たちは見たであろう…あれだ…あれは我の子でまだ寝かせておる…我の親は死んだ…』


「あなたの姿の他に、あなたと話すものはいますか」


『…我は…樹々とも話す…お前たちの一族は話すものがたまに来る…話せぬものもいるな…』


「樹々と話すというのはどういうことでしょうか」


『…言葉というのは便利だが厄介だな…話すというのは…感じることと…命が行き来することだ…』


「命どうしがつながっているということでしょうか」


『…そう…命は常につながる…お前たちがそれを捨てたのだろう…』


「私たちが話せているのはどうしてなのでしょうか」


『…お前たちが…命のつながりを知り…信じているからであろ…我も知らぬことは知らぬ…』


「あなたは沢山生きてきた。それがわかります。私たちの多くがあなたと話せていたことはありますか」


『…ある…命が守られながら行き来していた頃は…多くのものが我と話した…』


命を大切に思いながら乱獲などしなかった時代か…現代人には感じ方が難しいのかも知れない。

ここでヒロミちゃんが思い切って質問をした。


「あなたは(カミ)なのですか」


…僕も聞きたかった。神とはなんなのか…その片鱗でもいいから主の言葉を聞きたい。


『…カ…ミ…か…お前たちのくるだいぶ前にはそう呼んでいる者たちがいた…』


「その者たちというのは、私たちとは違うのでしょうか。ヒトではないなにかですか」


『…今は…ヒトと言っておるな…同じ者たちだ…カミと呼ぶものはヒトにもおるが…』


「その者たちは、自分たちをヒトではなくなんといっていたのですか」


ヒロミちゃんは主の答えを知っているかのように、まるで確認をするような口調だった。

主が大昔から生きていたことからすれば交流した人間が過去にいて当たり前だけど…

それを前提としても、主からの答えは僕には新鮮というか…


『…あの者たちは…言っておったな…アイヌ…と…』

ご覧いただきありがとうございます。

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