オッサンでも地味に暮らしていても能力はある 4
酔っぱらいの話は意外と地味
僕がタケルとポケットの話をしているときに、バーのドアが開いた。
「こんばんわー。お、タケルさんとガットさん、久しぶりっす」
ちょっと軽い挨拶をしてきたのは、ダイちゃんと呼ばれている30前後の男だった。
ダイちゃんは転職を繰り返しては飽きたら辞めているのだけど、別に勤務態度が悪いわけでも不器用で職場に馴染めないわけでもない…と、前に雇っていた洋食屋のマスターに聞いたことがある。
むしろ器用で仕事のおぼえも早くて、お客さんからも好かれている、ただ飽きてしまうと辞めては転職をするということらしい。
彼は割と女性にもてると聞いたのだけど、飲みに来るときはいつも一人だ。
「やあ、ダイちゃん久しぶり。どこかに行ってきたの?」
「よお、元気か」
僕らがダイちゃんと会うのはゴールデンウイーク以来だったか、ふた月ほど会っていない。
「いやー、ちょっと隣の県にまで。仕事っす。あ、ビールお願いします」
「今回はどんな仕事してるの?」
特に興味があったわけではないけれど、社交辞令程度の気分で僕は聞いてみた。
「携帯電話のアンテナを建てる仕事っす」
「へー、工事なの?」
「違うっす。その用地を借りるための交渉っすね」
「アンテナってまだまだ建てるのか」
「よくわからないですけど、電波の届かないところに人が住んでいるとか、交通量が多い道路があるとアンテナを建てるらしいっすよ」
「あー、田舎の山あいだと電波が途切れること、あるもんね」
「そう、それっす。あーノド乾いた。じゃ、乾杯」
ダイちゃんはそう言って、目の前に差し出されたグラスのビールに喉を鳴らした。
真夏の前とはいえこの時期は暑い。ダイちゃんの飲みっぷりに、冷たいビールがこの暑さにありがたい季節になってきたな、と思う
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タケルは他人の事情に興味を示さない奴なのだが、ダイちゃんの話だけは聞きたがる。
「なんか面白い話、仕入れてきたか?」
「ええ、なんの話にしましょうかね」
「妖怪とか見たか?」
「見なかったっす。でも、面白い話はありましたよ」
「じゃあそれにしようか」
「えっとね、竜を見たマタギさんの話っすかね」
…現代の話かな?と僕は思ったのだが、ダイちゃんが僕たちにウソをついてもなんのメリットもない。
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「おふた方は、岩手…前の岩手県っす。その土地というか地形というかイメージあります?」
「いや、詳しくは知らないな。なんか山が多いというか。そんなイメージかな」
「そう、そうなんすよ。そこがキモなんすけど、まず山が多いから電波が届きにくいんすよね」
ダイちゃんの話は順序だっている。酔っぱらうと怪しいのだけど、聞いていて心地よい。
「…で、今回は電波の届きにくいところってのが、まさに山の中に住んでいるお宅に電波を届かせる。そんな仕事だったんす。ポツンとした数件の家に電波を届けるのは、大手の携帯電話の業者と国との約束みたいっす」
「結構厳しいところだったのかな?登山みたいな」
「いえ、そんなことはないっす。車で移動できるところばかりなんすけど、電波が届かないのもホントで、ただ光回線とかも発達してるのは驚いたっす。公共放送?みたいな電波が届かないところは光ケーブルで届けるらしくて、俺的には進んでるんだかどうだかわかんなかったっすね」
「そんなに道路とかケーブルとか発達してても竜を見るのか?」
「そこは、昨日見たとかじゃないっすから。ただ、住んでるお宅によっては山と山の間だから日照時間が短いとか、衛星の電波が届かないとかフツーにあるみたいでしたね」
僕らが住んでいる場所は平野だからイメージしにくかったが、高い山に囲まれたりしたらそうなるんだろうな、そう思った。
「で、そのマタギさんの話なんですけど」
ダイちゃんはちょっと楽しそうに話を続けた。
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