第27話 一人目の
「だから僕は選択肢を3つにしたんです」
ニコリと笑った俺は軽く手を上げた。
俺が腕時計の話をして、たったの2日だった。
ヘクターさん率いるヘクター工房の人達は仕事の合間合間に作業していただけなのに、たったの2日で懐中時計を嵌め込むタイプの腕時計の試作品を完成させた。
もちろん試作段階の物は荒削りだったしクラーもダメ出しをしていたが、それでも完成するまでに2週間も掛からなかった。懐中時計を嵌め込むだけの革製ベルトなんて、一流の職人に掛かれば玩具みたいな製品に過ぎなかった。
では、残りの4ヶ月以上何をしていたのかと言うと……
「そ、それは!?」
レスターさんは俺の手を……手首を見て声を上げた。
俺が腕を上げると上着の袖が少しズレ、手首が見えた。
そこには革製のベルトと一体になった腕時計が装着されていた。
「選択肢は3つですよ、レスターさん………1つは今まで通りの懐中時計、ひとつは上級貴族が身に付ける高級で希少な金属ベルトの腕時計………そしてもう1つが懐中時計よりも少し高い普通の革製ベルトの腕時計です」
この4ヶ月以上、俺は特に何もしなかった。
ただし、ヘクターさんやウェズ率いる鍛冶ギルド傘下の人達は毎日大忙しだったに違いない。
俺とクラーは試作品が完成した段階で腕時計計画を急遽修正した。と言うのも、あまりにも一瞬で完成してしまったので、一度計画を練り直そうとクラーが言い始めたからだ。
何が引っかかるのか聞いてみると、完成が早過ぎる事が引っ掛かるのだとか………それはヘクター工房が想像以上の実力者集団だっただけのことなんじゃないのかと俺は思ったのだが、クラーの考えは違った。
『こんな田舎街の工房が実力者集団なわけあらへんやろ。単純にうちがこの世界の職人の技術力を見誤っとっただけや』
そして腕時計っぽいもの作ろう計画は大幅に修正された。 懐中時計を用いた腕時計っぽいものではなく……腕時計の為の時計を製造する計画に変わった。
リヒトの街には懐中時計の発明者のウェズがいたので、俺は迷わず腕時計の話をした。設計図を何枚か書いてみたとろこウェズはやる気満々で協力してくれる事になり、元グランドマスターであるウェズの指揮の下リヒトの街の鍛冶ギルド総出で腕時計開発計画が始動した。
「───それが大体4ヶ月前の事ですね」
用意した腕時計は2つ
金属製ベルトの一点物の高級腕時計
革製ベルトのシンプルな腕時計
懐中時計を腕に固定するベルトなど最早どうでもいいのだ。
「……なるほど………なるほど……」
レスターさんは俺の腕に巻かれたシンプルな腕時計と、美しく装飾された腕時計を見比べながら頷いていた。
「さて、気に入っていただけましたか?レスターさん」
俺とレスターさんの2人だけの会話になってしまっていた所に、市長であるジュリアスさんの落ち着いた言葉が置かれた。
「……もちろんです。こちらは必ずや領主に届けさせて頂きます。いやはや………流石はウェズリー殿でございます。腕時計……これは間違いなく売れます」
レスターさんは腕時計が売れると確信してくれたのか、ウェズに向き直って上機嫌に話しかけたのだが………
「何をわけのわからん事を言っとるか。腕時計の発案から設計、高級と安価路線の二択も全部ルー坊が決めた事じゃ。そんな事もわからんからお前は坊主なんじゃ」
「ですな……俺ら職人はルーカスの話を基にモノを作ったに過ぎません。金属ベルトの発想なんか早々湧いてきませんぜ」
「ちなみに私はウェズから話を聞きましてね……何処かに情報が漏れるような事がないようにと細心の注意を払っていただけです」
ウェズ、ヘクターさん、ジュリアスさんは三者三様にレスターさんに言葉を投げつけた。
「な、なるほど………失礼しましたルーカス君」
「いえいえ、本日はお話を聞いて頂き感謝致します。実際にこれをどのようにして売るかは商業ギルドの方に投げっぱなしになってしまいますので──」
「なるほどなるほど……王都の商業ギルドに話を持って行かなかったのは何故ですか?ウェズリー殿がいれば話は容易にだったと思うのですが………」
「だって王都の商業ギルドに持っていけばノウハウを奪われて王都発祥の流行になるじゃないですか!」
「それはまあ……そうなるかと。ですが、より早くより確実に儲けが出るのも事実です。聞けば、腕時計の特許は既に下りているとか……私に話を持ってくる意味が理解出来ない」
レスターさんは心底不思議そうな顔で俺の顔を見ていたが………何でこんな簡単な事がわからないんだろうか。
「俺がリヒトの街が好きでブルメリヒが好きだからです!お金なんて後からいくらでも増えます!」
不思議そうな顔をしていたレスターさんに、俺は全力で言った。
俺の言葉の何が面白いのか、ウェズはがははと笑い、ヘクターさんは吹き出すように笑い、ジュリアスさんはニヤニヤとしていた。
「だって、頑張ったのはリヒトの街の人達なんだから、腕時計は王都の偉い人達のモノじゃなくてリヒトの街のモノじゃないとおかしいじゃないですか!」
王都の商業ギルドに持ち込んだりすればどうなるかわかったもんじゃない。
王家に忠誠を捧げているような気もするが……会った事も無い王様よりも、同じく会った事もない父さんの上司であり、安いけどお給料をくれるブルメリヒ領主様の方が大事だし、もっと言えば父さんの直接の上司であり、俺にお菓子をくれるリヒトの市長であるジュリアスさんの方が大事だ。
腕時計はブルメリヒの………リヒトのものだ!
「ははは!なるほど…なるほど………ご注文の意図は理解出来ました」
レスターさんもわかってくれたのか、笑いながら答えてくれた。
「腕時計をブルメリヒの……リヒト発祥の商品としてルドルム王国中に広めたい、と言うことですね?」
「ですです!」
「となると………段階的な販路の調整が必要になるわけですが………ふむ……出来なくはありませんが、少々手が掛かるといいますか………」
何度か頷いたレスターさんは、俺だけを見て話しかけてきた。
彼はブルメリヒ領の商業ギルドの長であり、生粋の商人だ。商人は利に聡い。無駄を省きより効率的に金を稼ぎさえすればそれが正義だ。
もちろん、ブルメリヒ領が儲かる事自体はレスターさんにとっても嬉しいに違いないが………リヒトに拘る理由はない。ブルメリヒの領都から展開した方が楽だし手っ取り早いはすだ。わざわざ面倒を背負い込む意味は、レスターさんには何も無い。
しかし、ウェズの手前断るような事はないだろう。だから、これは単に俺を試しているだけだ……他に何か無いか、と俺にカードを切らせる為だけのあってもなくても良い挑発だ。
『十中八九せやろな。ここまで来て出来ませんとか抜かしおったらそれこそこっちは王都の商業ギルド行くだけの話やし、ただの煽りやろ………せやけど』
(…………わかってるよ、舐められるのは嫌いなんでしょ)
めんどくさい聖剣だ。
「……その面倒を引き受けてくださるのなら、次に僕が作る予定の製品の扱いはレスターさんの好きにして頂いて構いませんよ」
情報は小出しにして相手の出方を窺う。
「………ほう?」
「……何?やっぱり他にも何かあんのか!」
レスターさんも反応したが、それよりもヘクターさんが食いついて来てしまった。
「もちろんいくつもありますよ。当然、製作は鍛冶ギルドにお願いする予定ですが………」
「おう任せろ!」
「面白いもんじゃったら協力してやるわい」
まだ何を作るとも言っていないのに、ヘクターさんとウェズは元気な返事をしてくれた。腕時計製作にしたって俺は一切お金を払っていないのに…………やっぱり、俺はこの街の人が好きだ。
「………なるほどなるほど、ルーカス君には他にも腕時計に匹敵する商品があり、それを何処に持ち込むかはこちらの出方次第だ、と言う事ですね」
別にこっちの要求に従わなくても構わないが、そうなれば俺達はブルメリヒの商業ギルドを飛び越えて王都に持ち込むぞ、と…………煽られたら煽り返せ!とはクラーの台詞だ。
実際にそんな面倒な事はしないが、こっちにはウェズがいるからそれっぽいハッタリも有効だろう。
「リヒトから広がるようにして貰えるだけで構いません。………ちなみに……まだ詳細はお伝え出来ませんが、僕が次に着手する商品もまた身に付けるものです」
勉強、剣術、魔術に人脈作りの為の会話……4ヶ月間それだけしていたわけではない。当然ながら腕時計の次の話もしていたし、経済学という新しい学問も教えて貰っている最中だ。
「なんと………ふむ………それでは、次回作が完成致しましたらその時は是非ともこの私にお声掛けくださいませ、ルーカス殿」
俺の言葉を聞いて何を想像したのかはわからないが、レスターさん数度頷いた後に次の話を約束し、椅子から少し腰を持ち上げてテーブル越しに俺の方に手を差し出してきた。
「ありがとうございます!」
俺は立ち上がり、差し出された手を握った。
もう少し詰める話もあるが、腕時計の計画はここまで来れば完了と言っても問題ない………んだよな?
『せやなー、後は取り分の話やけどこれはもううちらの領分やない。前にも言うたけど、腕時計で儲けるつもりはないからな。特許でいくらから金が入ってくるかもしれんけど、売上は基本全部リヒトの鍛冶ギルドと商人で分け合って貰えばええ』
(はぁ……結構頑張ったんだけどな………沢山台詞覚えて練習して………お金はいつになったら稼げるんだよ………)
『はあ?本気で言うとんか?』
頭の中でカラレスクラーが心底呆れた声を響かせて来たのと同時に、目の前ではもちろん会話が続いているわけで………
「いやはや………確かに面白いものを見せて頂きました。わざわざリヒトまで来た甲斐がありました……ウェズリー殿に感謝を」
レスターさんは腕時計を気に入ってくれたようで、とても上機嫌な声をウェズに投げていた。
「がはは!そうじゃろうそうじゃろう!儂にもようわからんがこいつは化けるぞ……坊主も早いとこ動けよ!」
ウェズはウェズで楽しそうに笑っていたので、この商談が大成功だった事がよくわかる。
「……ところでルーカス君、もしよければ領都の商業ギルドに遊びに来ないかい?」
「え?」
「それは駄目ですぜレスターの旦那!ルーカスとは次の商品の話があるんで!」
「そうじゃな、もう少し落ち着いたら貸してやらんでもないわ」
「その、お金もないのでそのうちと言う事で……」
領都には行ってみたいが、残念ながらそんなお金も余裕も我が家にはない。それを知っているからか、ヘクターさんとウェズは俺を庇ってくれた。優しい人達だ!
「いえいえ、旅費はこちらで持ちますよ」
「え!じゃあ───」
「いやー残念じゃのう、ルー坊は生憎と予定が立て込んでおってのう……のうヘクター?」
「へい!うちの娘とも仲睦まじくしておりやして!中々に多忙な身でして!な?ルーカス!」
お金出して貰えるなら普通に行きたいのだが………ウェズもヘクターさんもどうしても次の商品が気になるらしい。
「───ええ、まあ………領都にはまたの機会にでも………」
睨みつけるような視線の2人を無視する事も出来ず、俺はレスターさんからの領都旅行のお誘いを断った。
その後も話は続き、腕時計を作る計画がようやく完了した。
初めての戦いは実に6ヶ月にも及ぶ長い長いものだったが、振り返ってみれば得る物の非常に多い戦いだった。
(あれ……そう言えばさ?)
話し合いが終わり市長さんの執務室から出た俺は、食事会の会場に向かいながらカラレスクラーに話しかけた。
『あ?なんや』
(腕時計作る時になんか言ってたじゃん、1人目の天才を作るどうのこうのって。あれってどうなったの?)
『ん?あぁ………まあええよ、ルーは気にせんでも』
(えぇ……そうやってすーぐ勿体ぶる……)
『やかましいわ!はよ飯食うて来い!妹に土産用意すんねやろ!飯なくなっても知らんで!!』
(あ、やば!!)
話し合いに夢中になっていた俺はすっかりクレアのお土産を忘れていた。ヤバイヤバイと思いながら、市長さんのだだっ広い屋敷を早足で歩き会場に向かっていたせいで………
『ま………1人目の天才ならちゃんと生まれたけどな』
(ごめん!話なら後にして!)
クラーが何を言ったのかがうまく頭に入って来なかった。
誤字脱字報告ありがとうございます!
 




