第09話 じゃあそれ教えてよ!
学校から帰るとお昼ご飯のパンを口に入れてすぐに家の庭に出た。
「さあ見せてもらおうか!聖剣の力とやらを!!」
いつもなら畑仕事の手伝いをするかカラレスクラーから勉強を教えてもらうのだが、今日はそれどころではなかった。俺もこの2カ月ほどで、この魔剣が本当に聖剣なんじゃないだろうかと考えたり考えなかったりするようになっていた。口の悪さにさえ目を瞑ってしまえばこの剣は非常に物知りだからな、その知識は素直に尊敬している!
今日の学校での先生の話も日々カラレスクラーから勉強を教えてもらっている俺にとっては最早聞くに堪えない妄言でしかなかったし、こいつに教わるまでは考えた事もなかったが、この世界の学問が曖昧で大雑把というのは言い得て妙だと思った。
『何が何処の分野に属しているか、そのあたりをきっちり区別するにはそれ相応の正しい知識が必要になるんや。神様があーだこーだ言うて形而上学な話とアプリオリをごっちゃにしとる段階の人間に学問の仕分けは無理やろな』との事だったが、俺もなんのこっちゃわからなかった。だが、この世界の学問が曖昧で大雑把であるというのは何となく理解できた。
そう言った意味でも俺は2月前には尊敬していた学校の先生や教会の神父さんにまるで興味が無くなる程度にはカラレスクラーを信頼し尊敬している。まあ、それとこいつが聖剣であるかどうかは別問題だけどな。
『その思考や良し!!!確かにうちが博識である事と聖剣であることはなんらイコールで結び付かんからな、これも教育の賜物やな!!…………せやけど、ええ加減にせえよお前!!聖剣や言うとるやろが!!』
「だからそれを見せてくれっていってんだろ?少なくとも俺はもうお前を捨てるつもりはないし、体の中に入っててもいいとは思っているが、聖剣かどうかは知りたいしな!」
『ふっ……まあええ、ルーもうちの力をみればしょんべん漏らしてびびるやろしな!』
「大丈夫、トイレはさっき行ったから。それより早く身体から出ろよ、どうやって出すんだよ」
『ん?ああ……右手でも左手でもどっちゃでもええけど、うちを握りしめてるイメージして──』
「おおお!!」
右手にカラレスクラーを握っているイメージをした次の瞬間、そこに剣があった。
『…………まあ、そういう感じや。ルーは頭はちょっとアレやけどイメージ力は結構あるみたいやな、そこは素直に褒めたるわ。逆に身体に仕舞い込む場合は──』
「すげー!!」
今度は体の中に剣が入り込むイメージをしたら、カラレスクラーは2カ月前のあの日と同じように光の玉になって俺の身体の中に溶けるようにして消えていってしまった。
『おー……うちもすげぇって思っとる。クソボケのグレイブロンはイメージ力ってのが無くてな、うちの出し入れにはちょっとだけ苦労しとってんけど……まあ、あいつがうちを授かったん19歳やしな、子供の想像力やイメージ力っちゅうんは案外凄いんかもな』
「おー!すげー!これ鞘とかも、ああ出て来た!すげー!どうなってんだこれー!」
何やらごちゃごちゃ喋っているカラレスクラーを無視して、俺は消えたり現れたりする剣に大興奮した。右手に出現させたものをそのまま体の中に仕舞うことなく左手に移動させたり、遠くに放り投げては地面に落ちる前に身体の中に仕舞ったりして遊んでいたのだが………
『だーーーーーー!!!!やめんかアホー!!剣を投げるな剣を!!てかほんま凄いな!どんな頭しとったらこんだけぽんぽん出し入れできるんや!もうええからはよちゃんとうちを握らんかい!!!』
「任せろ!」
両手で握りしめるイメージをすればカラレスクラーは既にそこにある。
これはもしかするともしかして本当に凄い剣なのではないだろうか、と考えたのだが……
「なあ……なんか軽くない?」
カラレスクラーは想像絶するほどに軽かった。
と言うか………重さを感じなかった。土から掘り起こしたあの日は確かにずっしりと重たかったし、ウェズの鍛冶屋に持って行く時も頭の上に乗っけて運ぶ程度には重たかった記憶がある。先ほどまでは消えたり現れたりするのが面白くて気付かなかったが、少し落ち着いた今はその違和感をしっかりと感じてしまった。
『まあ軽いって感じるかもなー、その辺の制御機構は搭載されとるし担い手に負荷がかかるような加重調整はされてへんよ』
「かじゅ?」
何言ってんだこいつ。
『アホに理解できるほど聖剣カラレスクラー様は単純な造りやないんや、詳しく知りたかったら後50年くらいはうちの下でしっかり勉強せい』
「へー……」
まるで重さを感じない剣をぶんぶんと振り回しながら俺は、こんなに軽いんじゃすぐ壊れるなこりゃ、と思ってしまった。
『なんやと!?壊れるか!!』
「あれ?今考えてる事わかったの?」
今は実体化していて体の中に入っていないのに、考えていることが伝わったような気がした。どう言うことだろうか?
『あー……まあ、この2カ月で色々接続も終わったしな。今ならどれだけ離れててもルーの考えてることはわかるし、うちを何処に捨てようがこっちの意思でルーの身体に自由に戻れるで』
「なんだって?!」
考えていることが常に筒抜けになり、捨てる事も出来ない……
完全に呪われたアイテムじゃないか!?
『うるさいわボケ!!!誰が呪いのアイテムや!!』
「ま、いっか!考えてることがわかるのなんて今更だし、それに俺はもうお前を捨てるつもりはない……教わりたい事がまだまだあるからな……」
教わることがなくなれば捨てるかもしれないけど。
『考えてる事筒抜けやって言うてるやろ………まあ……ええけど』
「そんじゃあ……聖剣の力ってのを見せてもらおうか!」
お前が聖剣であるという証拠をみせてくれ!
『ドヤ顔なんがめっちゃムカツクけど………ええやろ。まずは両手で持て、騎士んとこの息子のくせに剣の握り方も知らんのか?』
「し……知らない……剣の稽古は10歳からだって。」
俺だって早くちゃんとした稽古はしたいけど、触らせてもらえるのは木剣だけだしそれもちゃんとした使い方は教えてもらえない。変に戦えるようになった子供は好奇心に任せて森で魔物と戦ったりするようになるから、物事を冷静に捉えられる年齢になるまで戦い方は教えない、と父は言っていた。
『ふーん……まあええやん、剣なんてうちが教えたるから。ただ親父さんの言う事もわからんでもないしな、うちかて魔物を切り殺して血を浴びたい気持ちはあるっちゃあるけど担い手に死なれるんはかなわんからなー……』
あいかわらず発言が物騒だけど……だが…!
「剣の使い方教えてくれるのか!」
『ん?ああ、まあな。勉強と農地改革と並行して剣も教えるってことになるけどええか?』
「いい!出来る!やる!!」
『後、うちが教えられるんは先代の担い手……勇者グレイブロンが編み出したグレイブロン流剣術ってやつだけやけどそれでもええか?』
「うん!全然いい!!勇者の剣術ってことは強いんでしょ?」
『んー………強いか弱いかは知らんけど、あいつは生涯でただ一度の敗北もせん男ではあったな』
「すっげぇ!!!じゃあそれ教えてよ!」
『ええよー、とりあえず握り方から教えるからちゃんと聞けよー』
とりあえず剣の握り方と構え方を教えてもらった。
『それがオクスっちゅう基本の構えの一つや』
左の足を前方に突き出し、剣を顔の横に構えて切っ先を相手に向ける、雄牛の角をイメージした構え。父の構えとはなんとなく違うが良いのだろうか……いやしかし、これは勇者グレイブロンの剣術だから問題ないはずだ。
『両手剣、片手剣、盾持ち、全部に応用できる構えで左右反転させてもええけど、基本左が前やな。構えはいくつかあるし状況に合わせて都度変えていけばいいけど、それは追い追い教えるわ』
「はい!」
カラレスクラーはまるで重さを感じないので大した事はないのだが、両手剣をこの態勢で維持するのは大変だろうな。相当身体を鍛えなければ剣の重さに腕が負けてしまうのではないだろうか。
『そんじゃようやくやけど、次は聖剣のちょっと凄いところを見せたろうやないか!!』
「お願いします!!」
あらゆる学問に精通し、
自由自在に消したり現れたりできて、
創世記の勇者の剣術を知る剣、
聖剣のちょっと凄い所とはいったいどんなものなのだろうか!
『ほんじゃいくでーー!!』
カラレスクラーに教えてもらった構えを維持したまま、一体何が起こるのだろうか期待に胸を膨らませていた俺の頭の中には、いつも通り美しい声が響いた。
そして、声が響いた次の瞬間……
透明だった剣身が何とも言えない綺麗な光を放ち始めた。
美しい帯状の光は剣を中心にふわりふわりと周囲を漂い、徐々に範囲を広げていった。真昼の陽の光よりも尚も眩しい輝きがうちの庭を明るく照らし、それはとても幻想的な光景だった……のだが………
どうやら俺は聖剣のちょっと凄い所に期待しすぎてたらしい。
『ふっふーーーーん!凄いやろー!』
カラレスクラーの自慢気な声が聞こえて来たものの、
「………ん?これだけ?」
ただ光っただけじゃん、と思ってしまった。
 




