第19話 魔導学
恐らく聖剣だと思われる物知りな光る剣を拾って8カ月が経過
これと言って何もないまま冬が来た。
特に何も無かったとは言えば無かったが、この8か月間で聖剣カラレスクラーからは膨大な知識を与えられたし、与えられた知識を血肉にする為に簡単にできる実験なんかも教えてくれた。
創世記に記された勇者の剣術、グレイブロン流剣術と言う得体のしれない戦闘術を教えてもらう事で、俺の肉体の可動域は大幅に拡大したように思う。
腕時計とか言う謎の発明を友達のお父さんに話して、適当に会話をして手のひらの上で転がしながら勝手に腕時計を作るように仕向ける事にも成功したりもした。
誰とでも話す様になれと言われたので色んな人に話しかけるようになったら、いつの間にか馬鹿みたいに知り合いが増えてしまったように思う。
何もなかったと言えば何もなかったが……思い返してみればそこそこの変化があった8カ月かもしんれない。
だがしかし!!
「寒い!!何で聖剣なのに担い手を温める事も出来ないんだ!」
『やかましいわ!!聖剣をなんやおもとんねん!?』
「勇者を支援する道具だって言ってたじゃん!」
『暖房器具になるとは一言も言うとらんわボケッ!!!』
俺は寒空の下、家からほんのちょっと離れた猫の絵が描かれた大きな岩の近くで近くにあった棒で地面に字を書きながら勉強をしている。勉強は身体に教え込むべし!
聖剣カラレスクラー曰く………『まずうちの天上に響き渡る美しい声が頭に流れる事で物事を知り、ルーはそれを地面に書くことで目で見て覚え、更に口に出して音読する事で耳からも覚える。何かを覚えたいなら体全部使って叩き込むのが一番ええ。でもまあ勘違いしてる人も多いけど実際に覚えた事を脳に定着させるのは睡眠時やから、睡眠は出来る限り長時間確保したいし、可能なら昼寝もちょっとしたいな!』………との事だ。
つまり俺は暑かろうが寒かろうが、雪だろうが雨だろうが、クラーから勉強を教わる時は外でやらなければならない。
「うぅ……寒い」
大きな岩がゴロゴロ転がっている場所で、人目に付かないように岩の陰に隠れながらの勉強は毎日続く。極限状態の環境……世界にはそうよばれる場所があるらしく、寒空で笑いながら勉強できるくらいじゃないと立派な騎士になれないらしいので仕方がなく従っている。
少し前に交渉を頑張った腕時計のようなものは現在改良に改良を重ねて殆ど完成品と呼べる状態のモノが出来上がっているのだが、今は普通の腕時計とは別に金細工ギルドや彫金ギルド、いわゆる鍛冶ギルド傘下の様々なギルドの技術力を集結させて腕時計を作っている。
まずは貴族連中や金持ちの都市貴族を相手に装飾品としての価値が高い腕時計を作り、それを高値で売りつけようとしている所なので、残念ながらまだ俺は特許でお金を稼げていない。
『子供は風の子言うてな、寒空の中でも肌着一丁で走り回るもんなんや。暑い寒いよりも外で身体を動かすのが好きなんが子供いう奴なんやで』
「それはただの馬鹿だろ、俺は確かに子供だけど肌着で外を走り回るような事はしないぞ。そもそも体を動かす為じゃなくて勉強の為にここに居るだけだし」
何が子供は風の子だ、意味不明だ。
今はタイムズテーブルと呼ばれる数字の暗記を強いられていて、1から99までの自然数同士の掛け算を覚えさせられているのだが、暗記するだけなんだからわざわざ寒い外でやらずとも温かい家のベッドの上で寝転がりながらでも出来るはずだ。
『文句言うなアホ。声に出して暗記するほうが早いから外で勉強しとんねん。ルーが自分の部屋に籠ってひたすら声に出して数字の計算したいんやったら好きにすればええけど、オトンとかオカンとか何考えとるかようわからんお前の妹とかに何思われるかは知らんけどな』
「………外でやる」
俺はしぶしぶ掛け算を始めた。
家族に聖剣の話はまだ何もしていない。と言うのも、なんと説明すればいいのか俺自身あまり整理できていないからだ。危ない魔剣だとか呪われたアイテムだとか、そう言うものであれば説明も簡単だったのだが、よりにもよって伝説の聖剣っぽいものを拾ったと説明するのはどう考えても無理がある。
クラ―を身体から出し入れするところを見せた事もあったが……
「おー、どうやってるんだ?今度父さんにはやりかた教えてくれな」
「あら、その剣まだ捨ててなかったの?」
「すごいすごーい!!クレアもそれやりたい!!」
全然ダメだった。
手品か何かだと勘違いしているようで、父さんも母さんも妹もまともに見てくれることがなく、聖剣ごっこは騎士を目指す子供が一度は通る道だからと言って生暖かい視線を送られるだけだった。
『はあ………まあ、寒い中頑張っとるしな……ちょっとくらい面白いもん教えたってもええか……』
不満たらたらの状態でひたすらタイムズテーブルの暗記をしていた俺の頭に、なにやら呆れた感じのクラーの声が響いてきた。
「……面白いもん?」
23の段の掛け算を暗記している手を止めた俺は首を傾げた。
『そんなに寒いんやったら自分で暖めたらええやろ、ってな』
ん?
『正直気乗りせんところもあるんやけど、腕時計計画もええ感じに進んどるし1つ2つご褒美やったってもええかなーって』
何の話をしているんだ?
『ほら、うちに師事する前のルーは何の勉強が好きやったんや?……なんやようわからんクソしょぼい勉強のこと熱くかたっとったやん?』
「………えっと」
カラレスクラーから学問を教授される前まで俺が好きだった勉強と言えば2つだ。
化学や物理学の上澄みをすくってよくわからない思考法によって煮詰められた、今となっては何の興味もない………
「自然学と……」
呼ばれる学問と………
『それと?』
思念を持って事象に干渉する、物理的な力とは別の法則によって行使される……目では捉えることが出来ない世界の裏側にある力の現象を探求する……
「………魔導学…?」
『せや、ちょっとだけ教えたるわ。この世界の人間が魔術と呼んで有難がっとるモンの……その上にあるもんを、な』
こうして俺は寒空の下、新しい力を手に入れる事になった。
 




