第13話 悪い事はしません!
とても歓迎しているようには見えない笑顔が目の前にあった。
ブルメリヒ家に仕え、リヒトの街の騎士として日々鍛錬や畑仕事に勤しんでいる我が父よりも、どう見ても目の前に居るオリアナの父親の方が強そうだった。
『おー……なんやものごっつ機嫌悪そうやけど、なんでやろ?何もせんでも第一印象悪くできたんやったら好都合やけど、機嫌悪い原因もわからんと劇的なゲイン効果も得られへんしなー』
頭の中で何やら喋っているカラレスクラーよりもまずは……
「初めまして!ルーカスと言います!」
とりあえずは挨拶だ。
オリアナに言った手前、挨拶はするが……
「おぉ、お前さんがルーカスか。話は何度か聞いているが……いつもうちの娘が世話になってるようだな……おっとこりゃいけねぇ、俺はヘクターだ。ヘクター工房の代表だが、そんくらいわかってるよな?リアに変なちょっかい出してるようだが……よーく考えろよルーカスよぉ……?」
目の前で凶悪な笑顔を浮かべるヘクターさんと仲良くなることは出来るだろうか……
「もちろんです!あの……いつもオリアナからはどのようなお話を?」
しかし、折角こうして接触出来たのだからまずは会話だ。
会話を重ねる以外にその人を深く知る方法はない。今でこそ学校で顔を合わせる人の事は大体わかるようになったが、人も世の中も話さなければ何もわからないし話せば大体の事がわかるようになっている。この一見怖そうなヘクターさんとも会話を重ねればそのうち仲良くなれるだろう。
「学校に行けばいつも話をしてくれて、髪飾りを可愛いと褒──」
「いっ!今はその話はいいよお父さん!」
今まさに目の前のコワイイ人との会話に花を咲かせようとしたのだが、何やらオリアナに中断させられてしまった。
「おおっと、そうか?まあ、お前さんの話はちょくちょく聞いてるが、別に悪い話じゃねぇよ……だがわかってんだろうな……リアにちょっとでも手ぇ出してみろ……」
「挨拶も済んだしルーはお部屋いこ!」
そう言って俺とヘクターさんの会話に割って入ってきたオリアナは、そのまま俺の手を引っ張って来た道を引き返し始めた。
「あっ……と、わ、わかったよ!いくいく!」
「おう、ルーカス!俺は今仕事中だから行けねぇが、部屋で悪さすんじゃねぇぞ!」
そうしてオリアナに手を引かれていると、背後からヘクターさんの声が飛んできた。
「え?あ、はい!悪い事はしません!オリアナを見るだけなので!」
俺は騎士の息子だ。悪事には手を染めない!
『……多分そう言う事や無いと思うで』
「もうお父さん黙っててよ!」
オリアナが少しだけ大きな声を出したかと思うと、俺はそのまま工房のすぐ隣の家まで凄い勢いで引きずられていった。オリアナは思ったよりも力があった。
◇ ◇ ◇
オリアナに引きずられるようにして家に入ると、母親は仕事で昼間は出ているらしく家には女中さんが1人いて何やら家事をしていたが、挨拶もそこそこにオリアナの部屋に案内された。
外から見てわかっていた事とはいえ、やはりオリアナの家は俺の家よりも全然余裕でとても大きかった。そもそもうちには家政婦やら女中を雇うほどのお金はない………うちって騎士爵とは言え貴族だよな?あれ?
「どうかな?」
そして、部屋に入るとすぐにオリアナの髪飾り披露が始まった。
「なるほどなるほど……」
学校では人目も多かったからあまりじっくりと見る事が出来なかった俺は、2人きりと言う事もあってまじまじと観察することにした。
「ち、近いね」
「あ、ごめん!!」
オリアナの後ろに回って髪飾りを観察しているうちに、いつの間にか目と鼻の先まで近づいていた。どういう造りになっているのか気になってしまい、ついつい集中して観察してしまった。
「ううん……もっと近くでみてもいいし触ってもいいよ」
「いいのか!ほえー……こういう感じになってるのかー」
皮を器用に切って形を整えて、穴をあけて紐を通す。紐を縛ると皮がくるりと回って髪を纏める。
『ええな、街中におる大雑把な製靴用の革とは違う完璧な革細工師の仕事や。やっぱ当たりやで、この嬢ちゃんのオトン』
(クラーが欲しがってる技術は十分って事だな?)
『せやな。注文すれば問題なく作ってくれるはずやが……うちらは注文する金すらあらへんからな。嬢ちゃんのオトンを上手にその気にさせて、うちが言うもんを作ってみたいと思わせなアカンわけやが……そればっかりはルーの話次第や』
(緊張してきた……ちゃんとその気に出来るかな……)
『見た目はえらいごっついおっさんやったけど、端材で娘の髪飾り作るようなおっさんでもあるからな。別に難しいもんつくるわけやないし、そんなに緊張せんでも簡単にいける思うで』
(そもそもの問題……それって本当にお金になるんだろうな?)
『間違いなくなるやろな……時間っちゅう概念に縛られるようにして生きるようになって、人口が増えて……銃が発展した世界では自然と流行るようになるんや』
(ふーん……あんまり大した事ないような気もするけどなぁ……)
「あ、あの、ルー……ちょっとくすぐった」
「うわっととと!」
クラ―との会話に集中していた俺は、ずっとオリアナの髪を触ってわしゃわしゃしていた。しまった……だから誰かと会話してる最中は話しかけて来るなって言ってるのに!……クラ―は普通の会話と違って直接頭の中に入り込んで来るから、頑張らないと目の前の他の人への集中が削がれてしまう。
「ごめん!あの、えっと、オリアナがあんまりにも綺麗だったから!」
慌てて距離を取った俺は急いで謝罪をして、とりあえず褒める事にした。褒めていれば大体世の中上手くいくとクラーも言っていたので間違っていないはずだ。
『いや言うたけども……知らんでマジで……』
「そっか、ふふふ」
良かった、オリアナは笑っている。
ヘクターさんと仲良くなる前に彼女に嫌われてしまうような事になったらクラーの計画も全てダメになってしまうからな……気を付けないと……
「んん………でも、ほんと凄いね。」
「ん?なにが?」
「ほら、ヘクターさんって親方さんなんでしょ?」
「あ、うん、そうだね」
てっきり職人くらいの人だと思っていたが、まさか工房を構える親方だったとは思わなかった。
ギルドには親方、職人、徒弟という大雑把な身分があるわけだが……ヘクターさんは見た感じから年齢はわからないが、どちらにしてもそれほど年を取っているようにも見えなかった。にもかかわらず、大きな工房を構える親方になっているのだから大したものだ。
「やっぱり凄く腕のいい革細工師さんなの?」
「え?うーん……どうなんだろう……私、革細工の事あんまり詳しくなくって……」
「そっかー……でもまあ親方さんだし、オリアナの髪飾り作ってくれたのもヘクターさんでしょ?」
「うんうん!私は金物がいいって言ったんだけど……そういうのはもう少し大きくなってからって……でも良かったかも……革の髪飾りで」
「そうなの?」
「うん。だって、ルーが興味もってくれたから……えへへ」
「そっか!俺も良かった!」
おかげでオリアナの親が優秀な革細工師じゃないかと見当をつけることが出来たからな!革の髪飾り様様だ。
『お前マジか……』
(ん?)
「じゃあ他のも付けてみるね、ルーも手伝ってね」
「わかった!」
その後オリアナの持っている髪飾りを次々に付けたり外したりしながら、しばらく会話が続いた。
 




