竜ほど蛇足な生き物はない 8
体力的には全く貢献していない僕だったが、沢の幅が広くなったところで腰かけた大きめの石に文字が刻まれていたことを発見した。元々は立てていたものなのだろうが、大雨とか時間の関係で転んだのだろうか。
お役所が打ち込む標識だって数年で無くなったりするんだからな。
「なんて書いているんだろう『…止…蛇…』読めないな。ヒロミちゃん読める?」
「写真で送って解析してもらうわ。多分『蛇がいるからこの先はみだりに人間が入るな』くらいの意味だと思う」
「蛇なんて、どこにでもいるだろ?わざわざ石に刻んでおくものなのか?」
タケルの疑問はごく自然だ。そのときにニカッと笑ってヒロミちゃんが謎のピースサイン。
「だから竜なんじゃないの!ヘビツボから2連続の蛇信号、きっと近づいたわよぉ!やったー」
ピースの直後に軽いジャンプって、それ能力使ってるのかな?ちょっと高めのジャンプだったよ。
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「で、衛星でや地図で見る限りはここから先の地形は特に難所じゃないのよ。沢って衛星では木の枝に隠れて見えないんだけどね、先人の調査の情報というか。その恩恵をしっかり受けて進みましょう!」
…さっきより元気だよね、ヒロミちゃん。間違いなく。
タケルも『へいへい』なんて言っているけど、ウキウキしている感じだ。もちろんこの先に竜というかヌシのようなものがいると思うだけで元気が出てくるのは僕も同じで、ちょっとスタミナがついて来ないだけ。そんなこと言ってられるか!ヌシだぞ、最低でもヌシ。ひょっとしたら大蛇で最高なら竜。
こんな冒険、映画でしか見たことないんだから行く。絶対行く。
「…でも、危なくないのかな」
と、つぶやく僕にタケルが言ったのは
「だから逃げる体力を残しながら進んでるんじゃないか。そういうペースだったろ?」
え…そんな…君たち走れるの?僕はちょっと難しいんだけど。
「ウソだよ。走って逃げなくても、大丈夫」
ニコニコしてタケルが続ける
「死ぬときは死ぬから」
えー。
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沢は二つの源流ポイントがあって、今は右側の方を探している。
確率的に高そうな場所という想定はヒロミちゃんに任せているけれど、どうやら源流までは登らなくてもいいそうだ。だが、確率的に攻めていくならば沢に沿った道を上り下りくらいはする。
平地なら10分の距離も、慣れていない山道なら3倍くらい時間がかかるような気がする。
そんなに高い山なわけでもないけれど、樹々の間を歩くし足元も危なっかしいのでゆっくりになってしまった。一番足を引っ張っているのは僕だから、ちょっと申し訳ない気持ちだ。
「遅くてごめんね…もう少し頑張るから」
という僕に、タケルもヒロミちゃんも不思議そうな顔をして見ている。
「ゆっくりしても全然問題ないのよ。それに今日一番活躍したの、ガット君じゃない」
「へ?僕は何もしてないよ」
「さっきの蛇石(名前つけたのか?)見つけたの、ガットじゃん。
発見の確率上がったし、気分を盛り上げてくれたのお前だよ」
と、二人ともニコニコしてくれる。同情とかじゃなくて褒めてくれているんだな、嬉しい。
「右側の沢で目的地も近いし、本当にいたら…という前提ならここでお昼ご飯にしましょう」
ありがたいことに、ヒロミちゃんも気づかってくれているようだ。
ただ、僕は帰ったら体力増強を目指すと心に誓った。
これから冬が訪れるまで走る、毎日走る…いや一日おきにしよう。
昼食はサンドイッチと缶コーヒーだ。缶やパッケージは持ち帰る、持ち帰るための袋も用意していたヒロミちゃんだが、環境保護というよりも調査の痕跡を残したくないというのが本心だと言っていた。
「人里から比較的近い沢には、その土地の人の手が入っている沢もあるんだけど、栗とかが多い場所は要注意なのよ。ほら、栗の木が並んでいるでしょ?こういう場所は人の手が入っている可能性が高くてね。
水源の確保や飢饉に対する保険とか、そういう意味で地元の人しか知らされていないエリアがあるの。
『隠れ沢』と言ったりするんだけど、昔はよそ者に見つからないように注意していて発見者を殺したなんてこともあったと聞いているわ」
「へー、おっかねー」
タケルは相変わらずのんびりしている。
「だから、いたずらに木の実やキノコを採りませんって約束しているのも意味があるってことね。
そして、隠れ沢があるという場合には、さっきの蛇と書いた石は、よそ者への脅しである可能性も出てくるわけ。脅しだったら可能性は低くなるから少し残念だけど…」
はい、蛇にも地元の方にも注意します。
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