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第26話 交渉のカードは揃った



「10を数えたオリアナに神々の祝福を!」


 ヘクターさんの言葉と共に食事会は始まった。


 各々お酒やジュースが注がれたグラスを軽く持ち上げるようにしてオリアナへの祝福を口にし、後はご飯を食べるだけだ。立食形式という奴で好きなものを食べられる凄い食事会だ。

 ある程度の段取りは聞かされているが、俺がやることはこれと言ってない。食事会が進んだら腕時計の発案者としてちょっと挨拶をするだけなので、それまで美味しい御飯を片っ端から食べていた所……



「ルーカス、ちょっとこっちに来てくれ」


 周りの大人から誰だアイツという視線を向けられていたのは知っていたが、そんなものを無視してご飯を食べているとヘクターさんからお声が掛かった。


「はんへふか」


『口に物入れて喋んなアホ』

(こんな美味しい料理、次にいつ食えるかわからないんだぞ!)

『知るか!はよ飲み込んでヘクターのおっさんとこ行かんかい!』


 クラーはうるさいがこの場に限って言えば奴の言っている事の方が正しいので、俺は手に持った皿を置いて口に入れたものを呑み込みヘクターさんに付いて行くことにした。



 ◇ ◇ ◇



 ヘクターさんに案内されたのは市長の執務室だった。


「こんばんは、ルーカス」


「こんばんは、ジュリアスさん!」


 市長の執務室とは言え田舎街らしく質素な部屋の中に、2人の大人が立って居た。1人は俺に挨拶して来た市長、ジュリアス=リヒト。


「この子がかい?」


 もう一人は興味深そうに俺を見ている金髪の男で、


「……えっと?」


 とりあえずジュリアスさんに挨拶をしたが、ここからどうすればいいのだろうか。ぐるりと3人を見回した俺は首を傾げた。

 後にはヘクターさんが居るが、特に何も言ってくれない。腕時計について話し合いをするとは聞いていたしある程度の段取りはヘクターさんと話し合って決めたが、もしかして進行役が俺とか言う事はないよな?


『そらないやろ。多分………』


 クラーが何か言いかけた所で、俺とヘクターさんが入って来た扉ではなく、執務室の奥にあった扉がガチャリと開いた。


「ウェズ何やってるの?」


 扉からは綺麗な箱に入った腕時計を持ったウェズが出てきた。食事会が始まった直後からから姿が見えなかったので何処に行ったのかと思っていたが、こんな所に隠れていたとは。


「ウェ、ウェズ?」


 俺の言葉に金髪の男性が反応したが、


「何やっとるもないわい、見りゃわかるじゃろうが。腕時計を持って来てやったんじゃよ」


 ウェズはそこに反応する事なく、俺に話しかけてきた。

 食事会と言うこともあってか、ウェズはいつもの汚い作業着では無く黒っぽい正装姿なのだ。最初こそ違和感があったが、よくよく見るとそこそこ似合う気がする。


「ほれ、こっちは坊主の分で……そんでこっちがジュリ坊の分じゃ」


「これが………なるほど…………なるほど………」

「ありがとうございます、ウェズ」


 綺麗な箱に入った腕時計はそれぞれ違うデザインで、装着する人に合わせた特注品だ。2人はそれぞれ箱に入ったそれを眺め感嘆していた。


「完璧だねウェズ!」


 そして、それを見た俺もまた思わず声を上げてしまった。


『大した腕前や………ドワーフ言うんは手先が器用な連中が多いけど、クソ爺は特に器用な奴なんかもしれんな。………しゃーない、クソ爺やなくてジジイって呼んだろうやないか』


(………そろそろ名前で名前で呼びなよ)


「ルー坊が言うておった形にするのは少々骨が折れたが、無理してでも作る価値はあったわい。なるほど腕時計とは言い得て妙じゃな」


「でしょ!クラじゃなくて……うん……最終的にはその形を想像していたからね」


 ウェズが持ってきた腕時計は懐中時計を後から嵌め込む形のものでは無く、


「懐中時計の小型化は既に始まっておったからそれ程苦労するもんじゃなかったんじゃが、なるほどのう………後から懐中時計を嵌め込むよりも初めから腕輪と融合しておる方が楽じゃわな」


「うん。懐中時計を買ってわざわざそれとは別に固定用のベルトまで買うのはおかしな話だからね。腕に固定する為のベルトはあくまでも今懐中時計を持っている人達に向けた商品だよ」


 俺は意識を切り替えて商談用に練習したトークを展開した。


 ウェズが持って来た腕時計は時計と腕輪が1つになったもので、腕輪の部分も革ではなく金属で作られた豪華なものだ。これこそがカラレスクラーが言っていた腕時計だ。


「懐中時計は懐中時計として使えばいいし、腕に固定する為のベルトが欲しいならそれを買えばいい。今まで通り懐中時計が使いたいなら使えば良いし、固定用のベルトを買って必要な時だけ懐中時計を嵌め込みたいならそうすれば良い、選択肢は1つに絞らない方が良いでしょう」


 この日の為に、クラーを相手に何度も何度も練習した言葉はすらすらと口から出てくる。


「なるほどなるほど…………しかし、そうなると、売れるのはやはり懐中時計ではないかい?」


 俺の説明を聞いて金髪の男性が口を開いた。


『ほう……こないな田舎街に賢い奴がおるもんやな。ケース4で行け』

(わかった)


「と、言いますと?」 


「いやなに、単純な話だよ。我々が今ウェズリー殿より受け取った腕時計はあまりの特殊性故に少なくとも現時点ではそう簡単に手に入るものでは無いだろう」


「はい、仰る通りです」


「となると、多くの者が買い求めるのは高価で希少性の高い腕時計てはなく、懐中時計となるだろう。腕に固定する為のベルトを買う者は懐中時計を購入した人々の中の半分いれば良い方だ」


「その通りですね!」


 金髪の話を聞いた俺は元気よく肯定した。

 彼の言っている言は何一つ間違っていないからだ。



『選択肢が3つあると人は無意識に真ん中を選びたがるもんや、これを極端回避性って言うわけやが………腕時計を売りたいとして、今現在ある選択肢は3つや。クソ高い受注生産の腕時計と、腕時計ほどの利便性が無いものの普通に使える懐中時計と、懐中時計を腕に固定する為のベルトを買う。この3つや』


 この中で一番上に当たる選択肢は間違いなくクソ高い腕時計だ。次に来る選択肢は否応なく懐中時計になる。

 そして、一番下にくる固定用ベルトはそれ単体ではなんの役にも立たないのだから、そもそも時計という選択肢に入らない。今から腕時計を売ろうとしても極端回避性にすらならない、超高価な腕時計と懐中時計の2択しかない。

 結果、売れるのは今まで通り懐中時計と言う事だ。



 金髪さんは極端回避性を知っていたのだろうか。まあ知っていようがいまいが、俺は練習した台詞を話すだけだ。


「人は選択肢を3つ提示されると真ん中のちょうど良いモノを選ぶ傾向にあります。例えば今回の時計に関する選択肢ですと、一番上に来るのは非常に高価で希少な腕時計で、真ん中に来るのが懐中時計、そして一番下に来るのが固定用ベルトである。貴方は……えぇっと……お名前をお伺いしても?」


 多少のアドリブを交えつつ、話を運んでいく。


「おっと、失礼した。私はレスター、レスター=アクセトカだ。ブルメリヒ領で商業ギルドの長を務めさせて貰っている者だ」


 金髪の男性、レスターは愛想笑いを浮かべながら俺に自己紹介をしてくれた。


『おお……田舎街の商人くらいやと思っとったけど、そこそこ大物やったか。ほんなら極端回避性くらい何となく理解しとってもおかしないな。気ぃ抜かんと話しや』

(うん!)


「ありがとうございます。僕は……」


「知っているとも。ルーカス君だろう?そよりも、話を続けて貰っても構わないだろうか?」


 そりゃ知ってるか。知りもしない子供がいきなりこの場で話を始めたら普通は止めるもんな。でも、俺の事はなんて紹介されてるんだろう?

 ま、いいか。


「わかりました。レスターさんは極端回避性の話をしているのてすよね?選択肢が3つあれば人は真ん中を選ぶであろう、と」


「極端回避性……と言う言葉は初耳だが、経験則からそうではないだろうかと述べたに過ぎない。確かに、時計を腕に固定できれば便利ではあるが……懐中時計を腕に固定する為だけにそう安くもないベルトを買うとは思えない。せめて腕時計がもう少し安価であれば手を出す者は大勢いるだろうが……と私は考えている」


 そう言うとレスターさんは自身のズボンから美しく装飾された懐中時計を取り出し、先程ウェズに渡された腕時計が入った箱の横に置いた。………よく見てみろと言わんばかりに。


 俺の事を9歳の子供だと侮るのは結構だが、俺の中にはあらゆる学問に精通したとんでもない先生がいる。


 だから、全部クラーの予想通りだ。

 これて交渉のカードは揃った。


「鋭いご指摘ありがとうございます。僕も同じ考えに至りました。ただし、僕がその考えに至ったのは5ヶ月以上前の話ですが」


「………ほう?」


「僕が始めに考えた腕時計は懐中時計を嵌め込むベルトでした。今ある懐中時計を腕に固定出来れば便利じゃないか、と言う単純な発想からくるものでした」


 俺はテーブルに置かれた懐中時計が嵌め込まれていない固定用ベルトを持ち上げて話を続けた。


「でもそれは懐中時計が主体となった革製品でしかない。懐中時計がなければ意味をなさないし、懐中時計を持っている人にしか売れない。それにしたって懐中時計を持っている人が全員欲しがるわけでもない」


 職業柄、手首の辺りがよく汚れてしまう人もいるし、いくら銃士が増えてきたとは言えまだまだ剣士はバリバリ最前線で戦っているわけで、篭手を外してまで腕時計を着ける物好きはそうはいないだろう。

 彼らにはやはり懐中時計が必要だ。


 では、それ以外の人はどうか。

常にポケットに入っている懐中時計を腕に固定できれば確かに便利だが、必要かと言われればそうでもないだろう。

 ではどうすれば腕時計を選んでくれるだろうか、と言うことを俺とクラーは考えた。


「そうだね。ルーカス君はそこをどう考えたんだい?」


 レスターさんが軽く頷いて話を促して来た。



「だから僕は選択肢を3つにしたんです」


 

 俺はニコリと笑った。


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