第30話 繋がる縁
リヒトの街で腕時計が無事に売り出されたのも束の間、
『あー……なんでもええから何かぶっ殺したいわー』
いつも通り岩場で勉強をしていた俺の頭の中に響く聖剣の声は、いつにも増して物騒になっていた。
「なんだそのヤバイ発言は!」
『おっとしまった、つい本音が出てもうた。気にせんと暗記に励みーやー』
「気になるわ!」
俺は身体の中からカラレスクラーを取り出して右手に掴み、少し離れた場所にででーんとある大きな岩に向かって思い切り投げた。
腕時計がリヒトで売り出されて3ヶ月、幾人かの都市貴族が金属製ベルトの高級品を購入し、今まで懐中時計を使っていた人もいい感じに革製ベルトの腕時計に乗り換えてくれた。
リヒトでは時計と言えばもう腕時計と言う感じで、ウェズリー工房の紋章が入った商品を自慢したい連中が近隣の領で勝手に宣伝してくれている。ありがたい事に宣伝費はタダだ!
ちなみに、腕時計は戦略的に販路を拡大していく為、他の街で売られるような事がないように1つ1つに識別番号を彫り込んでおり、購入した個人が特定出来るようになっている。最も、そんな事をしなくても誰もウェズ相手に喧嘩を売るような事はしないみたいだけど。
『何すんじゃボケェ!剣は投げるもんやない言うとるやろが!!』
俺が投げたクラーは岩に綺麗に突き刺さったまま頭の中で喚き散らしていた。
「クラーお前口悪いよ!!殺す殺すって!」
『普通や普通!!挨拶みたいなもんやろが!!おはようございます〜とこんばんは〜のちょうど中間くらいの挨拶みたいなもんやろが!!』
「おはようとこんばんはの間はこんにちはだろうが!」
『あーもううるさいな!!なんやねん!!こっちは久々にシャバの空気吸えたのにこの一年半ずっと勉強勉強勉強や!魔物の一匹くらいぶっ殺して血ぃ浴びたくなってもしゃーないやろ!!』
「どんな思考してるんだよ!」
『お前ら人間の生理的欲求が食うて寝てエッチするんとおんなじように、剣であるうちの生理的欲求は斬る殺すぶっ殺す、やねんからしゃーないやろ!』
「え、えぇ………………」
こいつ本当に聖剣か?
て言うか、殺すとぶっ殺すってどう違うんだろ。
『最悪そこら辺歩いとる極悪人を斬るだけでもええねん!』
「いやホントに最悪だよ!最悪以外のなにものでもないよ!」
カラレスクラーの声はこの世の何よりも美しい音を奏で、教わる勉強はどれもこれもが最高純度のものばかりで、魔物で溢れかえる世界で無敗を貫いた勇者グレイブロンの剣術や魔導学がお遊びに思えるような完璧な場の接続方法を教えてくれて、担い手の俺に合わせて最適に効率化されたカリキュラムを組んでくれるような凄い剣だけど………
『やかましいわアホ!別にルーに何かぶっ殺せとは言うとらんやろ、うちはただ何かぶっ殺したい言うただけやん!言いたい事も言えない世の中なんてクソ喰らえや!』
恐ろしく口が悪い。
「はぁ………」
『なんやうちにぐちぐち言うてる暇があるんやったら少しでも勉強せえあほんだらが!ちょっとまわりの連中から褒められたくらいで調子乗っとんとちゃうぞ!』
「ちょ………調子になんて乗ってないし………ちょっとお金が増えて嬉しいだけだし……」
ブルメリヒ商業ギルドのトップであるレスターさんとのお話が無事に終わった翌日から、俺はウェズとヘクターさんに拘束されて考えているモノについて全て吐き出すようにと言われた。
腕時計の販売計画が成功したら次の商品の話がすぐに始まるから覚悟しとけ、とクラーから言われていたのでそれはそれで別に問題なかったんだけど………腕時計の時同様に、新しい商品もまた俺が考えているよりも評判が良かった。
そのせいで、俺は自分が考えたわけでもない商品について色んな人たちから沢山褒められている。
作ったモノはどれもシンプルなものだ。
まず、鋏眼鏡と呼ばれる鼻に挟んで使う眼鏡にツルをつけて耳に引っ掛けると言うような、腕時計の時のような今ある道具の改良案を片っ端から提供した。どれもこれもほんのひと手間加えるだけで格段に使い勝手が良くなるようで、とんでもなく評判が良かった。
しかし、俺がリヒトの街に提供したのはそう言ったモノだけではない。植林と呼ばれる木を育てる技術とその必要性を説明したり、道場に落ちているうんちは不衛生なので下水施設の計画表をジュリアスさんに提出して職に溢れている人を働かせる場所を作ったりもした。モノ作りで得た俺のお金のほぼ全てはこれら新事業に費やされている…………
クラー曰くこの辺の事業はそう遠くない未来の為の布石であり、今すぐ改善される必用はないらしい。いつか来る産業革命と呼ばれる世界の転換期の際にこの辺が必要になるのだとか。
そして、もう1つ………
『ってまた来おった………声抑えろ』
ぷりぷりと怒っていたクラーから急に冷静な声が聞こえてきた。
(わかった)
クラーの声が聞こえてからしばらくすると、岩場の近くから複数の足音が聞こえて来た。俺は急いで地面に書いた色んな方程式を消して、岩に突き刺さったままだったクラーを身体の中に収納する。
もう1つ、俺の中で変わったモノがある。
逸脱した力は世界から拒絶される……クラーの言っていた意味が最近になってようやく少しだけ理解出来るようになった。
オリアナの10歳をお祝いする食事会から半年、腕時計か売り出されて3ヶ月、その間に俺はクラーの指示の下にあってもなくても良いような小さな物や改良案をいくつも提案しその全てを評価されている。
大人は俺を褒め次を求めてくる、クラーの言っていた信頼と実績と言うものを手に入れた俺の話を無碍にする大人はリヒトには少なくなり、一年前の俺が欲しかったお金もほんの少しだけ手元に入るようになった。
でも、俺が大人達とモノ作りをしたり街の改良計画の話をすればするほど………同年代の友達には距離を置かれるようになった。
『ルークは忙しいだろうしまた今度な』『ルーの邪魔はするなってパパに言われて』『頑張ってね!』
まるで俺が学校にいる事が不思議なようで、俺が同年代の子供と一緒に遊んでいる事がおかしいみたいに……
クラーから教えて貰ったショボい道具やアイデアをほんの少し披露しただけで、俺を取り巻く環境は激変してしまったのだ。もし、聖剣の本当の力がバレてしまえばどうなるのか…………だから、俺は聖剣の担い手である事を隠す事にした。クラーもその方が良いと言っていたので尚更隠す事にした。
俺は地面の数式を全て消し、岩場に掘られた猫の絵を眺めて、背後からゆっくりと迫ってくる足音の主に気付かない振りをしていた。
「…………こんにちは!」
そして、背後からゆっくりと近付いてきた誰は少し大きな声で挨拶をしてきた。
「わっ!」
突然背後から話しかけられた事になっているので、俺は驚いた振りをして軽く飛び上がる。完璧な演技だ!
「ふふ、驚きましたか?」
「びっくりしたー!………フィオナ」
一頻り驚いた演技を終えた俺が振り返ると、そこには食事会からずっとリヒトに滞在している……楽しそうに笑ったフィオナ=ストラティアが立っていて、
自分を取り巻く環境は成長と共に絶えず動くものだ。それは仕方がない事で、特に子供の頃の小さな縁は呆気なく切れてしまうものが殆どだとカラレスクラーは言っていた。
それでも全部がなくなるわけではなくて………
「それにリアも、どうしたの?」
「ううん、ルーったら最近うちに来ないから何してるのかなって」
フィオナのすぐ後ろには、金の髪をさらさらと揺らしている笑顔のオリアナが立っていた。
成長の過程で周りから人が離れて行く事なんて当たり前の事で、子供の頃の付き合いなんてたかが知れたものばかりだとクラーは言っていたけど、それでも全部が無くなるわけではない。
「猫の絵みてたよ!」
「ふふ、ルークはいつ来ても猫の絵をみてますね」
「この辺りあんまり猫居ないもんねー」
残るものもあれば、新しく繋がる縁もある。
だから俺は、そう言う人達の為に立派な騎士になると決めた。
まだまだ歩き始めたばかりだけど、口の悪いこの聖剣とはなんとか上手くやっていけると思う。楽しい事も難しい事も、もしかしたら悲しい事も、この先俺に待つ色々な出来事もカラレスクラーとなら乗り越えられると思う。
2人に話し掛けられた俺は、拳を握り力強く頷いた。
田舎に住む無知な少年と全てを知る聖剣のお話は、たった今始まったばかりだ。
彼らがこの後どのような運命を辿るか、何を成し何を目指すのか、その話はまた別の機会に。
成り上がり聖剣譚
1人目の天才・完
最後までお読みいただきありがとうございました!
聖剣と担い手のお話はここでお終いとなります。
2人が今後どのように世界を変えていくのかはまた別のお話、と言う事で。
それでは、また別の作品でお会い致しましょう。
 




