第22話 柔らかい!
冬が過ぎ、少し暖かくなってきたある日。
俺は週に一度の学校に通っていた。
冬の移民は普通そんなに多くは居ないのだが、春先になるとリヒトの街はまた少し人が増えたのか、見た事のない人をちらりほらりと見かけるようになった。冬の間も都市部では常に新しい家屋が建築されていて、リヒトの街が日々発展していることを感じた。安全な土地と言うのはそれだけで需要があるのだろう。
(人が増えるのはいいけど農家が少ないのはなんなんだよ……)
『そら農地持っとる人間がわざわざ他の街に移動するわけないやろ、普通に考えたらわかるやろ。人口がちょいちょい増えてきとるみたいやから、周辺の街で余った何の役に立たんゴミみたいな連中が安全なリヒトに流れてきとるんやろ』
(ゴミって………相変わらず口悪いなぁ……)
「あ!フェフリーさんこないだは畑仕事手伝ってくれてありがとー!」
すれ違う知り合いには声をかける。
だからといってクラーとの会話中無視することも無い!
『はあ?口悪いもなにもその通りなんやからしゃーないやろ。ただ、せやな……リヒトにまで伝わってないだけでもしかしたら一部では農業革命が始まっとるんかもしれんな。他の街の事がわからんから何とも言えんけど、この1年のリヒト人口の増加具合を見た感じやとそんな気がせんでもない……』
(えー…もう他で先を越されちゃってるかもしれないのか……)
『……もしくは、平和が長く続き過ぎたんやろな……まあ、気にしてもしゃーないな。腕時計のお披露目ももうじきやから、特許で小金稼いだらとりあえず周辺の畑だけでも本格的に弄繰り回すで。欲しい作物の情報ならもう入手したわけやし、上手くいけばリヒトの特産品も増えるやろ。この世界のアホ共はまだアレに気付いてないみたいやけど、先を越される可能性もあるからな。出来る事ならはよ独占したいっちゃしたい』
(うん………その為にもお金だな!!)
頼むぞ腕時計!
「キーラさん!母さんがお肉ありがとうございますって感謝してましたー!」
街行く人たちに挨拶をしながら、頭の中ではクラーと会話をする。
魔術の修練をする過程で思考を分割する練習を余儀なくされた俺は、クラーと簡単な会話をしながら他の人と簡単な会話をする程度のことくらいは出来るようになった。初めの頃はとんでもない集中力が必要だったが、慣れてしまった今となればそれほど難しいものではなくなった。慣れなければいつまで経っても勉強を教えてくれなかったので慣れる以外の選択肢が無かっただけだけど……
街は情報の宝庫だ。
俺には正直何が何だかわからない話であっても、カラレスクラーにとっては別なようで、聖剣は俺が見聞きした僅かな情報から無限の可能性を提示してくれる。
だから俺は街での会話をとても重要視しているのだが……先ほどから、俺の目の前にはあっちへフラフラこっちへフラフラと歩いている見知らぬ子がいたので、大事な街の人との会話にいまいち集中できずにいた。
そして何をフラフラ歩いてんだと思いながら見ていたのだが、とうとう躓いてしまった。そうなるんだろうなと思っていたから集中出来なかったわけで……目の前を歩いてる人がバランスを崩した瞬間に俺は動いた。
「おっと……」
地面に倒れないように支えると軽い身体が寄り掛かって来て、腕の中には俺と同じ白い髪の女の子がいた。
「……大丈夫か?」
身長は俺より少し高いように思う。服はとてもじゃないが安くは見えないし、腰には何処かの家の紋章がついた剣を帯びていて………
「申し訳ありません……ですが……」
俺に抱き寄せられるようにして抱えられた女の子は一応の礼を俺に述べながら、視線を胸の方へと移した。そんな女の子につられて視線を移すと、俺の右手は女の子の胸部をがっつりと掴んでいた。
「おお、悪い!わざとじゃない!」
でもうん、初めて触ったけど柔らかい!
……等と呑気に考えていたのも束の間、
『後方回避!!!』
クラーから緊急回避の指示が出た。
緊急回避の練習は何度もした。剣術修行の最中はもちろん、勉強中も寝ている最中も関係なしに緊急回避の訓練を捻じ込んで来たので、今では指示が聞こえたら条件反射で身体が動くくらいまでになった。
クラーの声が聞こえるや否や、俺は女の子から手を離し両の足に全力で力を入れて回転しながら後ろへ飛びのき……
「光よ、在れ!」
飛びのきながら目くらましと敵の視認用の光源魔術をその場に設置する。そして、後方回転の際に地面についた手が離れると同時に身体の中から取り出したカラレスクラーを握りしめオクスの構えをもって眼前を見据える。……後方回避はここまでで一つの型だ。
「なんだ!!」
状況を把握する前に緊急回避をしたせいで何が起こったのかわからない俺は、とりあえず声を出した。そうして視線を剣先の向こう側、先ほどまで俺が女の子を支える様に立っていた場所に向けると、そこには女の子を背中に庇うようにして隠してこちらを見ている知らない女性が剣を抜いて立っていた。
『気ぃ抜くな、強いで……うちの指示をよう聞け』
なんだってんだ……ここは街中だぞ!?
 




