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第18話 これで合ってるかどうかわかんないし



 懐中時計を腕に固定する為の革製品

 カラレスクラーが言うところの腕時計は……


「え、はやくない?」


 2日後にヘクター工房に足を運んだら試作品が出来上がっていた。


「別に早かねぇだろ、造り自体は至極単純だからな。2日もありゃ試作品くらいは作れるってもんよ」


 目の前にはウェズの懐中時計を腕に巻いた革製のベルトに固定させて自慢げな表情を浮かべているヘクターさんが、鼻息をふんふん噴き出しながら喋っていた。



 腕時計の話を進める前にとりあえずオリアナに会いに行こうと思ったのだが、工房の前に立っていたエドさんとやらに手招きされるままにヘクター工房の2階に案内されてしまった俺は、否応なくヘクターさんと話す事になってしまった。


 別に話す事に何の問題もないし俺としても『誰かいい感じの人に腕時計のようなものを作って貰おう作戦』を進めるためにヘクターさんとはまだまだ細かな話をしたいと考えていたのだが………


「どうよ?まだ調整しなきゃなんねぇところは多いが、試作品としては十分だろ?」


 あれほど俺を毛嫌いしていたヘクターさんが、目の前で笑顔を浮かべて話している事には酷い違和感がある。


「多分良い感じじゃないですか?」


 今まで一度も出して貰った事のない紅茶まで出してもらったので、俺はそれをごくごく飲みながらヘクターさんの左腕を見て適当に感想を述べた。


「おいおいおい、何だその反応は?ルーカスが持ってきた話だろ?」


「それはまあ……そうなんだけど……ちょっと待ってください!」


「お?おう、それは構わんが……」


 俺はごくごくと飲んでいた美味しい紅茶を一度置いて、ヘクターさんの腕時計を見て考えるふりをしながら言葉を停止した。



 だって俺、腕時計がこれで合ってるかどうかわかんないし!

ある程度のデザインはカラレスクラーから聞いて地面に書いたし、どういう形なのかも大体はわかっているつもりだけど、実物みたことないのに良いも悪いもわかるわけないじゃん………


 感想とか求められても困るんだけど…………で、どうなの?


『ん?そうな、ええんちゃう?試作品言うとるしこんなもんやろ。とりあえず褒めといてええけど、後は作戦通りに話を進めていけばええよ。そこのおっさんがどの程度の人脈持ってるかによって会話パターン分岐するからそこだけ気ぃつけながら話せよ』


(………わかった!)



 脳内会議を終えた俺はヘクターさんが装着している腕時計っぽいやつから目線を外して、会話を進める事にした。


「うん、いい感じですね!たった2日で試作品を作るなんて想像していませんでしたが、やはりヘクターさんに話してみて正解でした!まさに僕の想像通りのモノです!」


 クラ―は褒めろと言っていたから、とりあえず褒める。

 よくわからなくてもとりあえず褒める。


「わはは!そりゃリヒトでうち以上の革細工ギルドはねぇだろうからな、細かな革紐から馬鞍まで何だって作れる一流の工房だ。この程度のモノならすぐに作れるが……」


「流石はリヒト一の革細工師!」


「そりゃまあそうなんだが……逆に言や、この程度のモノを今まで思いつけなかったんだなと思ってな………腕に付ける発想、確かに思いついちまえばモノを作ること自体はそう難しいもんじゃなかった。だがその発想が出てこなかった……懐中時計も持ってないってのに、よく思いついたな?」


「ええ、まあ…………ズボンのポケットから懐中時計を取り出してはわざわざ手にもってそれを確認する姿を見た時に思ったんですよ……どうせ手に持って確認するくらいなら最初から手の周辺に固定しておけばいいんじゃないか、って。そしたら見えて来たんですよ……最近は騎士の方も籠手を着けないですし、畑仕事にしても授業中の先生にしても、街を歩く人は手首に装飾を付けていない───」


「だから、腕に固定しちまえばいいってか。はーー………なるほどなぁ……」


「ええ、まあ」


 全部カラレスクラーが考えた台詞だけどな!!

そんな事を考えながらも俺は表情を崩さない。焦らない怒らない悟らせない、これは立派な騎士になる為の必須条件だとクラーが言っていたからな。


「まだ改良は必要ですが、この方向で製作を重ねていけば腕時計の完成はそう遠くないでしょう。腕に長時間巻くことになるので装着時の不快感を抑えることが基本であるのと、初めのうちは販売のターゲットを貴族や都市貴族といったら上流層の方に絞りたいですね」


「まあ、新しいもんは金持ち連中に売り込むのが一番だし、そりゃ同意見だが……よくそこまで頭が回るな……ホントに8歳か?」


「え?あ、は、8歳ですよ!オリアナの1歳年下です!」


「ふーむ……そうだよな……わかっちゃいるが……」


 ヘクターさんは顎を触りながら首を捻っているが、無視しよう。


 カラレスクラーに作って貰った台詞を使い、練習した会話をパターンに合わせて使い分けているだけなので俺が賢いわけではない。実際、なんとなくしか話している内容はわかっていないし………なんてことを考えながら、俺はコホンと咳ばらいをして口を開く。


「それでですね、ここからはもしよければと言う話なのですが……腕時計の特許を取得される際に、もしよければ僕の名前もヘクターさんの横に添えて貰えないでしょうか?」


 これは出来る事なら、とクラーが言っていた。


 俺はぐちゃぐちゃの設計図やアイデアを提供したが、材料もなく金もなく依頼したわけでもなく……実際に勝手に作ったのはヘクターさんで、目の前にある腕時計はヘクター工房のモノだ。だから、腕時計はこの人のモノだ。


 俺は特許と言うものを知らなかったが、クラーの推測ではどうやらこの世界にも特許と呼ばれるものが既に存在しているとの事だ。俺と同じ情報しか見聞きしていないはずなのに、何処から何をどのように判断しているのかまるでわからないが……聖剣が言うなら多分あるのだろう……特許が。

 これに登録出来ればとりあえず金が手に入るらしいのだが……『昔の特許って結構めちゃくちゃやったからなー……十中八九8歳のガキのアイデアなんて毟り取られる。運が良けりゃ共同開発にもっていけるやろうけど、これは正直どっちでもええわ』との事だった。


 特許を取るのはどっちでもいいが、取れるなら取る、

 だが……


「はあ?何言ってんだ?これはお前が作ったもんだろうが、なんで俺が特許取る話になってんだよ?」


 ヘクターさんは心底呆れた顔で返事をしてきた。



 だが……クラーはこうも言っていた。

『あのおっさんが快く俺に譲ろうとしてきたら必ず断れ。なんとなくあのおっさんの事やら気前よくルーの手柄や!言うて特許なんてお前が取れ言うやろうけど、絶対に断れ。何なら金は全部おっさんにやってもいいから、ルーは名前だけ書いてもらうだけにせえ』


(え、なんで?お金欲しいから腕時計作ってたんじゃないの?)


『それはそうやけど、うちもお前もまだこの世界の事がよくわかってへんからな。仮に特許取って登録したとして、8歳のガキの権利がどの程度まで保障されるんかがまだわからんし。近世中期程度の文明しかないようなクソしょぼい世界の行政の仕事がどの程度の速度で動くんかもようわからん。取得するまでに1年も2年もかかってその間にあっちいってこっちいって移動する手間があるとすれば時間の無駄が過ぎる。今うちらが金儲けする為に欲しいんは実績だけや、金なんてもんは実績と肩書さえあれば無限に増やせるから心配すんな』

みたいなことを言っていた。非常に面倒くさい。



「……なるほど。わかりました……でも、僕はオリアナの髪飾りを見なければ腕時計に気付くことができなかったです。ですから……腕時計に関しては共同権利と言う事にしていただけないでしょうか。それに、僕はまだ8歳なのであまりややこしい話になってしまうと1人で対処できない可能性があります。ヘクターさんの……ヘクター工房さんのお力があればそう言った手間も省けるのではないか、という打算もあります」


 特許には名前だけ載せてくれればいい。

 それ以上のものは今は要らない、これでいいんだよな……。



「────………メイソン程度の力じゃどうにもなんねぇこともあるしな……ケツ持ちがいないと話が拗れる、か……お前………何処まで考えてやがる?本当に1人で動いてんのか?」


 ヘクターさんはあからさまに俺を怪しんでいるが……


「もちろん……1人ですよ。父さんも母さんもこういった話にはあまり興味が無いですし、友達もまだ難しい事はわからないようなので。まさかオリアナのお父さんが優秀な革細工師だとは思いもしませんでしたが、ヘクターさんが話のわかる方で本当によかったです」


 俺は笑顔を崩さずに話を続けるだけだ。


「───わかった。ややこしい話は俺の方で動くし、ウェズさんにも話を通しといてやるよ」


「ありがとうございます!!」


「その代わり、面白そうな話は今後もまずうちの工房かウェズさんの所に持ってこい。間違っても商人ギルドや魔術ギルドの連中に目ぇ付けられるような事はすんなよ。…………こいつぁとんでもねぇ拾いもんかもしれねぇ」


「あ、はい!なんですか?」


 『誰かいい感じの人に腕時計のようなものを作って貰おう作戦』が無事に最終段階に移行した事で嬉しくなってしまったしまった俺は、ちょっと話を聞き逃してしまった。失敗失敗。



「いやなんでもねぇ……とりあえずルーカスは鍛冶ギルド傘下の組織で動く様にしてくれ、特許やらの話は確かにちょっとややこしいからな。ウェズさんと相談して対応を決める。何か面白い事を思いついたとしてもくれぐれも商人ギルドや魔術ギルドには関わらねぇようにな……話が拗れるのは望む所じゃねぇだろ?」


「それはもちろん!」


 話が良い感じにまとまったので、紅茶を自分でお代わりしてごくごくのんだ。ちょっと冷めていたけど、美味しい。


「あー……じゃあ、早速ちょいとウェズさん所に行ってくるから……まあ、リアと遊ぶんなら遅くならん程度にな。部屋は余ってるからな遅くなったらなったで泊まっていきゃいいが──とりあえず、ルーカスなら文句はねぇよ」


 椅子からゆっくりと立ち上がったヘクターさんはつるつるの頭をぽりぽりとかきながら、初めてオリアナと遊ぶことを肯定してくれた。


「わかりました!じゃあ俺はオリアナと遊んできます!」


 ヘクターさんにはなんだか嫌われていたような気がしていたが、ここ数日で一気に態度が軟化したように思う。

 オリアナと手を繋いでいると睨んできたし、ベッドの上で髪飾り付けてあげてただけで怒ったり、寒いからくっついて勉強してたら離れろって文句言ってくるし、一体何をそんなに怒っていたのがわからなかったが………そんなヘクターさんもようやく丸くなってくれたようだ。


『まあ………その辺のことは自分で勉強したらええよ……』


 

 ヘクター工房から出た俺はオリアナの家を訪ねて、陽が傾くまでお話をした。


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