竜ほど蛇足な生き物はない 5
暦はもう10月だ。
休暇の取得も問題なく、自分の担当分の仕事も済ませた。
出かけると言っても、車で2時間もかからない距離なんだから仕事の話もメッセージでやり取りできるくらいの根回しもしている。あとは、ケガなどせずに帰ってくる用心と体力さえあれば問題ない。
大学に入ったばかりのころに緩やかな山に友達と出かけたことがある。
天気も良く、暑くなく寒くなく。2時間かけて登り、2時間かけて降りる。
急な坂道もないような山道だったけれど、後々考えると登りよりも下りの方が大変だった。
というのも、下りのときはつま先に負担がかかりやすくてだんだん痛くなってきたからだ。
靴が合っていないとか、登ってから考えても仕方ないことだし、それを考える想像力もなかったことが僕に
とっての学習だったと思う。まあ、言いたいことは想像力が働かない人間は色んな場面で不都合な目に合うということだ。
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「天気は良いけれど、3日後には台風の可能性があるらしいわね。気を付けましょう」
ハンドルを握りながらヒロミちゃんが僕たちに話しかけている。
タケルはというと、道路の両脇に広がる稲刈りの風景を見ている。あれってダラダラ時間をかけてもいられないので大変なんだろうな。リンゴだって台風の予報があるから忙しく収穫しているってニュースで話していたし。
僕はというと、目的の山に近づくと景色が段々と変わってきて、近くに見える山が増えてきたことにワクワクとドキドキが増えてきて、膝の上に置いたヘルメットを強く抱きしめていた。
「ガット君のヘルメットは新品なのね。白にしたのね、工事で見かけるタイプ?」
ヒロミちゃんは僕が買ってきたヘルメットのことを話題にしてくれたけど、ちょっと緊張を解きほぐそうとしてくれてるのかな。さすがは元教師…なのか?よくわからないけど。
「そうなんだよ。ホームセンターで売っていたやつ。中の方を見たら、ショックに強そうなヘルメットを選んだんだ」
「そうなんだ、機能優先ってことよね、ガット君らしいわ」
僕のファッションセンスをどうこう言っている訳じゃないことは解っているんだけど、基本的にファッションに興味がない僕は、普段から機能を優先している。服の色もカラフルじゃない。ヘルメットならなおさらな気がするからな。
「タケルはどんなヘルメット?」
「原付バイクで使ってるやつ。一応持ってきたけど、かぶらないかもしれない。まだ暑いんだよ、山とか」
「そっか、そういうのでも良いんだね。僕のは通気性もあるみたいで良かったよ」
そう言って僕のヘルメットをタケルに渡すと、タケルも内側とか色々見ていた。
「あ、ヒロミちゃんのはどういうの?」
「あたしのはオレンジ色かな。前に山で調査があったときに森林組合に訪問したことがあって、そこの職員さん達が持っていたからマネしたのよ。顔の前の透明な部分あるでしょ?あれが広いから視界が広そうで買ったんだけど、そこは気に入ってるわね」
…オススメがあるなら聞いておくべきだったか。
「そろそろ休憩するわよ。トイレとか済ませといてね。あと、水分とかは準備しているけど念のため水分補給お願いね」
途中の道の駅で僕たちは休憩をとることにした。出発してから1時間ちょっとだけど、これから車で15分も走れば山道を歩くことになるそうで、軽い休憩ということだそうだ。
そういうスケジュール感覚ってヒロミちゃんが一番だな。僕とタケルだったら、もっといい加減な感じで山に入って、すぐ疲れてしまったことだろう。
「もー、タケル君ったら。水分って言ってもアイスとかは後で喉が渇くかもしれないのよ」
タケルは早々にソフトクリームを買ってなめていた。
それを見たヒロミちゃんが小学校の同級生女子みたいに注意をしていたけど、関係性から言うと間違いない…あれからだいぶ経っているけど。というか世話女房だよな、あれ。
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休憩は10分ちょっと。天気もいいから早々に現地周辺を歩いてみようということになったわけだ。
ヒロミちゃんが話していた通り、更に車で15分ほどの場所までは途中から山道に入って、車を停めやすい場所に置いて、そこからは歩く。
最初の目的地は、話しに出ていたポケットの場所だ。
もし竜がポケットで生活していたら、その痕跡が見つかるかもしれない。
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