竜ほど蛇足な生き物はない 4
竜とはどういうものなのだろう。
広く見ると、東洋と西洋では扱いが違うように思える。
東洋では神獣や神として崇められ、西洋では邪悪、暴虐の象徴のように描かれることが多いようだが、共通しているのはどちらも強大な力を持つことだ。
とても小さな竜というのもあるのだろうが、僕らのイメージは大きくて空を飛んでみたり、火を噴いたり、雷や雨を伴ったりする。これで地震を起こせば天災の象徴とも言えるだろう。
形状は爬虫類の大型化したものを胴体として、なぜか角を持つことが多い。
こんな想像は子供っぽいものなのだろうか?
タケルに話してみると、とてもドライな答えしか返ってこなかった。
「ウワサ話が大きくなることなんてザラだろ。」
タケルが思う竜とは大蛇であって、大蛇になるにつれて角でも出てくるならそれは成長の結果でしかないということか。僕たちが山の中をあるいて頭に葉っぱが付くくらいのことだってあるし、木の枝が角に見えるようなアングルから大蛇を見てしまえば、角にだって見えるだろうということだ。なんとも詰まらないコメント。
「正直、竜のイメージがただの大蛇だったら絵面的に地味だから話をする方も誇大表現したかったんだろうよ」
そうなのか?それだけで竜のイメージが全世界で共通になるものなのか?
「ガット、昔話に出てくる桃太郎とか金太郎って俺とお前がイメージする外見はほぼ一緒だろ?一度伝聞が広まると、外見というのは固定したイメージで広がっていくものなんだろうよ。
同時代の人間が同じタイミングでデビューしたばかりで見たことのないアイドルを想像してみたら、そんなに変わらない姿を想像するはずだろ?同じことだよ」
うーむ。ちょっと理解してしまう自分が悔しい。
「ガット君。伝説上の動物というか、例えば神話に出てくる生き物ってなにかに似ていることが多くて、それに名前を付けてしまうと、似たような生き物を見たら伝説上の生き物を見たような気持になるんじゃないかしら。
もし角が2本あるはずの動物の1本の角だけ折れていたら、ユニコーンだと思いたくなる気持ちっていうのかな、私にもそういう気持ちはあるわよ」
ヒロミちゃんのコメントにも納得だ。
中二スピリットというのは想像力を拡張するところに快感がある。
自分に暗黒の力やら聖なるなにかしらが宿っていたらとか、日常的に想像してしまうものなのだ。
それを大っぴらに口に出すとか出さないとかもあるけれど、仲間をみつけては「おはよう、漆黒の堕天使」なんて廊下の隅で話す。想像力が豊かというか、自由度が高いというか。
その楽しさは伝わりにくいけれど、本人たちのコミュニケーションにおいては真面目なものなのだ。
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僕には能力というものは備わらなかったけれど、いつか発動するかもしれないという気持ちは、オッサンになってもあるのだ。僕だけか?大学卒業後に地元の市役所に入った『漆黒の堕天使』にも聞いてみよう。
あとUターンで歯科医を開業した『紅蓮の翼竜』もか。本名なんて工藤とか成田とか田舎ではありふれた苗字なんだけど。
全然関係ないけど、紅蓮の翼竜君はコンピュータが好きでプログラミングが趣味だったな。勝手な想像だけど歯科医とコンピュータって相性がいいのかな。
漆黒の堕天使君の方は、打ち込みで音楽を作っていたな。動画は見たことないけど、音楽はかなり凝って作り込んだとか言ってたような…それに比べたら僕って得意なジャンルってなかったかも知れない。
…僕の呼び名?それが、かっこいい名前は考えたんだけど、ずっと「ガット」だった。なんか似合わないとか言われたんだよな、漆黒と紅蓮に。
『黄金の』とか付けたら焼肉のタレみたいだとか『紺碧の』とか付けたらどこぞの戦艦みたいになるとか言われた記憶がある。オタクから「似合わない」と言われた歴史って黒いのかどうかわからなくなるけど。
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リアルな大蛇、いや竜に会えるかどうかはわからないけれど、来週頭に有給の申請を出して水曜から数日間のアウトドア生活だ。新しい靴だけは買っておこう。防寒対策もだ。
「一応ヘルメットみたいのはあった方が良いわよ」
とヒロミちゃんからアドバイス。わかりました!装備は万全で行きましょう。
本気度は十分なつもりの僕だった。
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