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第29話 面白い見世物



「なにやら面白い見世物があるらしい」


 お父様はそう言うと、見た事の無い紋章が押されている手紙を手渡してきた。


「面白い見世物、ですか?」


「そうだ。私は王都を離れるわけにはいかぬが、かと言って適当な遣いを送るのも気が引ける。義理堅くも彼の御仁が手紙を寄越してくださったのは恐らくは………」


 執務室に呼び出された私の前で、お父様は緊張したような、嬉しそうな顔をして話をしていた。


「恐らくはフィオナ……お前の為だろうな」


「その、申し訳ございません。お話が見えないのですが…………こちらの手紙は何方からの差出しで?」


 見た事の無い紋章……いえ、でも……何処かで………

 受け取った手紙を見た私は必死に記憶を手繰った。


「ほう……なるほど、これも時代か…………ウェズリー工房と言う名に聞き覚えはないか?私の世代の者であれば誰もが畏怖する紋章であったのだがな………」


「あ…」


 驚いたような呆れたような顔をしたお父様の言葉を聞いた瞬間、記憶の中にあったそれが繋がった。



 ウェズリー工房

 ウェズリー=プラタナス率いる天才鍛冶集団の工房で、約80年もの間、王都鍛冶ギルドにてグランドマスターを務めた英傑にして生きる伝説。彼の御仁の創作物のお陰でルドルム王国は無敵の軍を手に入れ、数多ある世界の強国に肩を並べ飛び越える程の発展を遂げた。


 約30年前に突然グランドマスターを退任し、確か……



「フィオナの持つその剣も、家紋こそストラティア家のものが刻まれているし柄で隠れてしまっているものの銘はウェズリー殿だ」


「なんと言う……」


「ウェズリー殿は我が父ともお祖父様とも親交深き方だった。私もまた幼少の折には話をした事もあってな………お前の誕生を報せるや、すぐに一振り打ってくれたよ。最も、その後のストラティアへの勧誘もまた即座に断られてしまったがな、ははは」


 ルドルム三光家のストラティア現当主であるお父様のお誘いを断れる人はそう多くないでしょう。元グランドマスターとは言え、ウェズリー様は100年近くルドルムを支えてきた方………その影響力は私の想像を超えているのかもしれない。


「出来る事なら私がブルメリヒまで行きたいのだが………どうやら他の家には招待が来ていないようでな………」


 他の家とはつまり、ルドルム三光家の他の家の事でしょう。アクレイギアにもガイラルディアにも招待が来ていないとなるとこれは酷く個人的な招待で間違いありません。

 それはつまり………


「お父様が動かれると目立ってしまいますものね。それで私が……」


「無理にとは言わん、ブルメリヒは遠い故な。リヒトは私も訪ねた事が無く大した情報も集められん程の田舎だからな。移動の時間も掛かる、その時間を勉学に注ぐべきとも思う」


「……それでも、お父様は行くべきだとお考えなのですね」


 もし必要なければ、多忙を極めるお父様がわざわざこのような無駄話をするはずがない。


「時間を割く価値がある、と私は考えている。なに、仮にウェズリー殿の見世物が大したものでなければ観光とでも思って寛げばよい。お前は少々頑張り過ぎているからな」



 その言葉を聞いた私は、自由に王都を離れる事が出来ないお父様の代わりにブルメリヒ領に向かう事にした。



 ◇ ◇ ◇



 ブルメリヒ領都までは馬車で5日も掛かり、領都からリヒトの街までは街道の整備が粗いこともあり更に3日も掛かってしまいました。


 そして、リヒトに到着した私が市長への挨拶を済ませ、ウェズリー様への挨拶を済ませると、面白い見世物とやらの日時が決まりました。


 歓待の宴も何もない事には少々驚きましたが、そんな事よりも食事会まで多少の時間が出来た事が嬉しかっです。王都ではお父様やお母様、その他大勢の貴族や民の目もあり、移動は専ら馬車だったので………私は生まれて初めて、街中の散歩と言うものを体験する機会に恵まれたのです。


 リヒトは小さくて何もない田舎の街ではありましたが、それでも私には楽しくて、道行く人々が跪くような事もなければ目を背けられるような事もなく、道端の汚さすらも新鮮で………ついつい、フラフラと歩いてしまい………小石に躓いた時にはもう手遅れでした。


 不躾に色々なモノを見て歩くなど少々お行儀が悪かったのでこれも仕方がない、とそのまま地面に倒れる事にしたのですが………

 

「おっと………」


 大人しく汚れた地面に倒れるはずだった私の身体がそっと……優しくも力強く誰かに抱き寄せられました。


 ふと見ると、私と同じ白い髪をした可愛らしい男の子の顔が近くにあり、


「……大丈夫か?」


 心配そうに話し掛けてきた優しい子に感謝を捧げようとしましたが、慌てていたようで手が私の胸に置かれている事を指摘した次の瞬間、


 私の身体を突き飛ばすようにして離した男の子は目にも留まらぬ速さで遥か後方に宙返りをしながら飛び退き、それと同時にダニエラが現れ、気が付けば眼前には光り輝く明るい玉が浮かんでいた。


「なんだ!」


 あれよあれよと状況が動き、男の子の警戒した声が耳に入り込んで来たものの、私にもわけがわかりませんでした。しかし……


「申し訳ございませんフィオナ様、お怪我は御座いませんか。………私の一撃に反応し得るような子供がいようとは………相当な手練のようです。背中から離れないでくださいませ」


 ダニエラの言葉で理解しました。

 何と言う事をしてくれたのでしょうか………



「すみません……ダニエラも悪気はなかったのです。ここはお互い水に流そうではありませんか」


 そこからはもう何を言っても言葉を交わして貰えず、

 

「………そう、ですね。私たちは先へ行きますね、受け止めてくれてありがとうございます」


 いつの間にやら引き抜いたガラスの如き美しい剣を私やダニエラに向けた男の子は先程助けてくれた際の優しい色を瞳から消して、私達がその場を去るまで感情の籠もらない瞳でこちらを見ていました。


 楽しかった散歩は切り上げました。





「あれ程の手練がこのような田舎の街にいようとは思いもしませんでした」

「我々の事も感付いていたように思いました」

「良い師がいるのでしょうか」


 市長の屋敷に戻るとダニエラ他、護衛を務めていた騎士は何やら興奮気味でしたが………


「子供を相手にやりすぎですよ。私に触れた程度の事で斬り掛かるなど、男の子が避けていなければどうなっていたか……」


 彼ら騎士とは違って、恩を仇で返すなどと言う信じられない事をしてしまった事の罪悪感の方が私には強かった。


「実際に斬るつもりはありませんでした!」


 ダニエラはハキハキと答えていたけれど、本当でしょうか……


 王都に戻る前にもう一度謝罪とお礼を伝えられれば良いのですが、小さな街とは言え人を探すのは難しいでしょう。と考えていたのですが……



「フィオナ様ですね。よろしくお願いします!俺はあっと、僕はルーカスです!リヒト所属サー・メイソン=ジプソフィラの息子、ルーカス=ジプソフィラです!ルークでもルーでも好きに呼んでください」


 再会はすぐに訪れました。

 それも、ルーカスと名乗った男の子はつい先日の事などすっかり忘れてしまったように楽しそうに話を始めた。

 いきなり私の手を取り何事かと思っているとぶんぶんと振り回し、ウェズリー様の事をウェズウェズと楽しそうに話され…………


 そして………



『だから僕は選択肢を3つにしたんです』



 市長室の隣りの部屋でその一部始終を見た。

市長室や貴族の屋敷にあるような応接間は隣りの部屋から中が見えるようになっている。ウェズリー様に案内されるままに通されたこの部屋で一体何を見せられるのかと思った私の目には言葉巧みに流れを操るルーカスの姿が映った。


 確かに、腕時計はこれから先の世で間違いなく懐中時計にとってかわる装飾品となるでしょう、これは間違いありません。


 ですが、ウェズリー様がストラティア家の者に見せたかった面白い見世物とは腕時計ではない………間違いなく、ウェズリー様はこの男の子を面白いと評したのでしょう。



 街中で倒れそうになった私を支えてくれた優しくも無愛想な顔

 ダニエラと対峙した際の感情が抜け落ちたかのような顔

 つい先程、食事会の前に見せた年相応の子供のような顔

 そして、商業ギルドの者を相手にした今目の前にある顔


 見せる顔があまりにもバラバラ過ぎて………


「………面白い」


 私はポツリと呟いた。


 会話を聞く限り、ルーカスはまだ何かを隠している。

たった一瞬動きを見ただけのダニエラ達が手放しで称賛するような武に関する何かも持っている。


 こんな田舎の街でどうすれば私よりも少し年下の子供がこれ程までに色々な事を身に付けられるのか…………何かがある。


 リヒトの街に何かがあるのか、

 それとも、ルーカスに何かがあるのか、

 それはまだわからないけれど…………



「……もう少しだけ………リヒトに留まりましょう」



 もし仮にルーカスが優秀な者であれば、王都に持ち帰るのも悪くはないかもしれない。

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