第06話 なんて不遜な魔剣だ
身体の中にカラレスクラーが入り込むと、声に出さなくても会話が成立するようになった。
俺が考えていることが筒抜けになるようで、俺もまたカラレスクラーの喋っていることが頭の中に響くと言うか、考えが読み取れると言うか……会話とも違う少し不思議な感覚で意思疎通を図れるようになった。
「はあぁ……………」
天を裂き、地を穿ち、星を覆う剣
その刀身はこの世の何よりも眩しく輝き
この世の何よりも眩く輝く
決して折れず、決して曲がらず、決して穢されず
ひとたび振るえば空は割れ
その一撃は山をも貫き、大地を裂き、聖なる力は星を覆った
創世記に記された勇者が携えたと言う
神より授けられた聖なる剣、名をカラレスクラーと言う
勇者は、いつの日か再び聖剣が必要になる日が来ると考え
相応しい担い手にしか抜けぬよう
聖剣が悪しきものの手に渡らぬよう
神々に『選定の台座』を造らせた
らしいのだが……
(で、そのカラレスクラーさんがどうして土に埋まってたんですかね……)
『知らん』
(知らんって……)
『そもそも選定の台座は目に見えるもんやないし、台座がドーーンっておいてあるようなもんやない。相応しい担い手が居れば勝手に現れるようになっとる。それは水の中かもしれんし土の中かもしれんし、建物に突き刺さった状態かもしれんけど……説明したってもええけど、そもそも選定の台座ってのはお前みたいなガキが………ってか第九界程度の人間が理解できるような代物やない』
(ふーん、よくわかんないけどホントに魔剣じゃないの?)
『くどい!!聖剣!!カラレス!!!クラー!!!!様や!』
いつもは午前中の畑仕事が終わっても、父が警邏からから戻って来たら外で他の畑の開墾を手伝ったりしているのだが、今日の午後は自室で寝転がってずっとカラレスクラーと会話をしていた。
似たような問答を繰り返しつつもとりあえずこいつが言いたい事は、自分がかつて創世記に記された勇者グレイブロンが携えていた聖剣であり、俺はその聖剣の新しい担い手だと言う事だ。
信じていいのかどうか迷うしそもそも信じていないが、仮にこれが聖剣だったとしたらどうなるのか、俺はどうすればいいのか、疑問は尽きない………
『どないしたら信じてくれるんや?普通の人間やったらうちの高貴なる姿と天使の声ですぐに信じるんやけど、ルーカスちょっと変な子やろ?』
(確かに剣身はガラスみたいで綺麗とか思ったけど……土の中から出て来たぼろぼろの剣に高貴なる姿もなにもないな。それに声が綺麗なのは認めるけどなんか口悪いし、聖剣って感じしない。それから俺は変な子じゃない。将来立派な騎士になる男だ、読み書きも出来るし他の子よりも勉強を頑張っている)
『クソボケのグレイブロンもかなりの変人やったしなー、担い手の選定基準はうちもよう知らんけど変人やないと引き抜けへんのかもなー』
(……まずその口の悪さ何とかしなよ。あと、俺の身体から出て行けよ)
『口悪いもなにもうちの人格コードはトッリエルベルテ様の三次複製やからな、うちの口が悪く感じるんやったらそらお前神様に文句言えや。身体からはうちのこと信じるまでは出て行かん』
(こーど?さんじふくせい?………よくわからない事を言って煙に巻こうったってそうはいかないぞ。俺は読み書きも出来るし他の子よりも勉強を頑張っている)
『さいでっか……アホでもわかるように言うなら、うちは神様の分霊を更に小さく小さく分けた感じの小さい神様みたいなもんやから、うちの口が悪く感じるのであればそりゃ基になった神様の責任やって言っとんねん。ルーカスお前神様に逆らうつもりかー?あぁん?』
(なんて不遜な魔剣だ……神の名を騙るなど許される事ではないぞ)
『お、お前なぁ…………なんちゅう頑固なガキや。それと魔剣って言うのやめろ、ほんまムカツク!聖剣、もしくはカラレスクラー様と呼べ!敬意を持って呼べ!うちの声を聴けることを、うちと会話が出来る事を泣いて喜べ!』
(うるさい!何が聖剣だ!リヒトの街の周辺には魔物だって殆どいないし戦争もない。黙って俺の身体から出ていけ!)
『お前もうるさいわ!!どないしたら信じるねん!!ほんま担い手はどいつもこいつもめんどくさいやつばっかやで!!!』
「じゃあまず畑仕事でも手伝えよ!」
いつまでもぐちぐちと頭の中に響いてくるカレスクラーにむかついた俺は、寝転がっていたベッドから身体を起こして声に出して文句を言った。
『アホかお前!うちは剣やぞ!!鍬かなんかやと思ってんのか!』
「剣なんて10歳になれば買ってもらえるんだから、わざわざお前を使う必要はないんだよ!俺はとりあえずリヒトの畑を改善したいんだよ!いっつもいっつも畑仕事ばっかりで……俺はもっと勉強がしたいんだよ!!」
畑仕事が嫌いと言うわけではない。
しかし、それも限度はある。リヒトの街がある地域は魔物が殆どおらず戦争からも程遠いおかげで安全なので、ただの田舎だったこの街にはここ数年で色々な地方から流れ込んでくる人が増え始めた。
当然、人が増えれば食料消費が増えるが、供給に対して食料の生産が追い付いていない。…………まぁ、追いついていないは言い過ぎだけど、食料を他の街から買い付けているのは事実だし、農家が少ないのは間違いなく………騎士である父まで開墾の仕事に従事するような異常な事態に陥っている。勘弁してほしい……
うちは農家ではなくブルメリヒ領に仕える騎士である家系だし、畑仕事は嫌いじゃないにしてもやるべき事は他にもあるし、やりたい事だって沢山ある。特に俺は剣術や勉強をしっかり修めた立派な騎士になりたい。出来る事なら領都に勤めるような立派な騎士になりたいし、何か機会があれば王様にすごいすごいって褒めてもらえるような騎士になりたいのだ!
それが何だって毎日毎日……畑畑畑畑と!
『はーなるほどなー……勉強なー』
「ふん……わかったら黙っててくれ」
本当は毎日教会に行って話を聞きたいし学校に行って本を読みたいが、街の中心からも離れた家で、周囲の畑の手伝いをする毎日だ。8歳になった今でも毎日忙しそうにしている父には剣の稽古は付けてもらえず……俺は本当に立派な騎士になれるのだろうか、と言う焦りはある。
『ええよ、うちが勉強教えても』
「だから……………え?」
『だから教えたる言うとんねん、勉強』
俺は魔剣改め、聖剣改め、先生を手に入れた。