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こっそり山に行ってきた、だと? 1

 『暑さ寒さも彼岸まで』とはよく言ったもので、秋分の日を過ぎてからはすっかり秋の気配で朝晩冷えることもある。ここ北国でも広葉樹も落葉が目の前で葉も色が変わり始める。樹も冬眠の準備というわけだ。


 タケルから連絡が来たのはおよそ2週間ぶり、10日ほど前に買い物なのか自転車に乗っているタケルを見かけたかな。月に2度ほど出かける先で飲んでいる相手、そう思えば普段のペースなのだけど、このところ調査だなんだで会う頻度が高かったからか少し久しぶりな気分だ。


 待ち合わせの店は飲み屋街の入口というかはずれというか、僕が小学校まで住んでいた町内にある焼き鳥屋だ。タケルの自宅はここから歩いて2分くらいだ。名物は手羽元を開いて揚げたもので、少なくともこの町では一番美味い。

 タケルは僕が到着する少し前にカウンターに座っている。この店のカウンター席は6席で、タケルはいつも奥から3番目の席に座る。僕はその左隣に座る。

 マスターは僕らと同じくらいの年齢で、店は開店してから今年で10年、客も安定している。


 僕らがこの店で会う理由は沢山あるのだけれど、居酒屋にありがちな飲み物以外にバーで飲まれることが多いスピリッツの一種、()()を以前から置いているからだ。もちろん日本酒もセレクトされているが、ジンと肉類は合うと思っている点でタケルと僕は意見が合っている。


「ガットさん、今日は何かで割りますか?」


 マスターが最初に聞いてくるくらいにこの店ではジンばかり飲んでいる、僕とタケルの名前でボトルも入れている。ただ、マスターには悪いがカクテルは別の店で飲む。カクテルはバーの方が美味い。


 天気も良かったし歩いてきたら軽く汗もかいた。

僕もタケルも今日の一杯目の気分はソーダ割だ。ソーダと言っても炭酸水だから糖分は無い。

特にひと口目はジン独特の香りが鼻を抜ける。僕はビールに関してはさっぱり味音痴なのだけど、ジンの香りでいえば好き嫌いくらいはある。

あまり香りが強すぎず、後に引きずらないものが好きだ。タケルも同様だ。


焼き鳥にジン、これで満足なのだ。

__


「ちょっと久しぶりな感じがするね、2週間ぶりかな」


「そうか、それくらい経ったのか」


「10日ほど前に自転車に乗っている君を見かけたけど、買い物?」


「うん、買い物してた。長靴とか雨具みたいな作業着とか買いに行ったんだ」


「仕事用かな、珍しいね」


「仕事じゃなくてフラッと出かけようと思ってさ。買い物に出かけてその後すぐに出かけて、今日帰ってきた。

 雨具は天気が悪くても大丈夫なように…保険だよ」


 タケルが時々1人で出かけるようなことはあったけど、10日も家をあけるのは珍しい。

実家の商売もあるだろうに。でも、夏の終わりはヒマだとか言ってたかもな。


「アウトドアって珍しいんじゃないか?涼しくなってきたから暑いよりはいいのかな」


「朝方は寒かったりして体温が逃げないように着込んだんだ。買っておいて良かった」


「そんなに野宿とかしてたの?」


「まあ、2泊くらいかな」


「残り8日は車中泊だったとか?」


「いや、山の中にいた」


あれ、計算が合わないじゃん。10日いなくて2泊して、残りも山にいたんでしょ?


「じゃあ10泊、9泊は山で過ごしたってことじゃないの?」


「2つ目のポケットに潜ってきた。ちょっと試したいことがあってさ」


「あー、なるほど。…じゃないよ、心配じゃないか。教えてくれたら手伝えることもあるかも知れないのに!」


ポケットのことを聞いてから、特に2つ目のポケットは危ない気がしていた。

気を緩めると時間だけが過ぎていくのは僕のような凡人からしたら未知の恐怖でもある。

__


「まあ、そこは謝るよ…ごめん。でも今回は心配なかったというか、もう1人一緒だった」


え、どういうこと?というか予想が付いたけど、ヒロミちゃんしかないよね。

君たち仲良いことは良いことだけど、僕に教えてくれなくて後から素直にゴメンってさ。

別の意味でもどゆこと?


「ヒロミちゃんも一緒だったのか。まあ、安心は増したよ」


「…ごめんな」


…そこだけ2回謝らないでくれよ、タケル。なんか余計な気持ちが膨れあがったらイヤじゃないか。

というか君たちが仲が良いなら僕も嬉しいんだから、むしろ謝るな。


「で、ちょっとだけわかったことがあるから、ガットにも伝えておこうと思ってさ」


僕はヒロミちゃんとの恋の話でも構わないぜ、中二スピリットは全方向にアンテナが発達しているからな。

ご覧いただきありがとうございます。

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