表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

前編

 

 コンコン。


 私は重厚な扉をノックして、中からの返事を待った。


「入れ」


「失礼致しますわ」


 柔らかな絨毯の上を背筋を伸ばして歩く。

 執務机には目当ての男性が座っている。


 私はその男性に向かって一礼した。


「お前がここに来たという事は、結果が出たのだな」


 顔の前で両手を組み、机に肘を突いた男性は、神妙に口を開く。


「ええ。王国の密偵の方にご協力頂きましたわ。もっとも、もう隠しきれないくらい夢中なようですので誰一人知らない方はいらっしゃらないでしょう」


 慎ましくにこやかにあらましを話した。


「殿下も困ったものだ。婚約者以外に入れ込んだ挙句件の女性と結託してお前を陥れようとしているなど……」


 目の前の男性は、目を瞑り深い溜息を吐いた。


 申し遅れました。

 私の名はエルーシャ・ラインフェルトと申します。

 ソネシア王国の公爵家の生まれにございます。


 と、堅苦しい口調はここまでにするわね。


 私には幼少の頃よりの婚約者がいる。

 そう、お察しの通り、ソネシア王国の王太子殿下である。

 名前はオレール様。

 国王陛下直々に打診されて結ばれた政略的な婚約ではあるのだけど。


 最近オレール様の態度がおかしい。


 ソネシア王国では15になると、貴族の子息子女はみな高位も下位も平等に王立学園に入学する。

 私も、オレール様も、二年前に揃って入学した。

 ここで貴族としての知識やマナーを始め、魔法の訓練もする。


 ちなみに魔力というのは誰でも持ってはいるけれど、発現させるのは大体貴族だけらしい。

 何故なら発現する訓練を幼少時にするからだ。


 一般市民はそんな暇が無いせいか、あっても発現せず一生を終える。勿体無い。


 そんな中、たまによくある話。

 一般市民でも訓練も無しに発現する人がいるらしく。

 そういう子は魔力暴走させないように制御を学ぶ為やはり王立学園に入学してくる。


 はい。ご明察。

 あと一年で卒業する私達の学年に、魔力を発現させた女子生徒が編入してきた。

 いや新入生でいいのでは?と思ったけど大人の事情もあるのかなぜか最終学年に編入してきたのだ。解せない。

 まぁ、彼女は貴族では無い為、授業は魔法の訓練の時に一緒になるくらいだけど。


 その子はとても可愛かった。

 淑女では出せない魅力があった。

 喜怒哀楽を素直に出し、くるくるとよく動く。

 ふわふわなピンクの髪、ぱっちりしたエメラルドアイ、ぷるんとした小さな唇。


 男子生徒は彼女の虜になっていった。


 ここまで言えばお分かりですね。

 そう、彼女の虜になったのは、私の婚約者であるオレール様も例外ではありませんでした。


 その他にも、騎士団長子息、宰相子息、魔術師団長子息、大商会の息子。

 そうですなんと!

 世の女性の憧れの的である男子生徒も漏れなく虜にしていました。


 彼女のような方は身近にいませんものね。


 最初の頃は貴族の中の平民という事で浮いていた彼女。

 それを見兼ねた先生から、面倒を見るようにと、なぜかオレール様に言われその距離を急速に縮めていった。

 オレール様の周りに来た彼らも同じく。


 そこまでなら「なんと紳士的な彼らでしょう!」と感嘆したのだけど。


 そうです。

 紳士的な行いだけをしているわけでは無い様で。


 始めは脳筋騎士団長子息から。

 その次は女性に慣れてない魔術師団長子息。

 更に真面目一筋な宰相子息を攻略し、その手腕に興味を抱いた大商会子息までも彼女に堕ちた。


 それから総大将の如しオレール様を陥落させた。

 彼曰く、つまらない日常を変えてくれた唯一の女性らしい。


 私との日々はつまらなかったんですか。そうですか。



 え、なぜ私が詳しいかと?


 学園に通ってて彼らを見ない日はありませんし、陛下が派遣された王国の密偵の方に逐一報告を頂くからですわ。


 まぁ、密偵の方から報告を頂く前に


 ほら。


「きゃっ!んもぅ!オレール様ったらぁ。プリプリ」

「はははっ。かわいいやつめ」

「ああ、ニナはかわいい」

「本当に髪ふわふわだし何かいいニオイするー」

「ニナ、ほらこれやるよ」


 輪の中心ではピンクの髪がふわふわ揺れてる。

 毎日毎日、中身の無い会話が聞こえてくるとゲンナリするわ。


「あっははー、今日も楽しそうですねぇ。さしずめピンクに群がる猿軍団!」

「ダメよそんな事言っちゃ。確かに脳ミソ下半身の猿軍団でも、将来この国を背負う方々ですから」


 これは愉快だと、王国の密偵の方がにこにこしながら彼らを見る。


「いやぁ、アレに付いていきたいと思います?俺はやだなぁ」

「私だって嫌ですわよ。アレと結婚してとか考えるだけでゾッとしますわ」


 今、私と密偵の方は草むらに隠れてピンク猿軍団をコソコソ見てる。

 彼との付き合いは数カ月前に遡る。



 ♠✦♠✦


『初めましてラインフェルト公爵令嬢。国王陛下より王太子殿下の密偵を仰せつかりました、ルクと申します』


 手を胸に、うやうやしく礼を執る彼をキョトンと見ていた。


 ああ、恐らく護衛騎士辺りから陛下に報告が行ったのね、と、私は悟り、瞬時にその先に起こり得る未来を想像した。


『顔を上げて。よろしくね。……そう、陛下が動かれたのね』


 ルクと名乗った男は、目を細めて妖しくニヤリと口角を上げた。



 以来、どこそこに誰とピンクがいるとルクから逐一報告を受けていた。

 正直、オレール様周りの側近候補達が陥落してもオレール様は大丈夫だろうと思っていたのだけど。


『あー……ちょっと、あんま言いたくねぇけど』


 ある日ルクが頭をがしがし掻きながら気まずそうにやって来た時、私の心はビシリと音を立てた。


『……大丈夫よ。……聞くわ』


 ルクは散々うーんと唸って、やがて大きく溜息を吐いた。


『殿下がピンクの子と一線越えました』


 私は咄嗟に目を瞑った。



 いわく。

 周りの四人がたまたま用があって外している間にたまたま開いていた生徒会室でたまたまお昼休憩中に会話していた二人はそれはもうめくるめく時間をお過ごしになったらしい。

 それはお昼休憩が終わっても続いて、それはそれは頑張っていたそう。


 王族のお手付きになったなら、愛妾として迎える他無い。

 ……そもそも、他の四人の手垢が付いた女性でいいのか?と思ったけれど、何かそこは上手くバランスを取ってるそうだ。呆れ通り越してむしろすごいわ。


 聞いているだけでゲンナリして来た。

 まぁ結婚後なら愛妾何人か、と思ったけれど。


 結婚前からするかー……………。


 私には義務的にしか触れなかったし、笑いかけてもくれなかったな…。

 つまらない女なら仕方無いか……。


 そうやって物思いに耽っていると、ルクがハンカチを差し出した。


『あら、目から汗が……』

『いやそれは………。………とにかく使え』

『あなた、私は公爵令嬢ですわよ』

『分かってるよ。ラインフェルト公爵令嬢。そんでもって浮気猿殿下の婚約者』


 ずうううん、と“婚約者”の肩書きがのし掛かってきた。


『殿下の婚約者って所は忘れていたかったわ』

『とりあえず陛下に報告するよ。その後の判断待ってれば?』

『報告は待って。私から殿下にお話ししてみます』


 ルクは意外そうな顔をした。


『あんた、殿下の事好きだったのか?』


 その言葉は否定はできない。

 約10年は婚約者として一緒にいたのだ。

 恋ではないかもしれないけど多少の情はある。


『……とにかく、殿下に話して、ダメならその時は……』


 自分の目で見たわけではないから信じたくないのかもしれない。

 オレール様の婚約者としての私の半生を無意味にはしたくない。


 それからルクは引き続き密偵を続けた。

 お願いした通り、陛下への報告はしてないみたいだ。


 私はオレール様が一人のタイミングを見計らって話し掛けた。


『オレール様、ニナ様と一線を越えられたそうですね』


『エル……!な、なぜそれをっ…』


 びしーん!と音を立てて直立不動になるオレール様。目は忙しなくキョロキョロしてる。

 一応後ろめたさは残してらっしゃるのね。意外だわ。


 そして。

 ルクの言ったことは事実なのね……。


『王族が手を付けたら分かっていますわね?』

『……ああ、きちんと責任は取るよ』


 キリッとして言ってますけど。

 愛妾として迎えられるのは正妃との成婚二年後以降って分かってるのかしら?


『それなら良いのです』

『エル……その……すまん。彼女は俺の、希望なんだ。今までつまらない毎日だったのが、ニナに出会って色付いた。おかげで毎日が楽しい。真実の愛なんだ。…こんなのは初めてなんだ』


 ……頬を赤らめてウットリしてますけど、遠回しに私じゃつまらないって言われてるのに気付いて多少傷付いた。

 あと真実の愛って何なの…。私とは偽物だったの……。


『さようですか……。それは、良かったですね……』

 私は胸がズキズキするのを必死に堪えた。


『ああ。……君と結婚したらすぐにでもニナを迎えるつもりだ。だから、理解して欲しい』


 ばりん。


 私の中で何かが砕けた。


 王国法を無視してまですぐに迎えたいと思ってるのはまだ良い。いや良くはないけど。

 その前何て言った?


 “君と結婚したら”??


『オレール様……?私と、結婚する……?んですか??』


 戸惑いながら尋ねると、悪びれもせず。


『ああ、だってニナは市井の者だから王妃の仕事は無理だろう?だから王妃の仕事は君にして貰う。

 あ、跡取りはニナに任せて貰っていいからね!』


 ぶつん。


 私の中で何かが切れた。


 びゅおおおと風が吹き荒れる。


 いけないいけない。

 魔力暴走するとこだったわ。

 落ち着いて私。


『そうですか分かりましたそれでは失礼します』

 一息に言って、脱兎の如く逃げた。



 冗談じゃない。

 都合いいだけの存在になんか絶対なりたくない。


 こうなったら目指せ婚約破棄だ!


『ルク!月桂樹の下の黄色いバラ作戦よ!』

『……りょーかい!今までの記録玉どーする?』

『その時を待って。最高の舞台を用意しなきゃ。明日から私はかわいそうな悪役令嬢。いいわね?』

『よくわっかんねーけどりょーかい!』


 “月桂樹の下の黄色いバラ作戦”とは。


 “婚約者が裏切ったから別れましょう”という意味だ。なぜそう言われてるのかは知らない。


 ただ、ルクが婚約破棄したくなったら言えと言ったので伝えた。


「何かスパイみたいでカッコよくない?」

 ってニカッて笑われたらちょっとだけ可愛いと思ってしまった。

 いやあなたスパイみたいって、密偵(スパイ)でしょうよ…?


 それから私たちはオレール様をお慕いしている風を装った。

 それを徐々に周りに周知させる。

 あくまで私に非は無く、あちらの責である事のアピールをする。


 ……あまり必要無さそうではあるけど。


 すると。


『ラインフェルト公爵令嬢様という方がいながら王太子殿下達は……』

『あのピンクのどこがいいのかしら』

『本当ですわ。学園の風紀が乱れてしまいます』

『ああ、この国の未来がっ……』


 私はなんと。

 オレール様周りの側近達の婚約者のご令嬢という新たな味方を得たのです。


『皆様心強いわ……。幼い頃よりお支えしておりましたのに……残念でなりませんの……』


 よよよ、と涙を目尻に浮かべれば皆様『おいたわしい……』と嘆いてくれました。


 ルクは何か言いたげな顔をしていますが、知らんぷり。

『私がオレール様を窘めても、頭沸いた発言しかなさらなくて……とても残念ですわ』

 右手を頬にあて、切なげに溜息をつくと。


『私、婚約破棄をお父様に進言しようと思いますわ』

 脳筋騎士団長の婚約者のミレイユ様がきりりと言った。


『私も、実は窘めたのですが……怒られてしまいまして。危うく怪我をしそうになりましたのでお父様に言って既に破棄致しましたわ。慰謝料もふんだくってやりました!』

 宰相子息の婚約者のヒルダ様はさすが行動が早いわね。いいわよ〜!


『私は……信じられなくてすがってみたけど……結果は……。なので身を引かせて頂く事にしましたわ。今頃魔術鳩でお父様から連絡が行ってる頃かと』

 魔術師団長子息の婚約者のクララ様はちょっと悲しそうね…。気持ちは分かるわ。


『ホント、バカ男ばかりよねぇ。浮気を見逃してきたさすがの私も見限りましたわよ。五人と同時とか気持ち悪い。

 幼馴染みだったけど、あそこまで沸騰するとか信じられませんわ』

 大商会子息の婚約者のレーニャ様は浮気を見逃す度量をお持ちなのね。すごいわ。


『皆様の勇気、賛えますわ。……私も、陛下からの打診で無ければ……』


『ラインフェルト様……』


 ま、本当はまだまだ証拠を集めたいから泳がせてるだけ。

 オレール様に未練があるわけでは無い……のよ。……ふん。


 でもこのおかげで皆様と仲良くなれたわ。

 今まで殿下ばかり相手していたから何だか新鮮。


 婚約破棄したら。

 自由になって、その後は……。



 ♠✦♠✦


 というのが数カ月間の出来事。回想終わり。


 あれからルクの協力もあって、証拠集めは順調に行き。

 そろそろ婚約破棄を陛下に進言しようと思っていた矢先に面倒な事は起こるもので。



「きゃっ!いたぁい!……エルーシャ様酷いですぅ!プリプリ!」

「えっ?」


 すれ違っただけなのに、ピンク猿子がいきなりふわんと倒れて何か言ってる。


「ニナ!!……エル、君がやったのか!?」

「えっ?」


 何ともタイミング良くオレール様以下猿軍団がばたばたと走って来た。


「オリィ!エルーシャ様酷いんですぅ!私何もしてないのにぃ!いきなりどんっ!ってぇ!メソメソ」

「ああ、かわいそうなニナ!怪我してないかい?見せてごらん?……ああ、赤くなってるじゃないか!」


 ちらりと見たけど、どこが赤いのか分からなかった。

 怪我してるなら治療魔法をかけるのもやぶさかではないとずっと凝視してみたけど、そもそもふわんと倒れて怪我なんかするかな?と思ってたら。


「エル……!君がそんな女性とは思わなかった……!」

「えっ」

「ダメよオリィ!私、エルーシャ様の気持ちが分かるの……。オリィを取られて、きっと悔しくて……。だからエルーシャ様を責めないでオリィ!」

「ああ!何て優しいんだニナ!」


 何を見せられているんだろう?


「エル?結婚するのは君なんだから、ニナに嫌がらせするのは止めてくれ。その……俺の事好きなのは分かってるから」

「……」ぞわっ


 無駄にキラキラして頬を染めてチラチラ見てくるの気持ち悪いんだけど。

 あと、いつ、私が、あなたを好きと言った?

 覚えが無いわ!!


「んもぅ!オリィったらぁ!ニナ以外見るの禁止ー!プリプリ」

「あっ!ニナ、俺が愛してるのはニナだけだよ!誤解しないで」


 もう、帰っていいかしら。

 ああ、ほら。二人だけの空気作るから後ろの猿軍団から零度の空気が出てるわぁ…。


「ニナ……俺の事も見てくれよ」

「私を忘れないで下さい」

「殿下ばかり相手してないで」

「構ってくんねーと拗ねるぞ?」


「やだぁ…。ニナはぁ、みんなの事、だぁいすきなのよ?」


「ニナ……今はそれでいいけどよ…。将来は俺だけを選んでくれよな……」

「そんな……選べない……選べないよぉ…」

 うるうる猿子に五人がウットリと顔を赤らめて見ている。


 将来国を背負って行く男たちがこんなんでいいの?

 いやだわ。いやすぎる。

 あまりにも下らない茶番をこれ以上見る気になれないのと、何だか多大なる疲労感に襲われて、私はそっとその場をあとにした。



 それからと言うもの、私が噴水前で本を読んでたらピンク猿子が噴水に飛び込んでは

「エルーシャ様酷いですぅ!」

 いや私の本濡れましたが!?


 私の目の前で教科書をビリビリに破いては

「エルーシャ様酷いですぅ!」

 それは国からの配布教科書!!国の税金を何だと思ってるの!?


 彼女の落とし物を拾って渡しただけで

「エルーシャ様酷いですぅ!」

 ただのテスト用紙!あと5点とかあり得ませんわよ!?


 階段を三段くらい登って後ろに倒れては

「エ(以下略)」

 私まだ一段も登ってない……。


 近くにいるだけで酷いと言われ続け、その度何故か王子猿軍団が駆け寄ってきて茶番を繰り広げていたので、私のストレスはマッハに溜まり。



 とうとう身体を壊して寝込んでしまった。


「無理しすぎだろ」


 一番にお見舞に来たのはオレール様……ではなく、何とルクだった。


「王妃教育って、我慢に我慢、我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢我慢なの。だから倒れるまで自分が参ってるのに気付かなかったわ」


 オレール様の婚約者になってから、ずっと耐えてきた。

『王妃たる者、全ての淑女の手本であるべき』とまず最初に習うのは感情のコントロールだ。

 常に笑顔でいるようにと訓練に訓練を重ねた結果。

 『毎日がつまらなかった』と婚約者に言わせる事になったなんてホント、笑えない。


「頑張ったんだな、あんた」


 ルクが頭を撫でる。

 意外に大きくて、ちょっと荒れてて。

 安心できる手が温かくて。


「頑張ったんですわ。私。もっと褒めてもよくってよ」

 なんて、ちょっとかわいくない言葉が出てきてしまう。


「うんうん、頑張った頑張った。

 だから、もう、いいだろ?」


 ルクの言葉に一気に涙が出て来る。

 ぎょっとして、気まずそうにしてるけど。

 私を撫でる手は止めない所に彼の優しさを感じた。


「もう、いいの、かな……。やめて、いいの、かな……」

「いいんだよ。猿王子なんか猿女にくれてやれ。俺もあの茶番録画するのはもう嫌だ」


 ルクはゲンナリして心底嫌そうにしている。

 確かに毎回私に嫌がらせするピンク猿子を録画していると、まともな精神の人間だと次第に砂を吐きたくなるだろう。


「分かったわ。……明日、最後の通告して、ダメなら破棄を陛下に進言するわ……」

「そうしろ。ほんとは今すぐにでもしろ」

「そこは一応、建前というものが」

「貴族はめんどくせぇなぁ」


 やれやれ、と言った表情の彼を見て、はた、と思った。

 ルクは貴族ではない。よね、多分。


 いや、ちょっとした所作なんかは優雅ではあるけど基本がさつ。だから貴族ではないはず。


 何故かその事が引っ掛かった。

 いや、密偵なんだから当たり前なんだけど。


 何か。

 口悪いし私に敬語じゃないし忘れてたけど。


 ルクは、貴族じゃ、ない。



 その事が、私の胸にチクリと何故か刺さった。


 そして、当たり前のようにオレール様がお見舞に来る事は無かった。




 翌日、一応の進言をしようとオレール様を探していた。

 一応唯一の王位継承者だからいつまでも頭の中ピンクでいてもらっても困る。

 けどどこにもいなくて、最後の頼みと生徒会室に来たら。



「そんな……。オリィ、だめよ、私無理だわ…」

「大丈夫だよ。ニナなら立派な王妃になれる」

「でも……。やっぱりだめよ。私、愛妾でいいわ……」

「俺がもう嫌なんだ。ニナに嫌がらせする女を王妃として迎える事はできない。あんな女と閨を共にするなんて考えたくない。元々つまらない女だと思っていたけど、あんな可愛げ無いなんて……!

 俺は可愛いニナだけを見ていたいんだ……」

「オリィ……。嬉しい!」

「今度、生徒会主催のパーティーがあるだろう?そこで婚約破棄を言い渡す。周りに証人になってもらうんだ」

「そんな……いいの?」

「大丈夫だ。ニナの愛らしさを見れば誰もが祝福してくれるよ。だから俺に任せて。

 ……ニナ、いい?」

「あ……オリィ、だめよ……」



 無駄だったあ!!!!

 だめだわ。もう無理!!

 私が無理ぃ!!!!


 全てが気持ち悪い!

 10年の情なんてどこかに消えたわ。

 それこそ雲の彼方に吹っ飛んでった。

 大体浮気猿の為に何で可愛くならないといけないのよ。

 可愛く無い私が悪いみたいな言い方が解せない。

 私の10年の我慢を返して欲しい。



 自宅に戻った私は、すぐさまお父様の書斎に行ってあらましを話した。

 怒髪衝天になったお父様はすぐに魔術鳩を王宮に飛ばした。

 緊急時のみに使われる虹色の魔術鳩をキレイダナーなんて見てたらすぐ返事が来た。びっくりした。


『ルクから証拠も沢山見せてもらった。

 ラインフェルト公爵令嬢、よく耐えた。君はすごい。僕は無理だった。息子ながら無理だった………

 婚約破棄は了承した』


 おぉぅ、ルクさんアレ陛下に見せちゃったかー。

 無理だったって2回言ってるし。

 無理だよね。陛下がまともな方で良かったわぁ……。


「で、どうするんだ?これから」


 お父様に言われて私はニヤリとした。


「どうせなら最後まで茶番に付き合って差し上げますわ」


 その時の顔は悪役令嬢もびっくりだったよ、とお父様は苦々しく笑っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ