第23話 そういうのに疎くって
突然頭の中に響いたクラーの緊急回避指示
この1年休むことなく続けた鍛錬の賜物か、身体は問題なく動き即座に敵と距離を取ることができた。しかし、訓練の時と違ってクラ―を持つ手は酷く震えていた。聖剣カラレスクラーに重さはないのでこの震えは俺の身体の震えだ。何が何だかわからないが、目に前に剣を抜いた女性が居て、俺もまた身体からカラレスクラーを抜いて構えている。極度の緊張のせいか口の水分が急激になくなった。
あまりにも突然な状況に、これから一体どうなるのだろうかと様子をみていると
「やめなさいダニエラ。少し浮かれていた私の不注意です」
俺が身体を支えてあげた白い髪の女の子が、女性の外套を引っ張りながら話しかけていた。
「はっ!」
その声に従うように、女性はゆっくりと剣を収めたのだが、
『まだ構えとくなよ』
クラーは警戒を怠るなと指示してきた。
「すみません……ダニエラも悪気はなかったのです。ここはお互い水に流そうではありませんか」
目の前の女の子が何か喋っているが、俺は目の前で喋っているよく知らない女の子の言葉よりも聖剣の言葉を信じる。構えを解くなと言う事は相手の敵意は完全に消失していないと言う事だろう。
『3人……目の前の女以外にも3人、遠くからうちらの事をみとるやつがおる。構え解くなよ。ええか、回避してへんかったらお前は間違いなく斬られとった、ガキの乳揉んだだけでガキに斬りかかるような奴に気ぃ許すな』
(な、なんだこの女の子……)
『それは知らんが、剣の紋章は覚えた。後で初等学校の先生にでも聞いてみろ』
「………そう、ですね。私たちは先へ行きますね、受け止めてくれてありがとうございます」
女の子は何事かを述べて一礼して歩き始めた。
俺は一切返事をせず集中力を研ぎ澄ませ、ダニエラと呼ばれていた女を見据えた。こちらをチラチラと見ながら普通に歩いている人たちの事も気にせず周囲を警戒し、どこからどのような攻撃が来てもクラーの指示のもと完全に捌き切るつもりだ。
『ルーもそこの女の外套に書かれとる紋章覚えとけ』
(……わかった)
背中を見せて歩いていく女の子と俺に切りかかって来た女の外套に描かれている紋章を、しっかりと目に焼き付ける。女の子の背中が見えなくなってもしばらくの間、俺はリヒトの街で剣を構えたまま止まっていた。
『……よし、全員どっかいったわ。もうええで』
「ふぅぅぅぅぅぅ………………」
街行く人からは奇異な目で見られてしまったが仕方がない。
良い戦闘訓練になったと前向きに考えようじゃないか……俺は深く息を吐いて服の中に仕舞うようにしてカラレスクラーを体の中に入れた。
「なんだってんだよホント……」
『さてな、うちにもわからんことはようけあるからな。どっかの金持ちのガキなんはわかるけど、護衛の練度みてもリヒトの街のおるような貴族やないやろ。別の街から来たガキやと思うけど、紋入りの外套に紋入りの剣があるような家やとすれば……いや……まあええ、水に流せ言うとったから大丈夫やろ』
(……紋章もちって事はそこそこの貴族だ。ブルメリヒに居る上級貴族なんて数える程しかいないと思うのだが……)
『今それを考えてもしゃーない、さっさと学校いって紋章覚えとるうちに先生にでも聞け。先生さんはアホみたいな授業ばっかしとるけどあれでも貴族やしな、なんや知っとるやろ』
(わかった……はぁ……なんか疲れた……)
◇ ◇ ◇
初等学校に到着すると友達との会話もそこそこに授業が始まる。
ぼろっちい長椅子に座って2人1組でぼろっちい教科書を見ながら先生の授業をきき、議論しながらするタイプの授業なのでその点は結構面白いと考えているのだが、如何せん教えてもらっている事のレベルが低い。
最近は先生の話す内容を適当に流し、頭の中ではカラレスクラーの怒涛の突っ込みを聞くのが学校の授業の正しい楽しみ方だと考えている。
昔は色んな子と2人1組になっていたのだが、ここ最近はずっとオリアナが隣に陣取っている。腕時計関連で家に遊びに行くことが増えたし、すっかり仲良しになったように思う。
「それはストランティアの紋章ですね!」
「ストラティア?」
授業が終わり先生に話を聞きに行こうと思って立ち上がろうとしたのだが、隣に座ったオリアナが手を離してくれなかったので適当に話をしているうちになんとなく紋章の話を聞いてみたら、意外な事に彼女は紋章を知っていた。
「ルドルム三光家と呼ばれる大貴族様ね」
俺の右手を握っているオリアナは楽しそうに話していた。
「え、なんか凄そうだけど……ホントに?」
しかし、三光家ってなんだ?
貴族の名前とかそう言うの全然知らないんだけど……何処でどうやって教えて貰えばいいんだろう。会話の中から手に入る情報もあるけど、リヒトの街の人から集められる情報なんて精々がブルメリヒ領の情報くらいだし………
『ある程度は街の掲示板で拾っとるけど、貴族の話聞くんは貴族の家庭教師雇うんがいっちゃん早い。まあ、ルーの家にそんな金なんてあらへんけどな』
(やっぱりそうか……歴史とかその辺はクラー役立たずだしな。何とかして家庭教師を雇いたいな……)
『誰が役立たずじゃボケ!!知らんだけや!』
「ホントだよ?だって、ルドルムで紋章にリンゴを入れていいのはストラティア家だけだもん」
「……なるほど、三光家ってのはやっぱり凄い家なの?」
「凄いもなにもルドルム王家の次に大きな力を持った貴族様だよ、えっと、ルーのおうちでは教えて貰わないの?うちの家庭教師の先生は教えてくれるんだけど……」
「…………う、うちの家庭教師はそういうのに疎くって」
『いらん見栄張んなや……』
家庭教師を雇う金など我が家にはない。
俺の家庭教師である聖剣カラレスクラーは学問を極めているが、貴族の名前とかこの世界の今の地名とか歴史とかそこら辺は全然知らない中途半端な家庭教師だ。その辺を補完してくれる別の教師も欲しい所だな……なんて事を考えていると、
「そっかぁ……うん、じゃあ教えてあげる!今日もうち来るよね?」
思い掛けず、有り難い言葉が聞こえてきた。
「いくー!!ありがとうリア!大好きだよ!!」
もちろん、俺は即答した。
「う、うん!」
俺はオリアナの手を握り返して立ち上がった。
オリアナと仲良くなって本当に良かった……
持つべきものは金持ちの優しい友達だな!
いつもオリアナの家での勉強は俺が彼女にカラレスクラーから教わった事を教える形のものだった。
教わる事など無いと思っていた。それがまさか、オリアナが学校の勉強とは別に家庭教師を雇って勉強をしていたとは……普通はどっちか片方なんだと思うが……なんで家庭教師がいるのに学校来てるんだろ。
色々気になることはあるが、オリアナから貴族の情報を教えてもらいカラレスクラーにそれを入力できれば後は上手にまとめた情報を教えてもらえるだろう。
大体1週間振りにヘクター工房の前を通ると、ヘクターさんに見つかってしまい工房に引きずり込まれそうになったがオリアナが何とか阻止してくれた。腕時計のお披露目も間近なのでそちらの話もどんどん詰めていかなければならないが、今日はそれよりも貴族関連のお話だ。
その後、勝手知ったるオリアナの家に入り彼女が着替えるのを待ってから部屋に案内された俺は、日が暮れるまで貴族の話を聞かせて貰った。
とりあえず知っている限りのルドルムの貴族の情報を教えてもらったが、当然俺はそれを一度で覚えられるはずもなく、今回は聖剣に情報を蓄積する為のものと割り切って話を聞いていた。
ここ最近で最も有意義な時間だったかもしれない。
 




