第02話 あ……抜けたわ
「ほどほどに帰ってこいよー」
「わかってるー!いってきまーーす!」
汚い剣を掘り出した俺は、畑仕事が終わると日が暮れる前に急いで鍛冶屋に向かう事にした。
ここはルドルム王国の南に位置するブルメリヒ領の、その中でも更に南にある『リヒト』と呼ばれている街なのだが……残念ながら8歳の俺にはこの国がどうのこうのと言うのはよくわからない。でも、ルドルム王国はまあまあ大きな国でまあまあ豊だ、と父が言っていたの多分まあまあな国なんだと思う。
俺の父メイソンは一応はリヒトの騎士なのだが……騎士とは言っても田舎街の騎士なので、基本的には暇を持て余していて農業を頑張っている。まだまだ開拓途中の街だからか、騎士と言っても戦ってばかりいればいいわけではない、と父は言っていた。そもそも、魔物が殆どおらず戦争もない地域なので戦いそのものがなく、喧嘩の仲裁くらいしかやることが無いとも言っていた。
広大な畑の中に出来た道をボロボロの剣を頭の上に乗っけて走る。
俺の家は街の中心からは少し離れた位置にあるので、買い出しや教会へのお祈り、学校へ通うのには少し不便だったりする。何でこんな遠いのか父に尋ねたら、ちょっと移動が面倒くさく感じるくらいの距離がないと、暇な奴らがどうでも良い事でいちいち頼って来るからこれでいいんだ、と言っていた。
畑を抜けるとちらほらと建物が増え始め、人通りも増えて来る。
「こんにちはー!」
通り過ぎる人たちに挨拶をしながら、煙突からもくもくと煙をあげている鍛冶屋に一直線に向かう。
いくらくらいで売れるかわからないし、さっき父が鞘から引き抜こうとしてもびくともしていなかった様子から完全に錆びてしまっている可能性もあるが、ちょっとでも鉄が残っていればちょっとくらいのお金にはなるかもしれない。
◇ ◇ ◇
「はーこいつが畑でねー」
「そうそう!何かぼろいし錆ついてるからか剣も鞘から抜けないっぽいけど、鉄なら金になるかもなーって父さんが言ってたから一応もってきた!」
「まあ……一応みてみるが……どれ、貸してみ」
リヒトの街の鍛冶屋はいくつかあるけど、俺たち家族がお世話になっているのはウェズと言う髭もじゃのドワーフがやっている店だ。ウェズはリヒトの鍛冶ギルドの元締めらしいので、腕も目も知識も確からしい………らしいのだが、俺はその辺の事がまだよくわかっていない。ただ単に家から一番近くて話し易いから来ているだけだったりする。
そんなウェズは俺から剣を受け取るとすぐに、工具を使って鞘から剣身を引き抜こうとしていたのだが……
「……なんじゃこりゃ?硬いなんてもんじゃねぇぞ」
鑿や金槌を使って何やらガツンガツンとやっていたウェズは、しばらくすると首を傾げながらぼやいた。
「硬い?錆びてなかったってこと?」
「いやそういうんじゃなくて………なんじゃこりゃ?」
「なんじゃろうって言われても俺にはよくわからないけど、売れそう?!」
「鞘と柄でこれだけ硬いってんなら見た目の割に案外しっかり生きてるかもしれねぇしな……買い取れんこたぁねぇが……如何せん剣が抜けんと値段は決められんな」
「えー……何とかならないの?早くどんな剣かみたいんだけどー!」
「うるさいのう……文句言うならルー坊がやらんか!儂は結構忙しいんじゃぞ。鍛冶ギルドと言うて───」
「え!いいの!その道具使っていいの!」
鍛冶屋さんになりたいと思った事はないけど、なんか色々ある工具には触ってみたいとは常々思っていた。鞘から抜けないのが面倒くさかったのか、ごちゃごちゃ言ってくる俺が面倒くさかったのか、ウェズは肩をすくめながら作業台の方に俺を手招きし、工具を貸してくれた。
「──ああもう好きにせえ……使い方はみとったからわかるじゃろうが、金槌で指を叩かんようにだけ気を付けるんじゃぞ。儂ですら全然削れんからルー坊がやっても無理じゃとは思うがな」
作業台に寝かされたボロボロの剣を今一度持ち上げた俺は、鞘と剣身の間を見る様にして覗き込んでみたがこれといって何かが詰まっているようには見えなかった。
「これ普通に引き抜けるんじゃないの?何も詰まってる感じしないよ?」
「出来たら最初からそうしとるわ」
ウェズの言葉にそりゃそうだ、と納得した。
父も引き抜こうとしていたが駄目みたいだったし、何か中の方で固まっているのかもしれない。となるとやはり、ちょっとずつ削っていくしかないのかもしれない。
「えっと、こういう感じ?」
「違う違う!危なっかしい奴じゃな……貸してみ。ルー坊はその柄の所でも持って見ておれ」
鑿と金槌を適当に使っていると結局ウェズがやってくれることになった。忙しいと言いつつ相手をしてくれるのでやはりウェズは好きだ。将来騎士になれればウェズの鍛冶屋で剣を鍛えてもらうつもりだ。
「おお、器用だねウェズ!」
「儂が器用なのはどうでもいいんじゃが……やはり妙な感触じゃな。ってほら!じっとしておれ!」
その後もしばらく、クソぼろい剣を削ろうとウェズは頑張ってくれたがどうにも上手くいかず、
『壊してしまっても良いのなら粉砕機に掛けるがそれじゃと金にはならんからな、小遣いが欲しいんじゃったらなんとかして鞘から抜けるようになってから持ってこい、待っとってやるわい』と言われ……仕方なくその日は諦めて帰ることにした。
行きと違って帰りはとぼとぼと歩いて帰ることになった。
家まで走る気分ではなかった。
「はあ……折角お小遣いが手に入ると思ったのに……」
鉄はリヒト周辺では安いが、西部の方の戦争が頻発している地域ではかなりの需要があると聞いている。だからそれなりのお小遣いになると期待していたのに………
粉砕機に掛けると当然だが鞘も剣も柄も何もかも全部一緒くたに粉々になってしまうわけで……もし宝剣や装飾剣だった場合にそれ事一緒に粉々になってしまうので、出来る事なら鞘から取り出して中身を確認したい。その上で溶かすなり売るなりしたい。
「どうしよ、どうやったら抜けるんだろ」
そうして、微妙に気分が盛り下がったまま誰に言うでもなく帰り道で呟いた俺は、頭の上に乗っけていた剣を手に取り、何とはなしに柄を引っ張ってみた。すると……
「あ……抜けたわ」
一切の抵抗なく剣が鞘から引き抜けてしまった。
今までの苦労はなんだったのかと思いたくはなるが、抜けてしまえばこっちのものだ。急ぎウェズの所に戻って剣を売り払おうと剣身をみてみると………
「…………なんだこれ」
その剣身はまるで半透明のガラスのような材質で出来ており、夕日のせいか微かに光を放っているようにも見えた。
見た事のないガラスの剣に一瞬心惹かれるものはあったが、それでも剣は剣。売れるなら売ってしまって、ちゃんとした自分用の剣を買う為の足しにしようと思い、ウェズの鍛冶屋に急いで戻ろうと踵を返した……まさにその時……
『おうお前……随分と舐めた真似してくれたなぁ?あ゛ぁ?ぶち殺されたいんか?誰に手ぇ上げたかわかっとんのか?』
これまで生きて来た中で聞いたことも無い………信じられないくらいの美しい声で…………信じられないくらいに口の悪い言葉が、何処からともなく聞こえて来た。