第28話 少々頭の足らん子
誰もが儂を頼り、縋り、期待する………それは構わん。ドワーフは人種の中でも長命である故、年若い者が長く生きてきた者を頼るのは自然な事であり、年長者が若輩者を支えてやる事もまた当然………それは構わんのだが、いつまでも儂が上に居ては後任が育たないと気付いた。
それからグランドマスターを引退するまではあっという間だった。
そして早いもので、あれからもう30年が経った。
ルドルム王国の最南端にある自然豊かな領、ブルメリヒ。
そんなブルメリヒ領の中でも更に南にある田舎領の中の更に田舎の街、リヒト。儂は残りの人生をこの地で過ごす事に決めた。
王都の喧騒もどこ吹く風、リヒトでは時間の感覚を忘れてしまいそうになるくらいに穏やかな日々が続いた。
極稀に魔物が現れれば大騒ぎし、何処かで誰かが亡くなれば皆で悲しむ。それほど小さな街でないが誰もが穏やかで日々を農作業に勤しむ、リヒトはそう言う地だった。
寝ても覚めても新しい武具や魔道具の事を考え、調整の為に戦地を視察してはこれを試す………殺伐とした日常は遠い過去の出来事になっていた。
「なにやってるのー!」
変わった子供が現れたのは数年前だった。
「ねえ!ねえねえ!なにやってるの!」
好奇心旺盛なその子供の名はルーカスと言った。
リヒト唯一の騎士メイソン=ジプソフィラの一人息子であり、メイソンの小さな頃によく似たやんちゃな子供だった。
儂がリヒトに移った際に数十人単位の鍛冶ギルドの者が追いかけるようにしてリヒトに来たせいか、ここ10年近くのリヒトの発展は目覚ましいものとなっている。
30年前は見渡す限り畑ばかりが並んでいたこの地にはいつの間にやら建物が増え、あれよあれよと田舎の村がいっちょ前に街の様相を呈してきた。
しかし、煩わしい事に巻き込まれたくはないし、金など腐るほどあるので今更うちの工房が繁盛しようがしまいがどうでもよかった事もあり、意図的にうちの工房と街の中心部をズラすように開発を勧めた。
そのお陰もあってか、わざわざ街の外れにあるうちの工房に訪ねてくるのは物好きは古くから付き合いのある関係者しか居なかったのじゃが………
儂と同じく街の中心からえらく離れた……畑のど真ん中にあるような家に住んでいたメイソンとミラ、子供の頃から知っている2人に子供が出来た事で、儂の日常はなんともおかしくなった。
「ウェズ!これがうちの子だ!!」
メイソンは暇を見つけてはまだ話せもしない赤子の自慢をし、どうすれば威厳のある親父になれるかを聞いてきた。
「すまない!俺とミラは畑仕事があるから見ててくれないか!」
メイソンは昔から少々頭の足らん子ではあったが、まさか儂に子守を頼むような奴が現れるとは思いもせんかった。
魔物が殆ど発生しないリヒトでは魔物駆除という騎士の仕事が殆ど無く、メイソンの奴はいつも鍬を片手に農地を耕していた。そんなことをしなくても騎士にはそれなりの給料が支払われるのに、なぜ畑仕事などしているのかと聞いた事もあったが………
「最近は人も増えたから皆が腹を空かせない為の準備だ!」と言って笑っていた。
メイソンは昔から少々頭の足らん子ではあったが、底なしに良い子供でもあった。決して悪を許さず、曲がった事を好まず、誰にも分け隔てなく優しい……そんな子供だったから、儂の力で騎士に推薦した。
そして、そんなやつの子供もまた………
「ウェズ!これなに!!」
王都にいた頃は誰からも畏れ敬われた儂が、リヒトでは子守をするただの爺さんになろうとは………想像もつかなかった。
「危ないから触るんじゃないぞ!」
王都では儂が命令すれば誰もが竦み上がったと言うのに……
「えー……じゃあこれは!!」
ルーカスは何も感じないようで、興味の赴くままに国外にまでその名を轟かせるウェズリー工房の中を遊び場にしていた。
しかし、子供の好奇心は否定してはならない。
何処に何の才を示すかがわからないからだ。小さなうちから1つの事に図抜けた者もおれば、数多くの事柄に興味を示した後に歳を重ねてからその才を表す者もいる。
一度でも好奇心にブレーキをかけてしまうと、その子の成長はそこで途切れてしまい……何処にでもいる凡才が出来上がってしまう。150年生き、何十人何百人という弟子をマスターへと育てた儂にはその事がよくわかっていた。
「俺も父さんのような立派な騎士になりたい!」
一体全体メイソンの何処に騎士の要素があるのかは不明ではあったが、ルーカスが初めて口にした夢はそれだった。
それからしばらくすると、ルーカスが工房に訪れる頻度が減り……きっともう工房で遊ぶような事はないのだろう、とばかり思っておった。
その日は突然訪れた。
ルーカスがヘクター坊主と一緒になってなにやらしている事くらいは知っていた。どのような物を作るのやらと僅かに期待をしていた儂の下に、詳細な設計図を抱えたルーカスが現れた。
「ウェズ!腕時計を作ろう!」
数ヶ月前まで畑で拾ったボロボロの剣を頭に乗せていた子供が、
「腕に金属を巻きつける為にはこの部分を──」
自分で描いたのであろうボロボロの設計図を広げ、儂が作りあげた懐中時計の更なる発展形を提示してきた。
胸が熱くなったのは久々の事だった。
久しく忘れていた感情が身体のうちから湧いてきた。
「──って感じなんだけど、やっぱり難しいかな。ちょっと細かいし……」
騎士になると言って儂の下から離れて行ったルーカスが、いつの間にやら儂の想像を飛び越えるモノを携えて現れた。
「ふん、儂を誰じゃと思っとる。………1月じゃ。1月で大方完成させられるわい。革製の方はもっとはよう作れる」
ルーカスは懐中時計を見て、それを使う者を見て、その発想に至ったと言った。
革製のベルトを見ていると金属ベルトの構造まで閃いたと言い、腕時計を実現させる為に必要となる課題を事細かに説明し、どのようにすれば売れるのか、どうすれば手に取って貰えるか、如何にすれば腕時計は懐中時計を超えられるか、まるで儂の疑問を全て予想していたかのようにスラスラと話し始めた。
思いついてしまえばほんの僅かな事だ。簡単に言えば懐中時計を腕に固定させるだけの事で、ただそれだけの事だ。
しかし、儂らモノ作りをする人間なら誰もが知っている。
そのほんの僅かな思いつきこそが、いつの時代でも世界を動かしてきた原動力である、と言うことを。
そのほんの僅かに気付ける者を、人は天才と呼ぶ事を。
果たしてルーカスの才能が如何程のものか、腕時計ただ1つだけの思い付きなのか………田舎街の神童で終わるか、それとも………
王都の喧騒から離れようやく穏やかな日々に身を置いたというのに……これから先は、王都にいた時以上に忙しくなると長年培ったモノ作りの勘が告げていた。
「おもしろうなって来おったわい」
どう言うわけか、儂はそれが楽しみで仕方がなかった。
 




