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第15話 カードは揃った



「………なんだ、改まって。リアの事なら──」


「いえ、オリアナの事ではないです!」


 今俺の目の前には工房を構える一流の革細工師がいて、次の段階に移るために必要だとカラレスクラーが言っていた時計技師はすぐ近くにいた。それも、懐中時計の発明者というとびきりの時計技師だ!


『ここまで運の良い戦いはそうそうあらへんが…………よう考えて話せ、会話の組み立ては教えたった。練習も何回も付き合ったった…………いけるな?』


(いける!)



「……話したい事はオリアナの事ではなく……新しい革製品についてです」


 大人との真面目な会話。

なんの実績もない現時点での俺の言葉などまともに取り合ってくれる大人の方が少ないだろう、とクラーは言っていた。


 それでも、聞いて貰えるタイミングが何処かにある。

例えばそれは食事を共にする時であったり、例えばそれは自分の子供からのお願いであったりするわけだが………俺とヘクターさんは食事を共にした事もないし、オリアナを通して何とか話そうとしたものの一向にその機会に恵まれなかった。



「何を言うかと思えば、遊びならリアと──」


 だが、ウェズと言う共通の知人の話題を獲得した事で、俺とヘクターさんには会話をする機会が生まれた。これは今後も継続して使える武器になり得るかもしれないが……


『無理やな。今日このタイミングを逃したらウェズの知り合いっちゅう会話のカードは使えんくなる。適当にウェズ関係で理由つけて強引に話す事も出来るやろうけど、そこのおっさんからの心象は最悪やろな』


 つまり、今しかない。

 会話のカードは揃った……いける……!!



「いえ、遊びではなくヘクターさんに聞いて欲しい事があります。少しでいいので耳を傾けてを貰えないでしょうか」


 話し方はクラーと何度となく練習したが、話す内容は相手の出方で変わる。練習はしたと言っても、結局は臨機応変に対応しなきゃならない。


 ウェズのカードを上手に使うんだ………


「あのなぁ………いくらルーカスがウェズさんと仲が良いからって子供の話にいちいち構ってやるほどこっちも暇じゃねぇんだよ。リアとの遊びなら別にもう怒ったりしねぇし、勝手に遊んでろ。………ほら、話は終わったから帰った帰った」


 子供の言葉など聞く耳持たずと言う様子のヘクターさんが、そのまま椅子から腰を持ち上げて話を終わらせに来たがそうはいかない……!


 俺はつい先程入手した最強のカードを使う事にした。



「僕は構いませんが………またウェズに言われてしまいますよ?………いつから人様の言葉聞かなくてもいい身分になったのか、て」



 俺が先程入手したこれは最強のカードだろう。

これを使えば絶対に話を聞いて貰えるであろう反則のカードだが…………しかし、使えるのは一度だけだ。

 何度もこのカードを使って会話をしようものなら、俺とヘクターさんの関係は完全に冷めるだろう。ウェズを盾に好き勝手我儘を言う子供、と言う評価は避けられない。


 だから、一度だけだ。2回目以降も話を聞いて貰えるかどうかは、1回目の話を成功させられるかどうかに掛かっている。



「ほう……………この俺を前に言うじゃねぇか、坊主……」


 これは話を聞かなければウェズに泣きつくぞ、と言う脅しだ。

 ヘクターさんにとって気分の良い話ではないだろう。


「どうしますか?僕の話、聞いてみませんか?」



 とにかく、俺はお金が欲しい。

1日でも早くたくさんのお金を手に入れて、農地改革を進め、本を集めて世界の知識を吸収して、立派な騎士になりたいのだ。


 カラレスクラーは膨大な知識を保有しているが、それは神様が与えてくれた知識であり、1000年以上の昔に勇者グレイブロンと積み重ねたものだ。

 今のこの世界の話なんて知らないし、どう言う国があってどのような研究が世界各地で行われているかなど知らない、と言っていた。クラーは神様の世界の歴史や俺が見聞きした情報しかわからないので、俺は1つでも多くの知識をクラーに蓄積したいと考えている。


 その為には本が一番手っ取り早いし、立派な騎士になって偉い貴族様から話を聞くのもいいのだが、本を買うにしても立派な騎士になるにもお金がいる。頭も良くないといけないし、実績もいる。


 勉強はまだまだ始まったばかりで、覚える事が多いからちょっとずつ頑張るしかないので………まずはお金と実績を積み上げる事にした。



「……ま、いいだろう。………くだらねぇ話ならすぐに切るが構わんよな?」


 椅子から腰を上げたヘクターさんはそう言うと、軽く俺を睨みながら再び椅子に座り直した。


「それはもちろんです。ですが、話を聞くだけならタダなんですから、ヘクターさんは何も損をしないですよ」


「こうやって話を聞いてやってる時間は戻ってこねぇしタダじゃねぇだろうが。何も損をしない上手い話……なんてのは、あくどい商人しか口にしねぇ台詞だ」


『おー、ごっつい見た目の割に口が回りおるな。せやけど……』


「確かにヘクターさんの言う通りです………過ぎた時間は戻って来ないです。時間とはとても大切なものだと、僕も考えています」


 このパターンは既にクラーと練習済みだ。

口の回る人、頭のキレる人なら必ず突っ込んで来るだろう、とクラーは言っていた。ヘクターさんは俺の発言を突いたつもりだろうが、俺の言葉に上手に乗っかって来てくれただけに過ぎない。………主導権はこちらにある。



「ああ……そうだが、何が言いたい?早く話せ」


「時間の大切さを理解している、と言うことは当然ながら懐中時計も大切にしていますよね?」


「そりゃな………特にこれは俺がマスターになった時にウェズさんが作ってくれたもんだからな」


 ヘクターさんは自慢するように、スボンのポケットに仕舞った懐中時計をもう一度ごそごそと取り出して俺に見せてくれた。


「それ程に大切なものなら、やっぱり汚れた手で触りたくは無いですよね?」


「あぁ?当たり前だろ」


「じゃあもし手が汚れている時に時間が知りたくなったらどうするんですか?懐中時計を取り出すんですか?それとも時間は確認しないんですか?」


「……何の話をしたいのかわからんが」


「答えてください、大事な事です」


 会話を誘導し、望む答えを相手に言わせる。

それが真実心から思っていた事であろうと無かろうと、人は自分が口にした言葉であれば勝手に肯定するようになっている、とクラーは言っていた。


「……そうだな、周りに時計もなくて誰もいないないってんなら、仕方ないから適当に服で汚れを拭いてから取り出すな。時計ってのは結構精密な造りしてっから、あんまり雑には扱わんな」


「では服は汚れてもいいんですか?」


「そりゃ、懐中時計を汚すくらいなら手を拭くくらいどうってことねぇよ」


「例えその服が貴族様が身に纏うような高価なものであっても、汚れを服で落としますか?」


「だーーうるせぇな!さっきからなんなんだよ?言いたい事はさっさと言えやルーカス!」


 俺にはまだ上手な会話誘導の技術がないので、まずはクラーと練習した通りにチクチクとした質問を細々と投げかけるくらいしか出来ない。

 質問攻めというのは人によってはとてもイライラする事なので、会話術ももっと練習しなければならない………が、



「大事な事です!答えてください!」


 今の俺にはこの方法しか出来ないのだから仕方ない。流れるような会話の組み立てと言うの大変に難しいのだ。


「………ったく、なんなんだよ…………………ま、そうだな………貴族が着てるような高い服なら流石に手は拭かねぇよ、直しが利かないような服もあるだろうからな」


「では、時間を確認するのは諦めると言う事でいいですか?」


「ん?ああ、そいうや時間が知りたい時の話だったか……………はぁ…………さてな、そんな状況に陥った事がないもんでな。どうするかは正直その時にならんとわかんねぇな」

 

「時間を確認しなければオリアナが命を落としてしまう、と言う条件だったら?」


「……………いい加減にしろよルーカス………そりゃ服の汚れも懐中時計の汚れも気にせずそのまま時間見るに決まってんどろうが?」


 おお、コワイイ……


 オリアナの死を仮定した事に怒ったのか、ヘクターさんはこめかみの血管をピクピクさせていた。このままでは殺されそうだが…………欲しかった言葉は貰えた。


 ようやく次に進める。



「ありがとうございます!質問はこれで終わりです!」


「………何の話がしたかったのかまるでわからねぇが…………今後は二度とくだらねぇ事で話かけんなよ」


 完全に不機嫌になってしまったが、本当に大丈夫なんたろうか……クラーは問題ないと言っていたが……不安だ。


『問題ないない、たった今このおっさんが自分で言うたやろ。懐中時計は汚したないし、服も汚したないーって。そこのおっさんが想像絶するアホやない限り……確実に話が進む』



「わかりました…………では、新しい革製品の話をしましょう」


 不安はあるが、頭の中に響いたクラー美しい声に後押しされた俺は、話を振り出しに戻した。



「はぁ???お前──」


 そして、何言ってんだこいつと言わんばかりの表情を浮かべたヘクターさんが何やら言おうとしてきたが、その言葉を遮った俺は……



「たとえ手が汚れていても、その手の汚れを衣服で拭く必要がなく、今よりも更に手軽に時間が確認出来るようになる新しい時計の形・・・・・・・についての話なんですが………もしかして、興味ありませんか?」



 いよいよ、本題に入る事にした。




「────お前…………何を考えてやがる?」




 怒りの表情は一変

 ヘクターさんの瞳は好奇心の一色に塗り替えられていた。


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