表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/30

第17話 まずは小さなことから


 

 面倒そうな態度を崩すことなく俺の話を聞いていたヘクターさんは、ようやく本題に突入したことで目に見えて態度が変わった。



「何を考えているもなにも、最初に言ったではありませんか。新しい革製品の話をしたい、と。」


 訝しむように興味深そうな表情を浮かべたヘクターさんを前に、俺は冷静を装って言葉をそっと置く。喜ぶのも怖がるのもなしだ。



 回りくどい質問を投げ続けたのは全てこの瞬間の為にあった。

最初から馬鹿正直に腕時計の話をしようとしても真面目に聞いて貰えない可能性があった。これはヘクターさんが工房を構える親方であり、俺がそこら辺にいるただの子供である限りどうしようもないことだ。金もない子供に商談を持ちかけられて誰が耳を傾けると言うのか……中には物好きな人もいるだろうが、本当に稀だ。

 

 人は人を見ない。

人は自分の目の前にいる人を見て会話をしない。容姿、出自、肩書、実績など目の前に居る人間が身に纏っているステータスを見る。そして現時点の俺は、リヒトの街に着任している貧乏な騎士家の8歳の長男だ。……それだけだ。優れた容姿があるわけでもなければ、立派な出自と言うわけでもなく、これまでに何かを成し遂げたという実績もない、オリアナの友達のただのルーカスだ。


『さて、誰が真面目に話を聞いてくれるやろな』


 普通の会話ならいざ知らず、仕事についての話を何故子供から聞かなければならないのか。徒弟の中には親方の子供の世話を任される人もいるが、親方は職人や徒弟の面倒を見る事はあっても見ず知らずの子供の面倒まで見るほど暇ではない。


『新製品の話なんてもんは職人や才能ある徒弟の口から何度も提案されているやろし、なんでそこらへん歩いとる素人のガキに口出しされなアカンねん』


 だから俺の話は真面目には聞いて貰えない。


『せやけど、ルーやなくて腕の良い職人の話やったら耳を傾ける事もあるやろし、ましてやそれが自分の言葉やとしたら簡単には無視できん。人は自分を肯定したがるからな、言うてしもたら最後……自分の言葉に振り回される。』


 そして俺は、ヘクターさんの口からいくつかの言葉を引き出した。

この1カ月、俺はクラーとずっと会話の練習をしていた。どうすれば新製品の話を真面目に聞いて貰えるか、どのように言えば耳を傾けるか、どのタイミングで本題を切り出せば無視できない威力を発揮するか、クラーを相手に何回も何回も何回も商談の練習をした。


『腕時計の話に入る前に、まずイメージを植え付けるんや。頭の中に懐中時計を使っとる自分をイメージさせて……不便な状況をイメージさせて……でも、それはどうしようもない事なんやと。懐中時計はそう言うもんやから仕方ないんや、と強くイメージさせてそれを本人の口から吐き出させる。機嫌悪くしてもいいし、話切られん程度に怒らせてもええ、ほんまは上手い事流れで話せたらええんやけど今のルーやと質問形式で乗り切るしかない』


 本題に入る前に頭の中に強力なイメージを植え付ける。

今ある懐中時計とその使い方のイメージを明確にする。そして、いくつかの状況を思い浮かべて貰った上でヘクターさん本人に納得させる。


『ここまで来たら勝ちや。あのおっさんが作ったイメージに、おっさんが自分自身で言うた言葉をぶつけるだけでええ。自分の口から出た言葉は無視できへん。それも直前に口にした言葉の場合は、どんだけ頭の良い奴でも人はそれを無視出来んのや。結果……』


 



「そうだな……ちょっと聞かせてみろ」


 目の前に座ったヘクターさんは自分から受け入れる。


 先程までは明らかに適当に話を聞いて済ませようとしていたヘクターさんは、ついに自分から俺の話を聞く気になる。自身が知っている懐中時計、どうしようもないと受け入れた先ほどの質問の状況、それを上回る何かが目の前にぶら下がっているのだ。職人なら間違いなく──


『職人なら間違いなく興味を抱かずにはいられんし、それでも子供の話やからって聞かん奴やったら早々に切った方がええ。創作意欲の低い職人は正直興味ないねん、こちとら金もなしに製品の提案するわけやからな。金なんかいらんけど、作ってみたい!って思う様なアホやないとそもそもこの話は成立せんねや』



 そして今、全てがカラレスクラーの言う通りになった。

 

 


「わかりました。それでは話を進めますね」


 そしてここからは戦いの第二段階、プレゼンテーションに突入するわけだが……


「懐中時計で時間を確認する際は足を止め、作業を止め、片手にもつ必要がありますよね」


「そりゃな、リヒトの街にも王都のような馬鹿でかい時計塔がありゃ話はかわるが……時計が周囲に無い場合はこうやって………確認するしかねぇ、家の中なら時計も設置してあるが外で仕事するときはどうしたって動きが止まる」


「ほんの一瞬、時間を確認するためだけの為に足を止めて、片手は懐中時計に塞がる。時間を確認する一瞬の為にそれ以上の時間を浪費するなんて……先ほどヘクターさんも言っていましたが時間は戻ってこないし、タダではないのだから勿体ないですよね」


 プレゼンテーションは前段階の質問誘導よりも遥かに簡単だ。相手が真面目に話を聞く段階に入ったら勝利が確定する、とクラーは言っていたので、後は練習通りに腕時計の話をするだけでいい。


「続けろ」


 ヘクターさんは黙って話を聞いてくれるようになった。

 さっきまであった無関心な様子も、苛立ちも何もなく、純粋に話を聞いてくれるようになった。


「だから、僕は考えたんです。せっかく懐中時計と言う時間を持ち歩いているのであれば、もっと気軽にそれが確認できないのか、と……」


 もちろん、腕時計を考えたのは俺ではないし、懐中時計を持っていない俺には正直なところ腕時計がどの程度優れているものなのか理解が出来ない。俺がまだ時間に追われるような生活をしていないからかもしれないが……それでもクラーはとても自信満々だったから、俺も腕時計とやらの可能性を信じてみる事にした。


「そして考えた結果……」


 言いながら俺はそっと右手を持ち上げて、左手で右の手首をトントンと叩いた。


「懐中時計を腕に巻き付ける革製のベルトがあればいいなって。わざわざズボンから取り出すようなことをしなくて……どうせ空いているのであれば腕に固定する装身具を作ってしまえばいいんじゃないかと考えたんです」


 今ある当たり前を、ほんの少し塗り替える。


 売り込もうと思えば今俺が教わっている蒸気機関というとんでもない機構の方が高く売れそうだし、ちょろっとだけ聞いたライフリングと呼ばれる技術の方が全然やばそうだが……クラーはまだ駄目だと言っていた。

 急激な技術改革は世界を歪に捻じ曲げてしまうからまずは小さなことからやれと、本格的な世界変革は俺がこの世界での明確な力を手にしてからにしろ、と言われた。



「……それは……いや……なるほど……」


 俺の言葉を聞いたヘクターさんは一瞬だけ目を見開いたが、その後はうんうんと頷きながら一人で何やら納得し始めた。


「懐中時計は装飾品としても非常に高い価値を持っていると……その、ウェズがヘクターさんに作った懐中時計もそうですが、どれも綺麗で美しいと感じます。だから──」


「──目に見える位置に、って事か」


「はい。一部貴族の方々や上流階級の方々であれば、晩餐会や舞踏会で宝飾が施された懐中時計を見せびらかしたいと考える方もいるでしょうし──」


「バングルやブレスレットような、懐中時計を付帯した全く新しい装身具を作ってしまえばいいんじゃねぇか、って考えたわけか!?」


「はい!」


 ヘクターさんの声が突然でかくなったからびっくりした。

 びっくりしたけど、それは表情や態度には絶対に出さない。

 この場の主導権が俺にあると演じ続けなければならないのだ。


「……いや……いや……」


 手で口元を抑えたヘクターさんは何やらぶつぶつと呟きながら、テーブルに置かれた懐中時計と向かい側に座る俺の間で何度も視線を行き来させていた。


「どうですか?一応簡単な設計図であれば頭の中にあ───」


「紙とペンは用意するからちょっと描いてみてくれないか」


「あ、はい」


 めっちゃ食い気味に声が飛んできて、またちょっとびっくりしてしまった。



 そうしてヘクターさんから渡された紙とペンを受け取った俺は、クラーに怒鳴られながら地面に書いて練習した設計図を黙々と描き始めた。ヘクターさんがすぐ側で腕を組みながらガン見しているが、絵は得意なので大丈夫だ!


『お疲れさん、そこのおっさんは見た目の割にそこそこ頭が回るようやし、もううちらの勝ちやで』


(そうなの?)


『そそ、腕に付ける事でのメリットを細かく説明せんでも理解しとる顔や。実際に懐中時計使っとる人間やからその辺の事がわかりやすかったんかもな』


(ふーん……)


 

 最後に猫の絵を隅っこに描いて、ヘクターさんに設計図を渡した。



 その後も話は長々と続いたが、クラーの言う通りもう俺が何を言うでもなく勝手に設計図の清書をしたり、他に誰に話をしたのかとか、他に何かないのかとか、今日は家に泊まって行けとか、やいのやいのと言われたが……父さんにも母さんにも何も言ってないので俺は普通に家に帰ることにした。

 詳しい話はまた後日と言う事になり、少し時間が遅くなってしまったと言う事で家まで馬で送って貰えた。オリアナの家から俺の家までは少し遠いので運がよかった。


 昼前にオリアナの家に遊びに来たはずなのに、外はすっかり夕暮れに染まっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
目を通してくださりありがとうございます!
もし気に入ってくだされば評価いただけると嬉しいです!
他の作品も目を通していただければとても嬉しいです!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ