6話:戦闘訓練②
「さて、数年ぶりにまともな食事もとれた事だし、エネルギーが尽きない内に反省会を始めるとしよう。」
「待て、お前ら数年単位であんな飯」
「あなたが最後に行った防御。あれは防御と言うより、去なしに近い動きでしたね。」
聞き捨てならない事実が聞こえた気がして割って入るが、どうやらそんな雰囲気ではない。俺が間違っているのか?いや、間違っているはずがない。おかしいのはコイツらだ。
「…、……あぁ、そうだ。重い攻撃を正面から受けるのは賢くねェ。スムーズにカウンター狙うなら、攻撃の軌道を変えれりゃ充分だと思ってな。」
癪だが相手に合わせて話を進める。この数日間打ち合って、肥大化した筋肉から繰り出される一撃は、到底余裕を持って防ぎきれる重さではないことを理解した。他の個体は知らないが、少なくとも身体が成熟しきっていないシーの攻撃ですら強烈。もし大型のウルドックスを相手取る事があれば、受け止める事すら叶わないかもしれない。
「正直俺には、防御が得策だとは思えねェ。受け流すか、いっそ回避した方がずっと効果的なんじゃねえのか。完全な防御型となると、全身を鋼にするしかなくなるぜ。」
「全身機械化か。キミがそれを許すのであれば是非試してみたいものだね。」
「おい、今のは冗談――。」
「分かっているよ。しかし、そうか。受け流すという手もあったか。反射神経を鍛える為の課題だったが、ふむ。思わぬ収穫だったな。シー君、少し方向性を修正する必要がありそうだよ。」
「分かりました。今後は、回避に加え受け流しにも重きを置いて行こうと思います。そうなると、こちらの攻撃の種類は増やすべきでしょうか。回避だけならそれも考えられましたが、受け流しとなると…難易度は更に上がります。」
「増やしていこう。ジャックス君は実戦の土壇場で活路を見出す力を持っている。当初の見立て通り、より厳しい条件下で課題を出した方が効果がありそうだ。」
「ではバリエーションを増やしていきましょう。残りの腕もそろそろ持て余していた所でしたからね。」
「腕って…そりゃいきなりハードル上がりすぎじゃねェか?」
この二人の特徴としては、少し油断するとすぐ置いていこうとする所だ。防御からのカウンターという第一目標の本来の目的だとか、最初からそれを説明しろだとか、言及したい事は幾つかあるがどうせ糠に釘なのだろう。
それよりも、シーがこれまで使って来なかった残り二本の腕も今後使うとなると、訓練の難易度は格段に跳ね上がる。今日の攻撃ですら、受け流せたのは半ばまぐれのようなものだ。
「正直な所、今日の動きを毎度できるとは思わねェ。そんな状態で手数が増えるだと?身体が幾つあっても足りねえぞ。」
「キミは何か勘違いをしていないか?私達が行っているのはクラブサークルの甘ったるい練習会じゃないんだよ。キミをどれだけ早く、どれだけ完成度を上げるか。その為の訓練だ。可不可の問題では無い。それが叶わなければ、死ぬだけだ。私達共々な。死にたくなければ、死ぬ思いでクリアしたまえ。なに、シー君だって殺しにかかる訳ではないさ。少なくとも、ここで死ぬ事は無いはずだよ。」
「な…」
なんでもないような、まるで当たり前だろうと言わんばかりの顔でドクターが答える。こんな、道理を無視した理論を。
無茶苦茶だ。無茶苦茶過ぎる。歴史の暴君ですら、まだまともな事を言うぞ。
硬直するジャックスにドクターがニヤリと笑みを向ける。その顔を止めろ、その顔を見た後にロクな話を聞いた事がない。
「まあ、しかし私も鬼ではない。ここで一つ、課題達成の為の手助けをしてあげよう。ほら、残業だ。訓練場へ行くぞ。」
「え、もうアレを使うんですか?」
「彼の成長が思っていたより早かったからね、これはほんのご褒美さ。」
だから、置いていくな。話に。俺は当事者の筈だぞ。
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「さて、キミにはまだ言っていなかったが、キミにはまだ解放できる機能がある。本来はもう少し進んでから説明する予定だったが、キミの成長を見るに前倒しして問題無いと判断した。この機能が今後の活路を切り開くカギとなる事を祈るよ。」
「どうでもいいが、説明されてねェ事が多過ぎるだろ。俺は当事者だぞ。他に何か隠してんだったら言え。」
「断る。」
「なんでだ!!!」
「諦めて下さい。ドクターの性格はもう分かっているでしょう。」
思わず頭を掻き毟る。秘密主義なのかただのひねくれ者なのか。恐らく両方だろうが、せめて自分の事は全て理解していたい。どんな魂胆があって情報を小出ししてくるのか。問い質したいが時間の無駄だろう。今のジャックスにとって、一分一秒が惜しい。
「まず、キミの義体で使える呪文をおさらいしよう。点火のラ・スーロ。加速のグラーヴァ。そして阻害のメル・オーだ。ここまでは良いね?」
魔技術と言うものはあまり融通が効かないらしく、一度発動すると反転呪文を使わない限り発動し続けるらしい。義体を動かすための呪文も例外ではなく、「点火」のラ・スーロ、「加速」のグラーヴァを使った後は、毎度「阻害」の意味を持つメル・オーの呪文を詠唱しなくてはならない。
「前も言ったように、魔技術は触媒と呪文で成り立っている。それで義体の研究時に思ったのだよ。触媒さえあればあらゆる呪文を使えるのではないか?とね。しかし残念、そう都合の良いものでは無いらしく、触媒と呪文には親和性といったものが必要らしい。」
触媒関係なく呪文を使えたら、それこそ何でもありだ。言ってしまえば、対象を死に至らせる呪文でもあれば、このマルドックス退治も話が早くなる。
もっとも、この制約が無かった場合、とっくにこの世界は滅んでしまっているのだろうけど。
「研究は困難を極めたよ。今使っている呪文も、手探りで探し当てたようなものさ。如何せん、魔技術に関しては情報が非常に少なくてね。文献にだってろくに残っていないんだ。全く、それまでの過程でどれほどの義体のサンプルが犠牲になったと思う?思い出すだけで頭が痛くなるよ。」
金が無いのは主にその研究が原因になっているのだろうか。
「アンタの苦労話なんざどうでも良いが、つまり何が言いたい?」
「せっかちだね。まあ、キミに4つ目の呪文を教えてあげよう、という話さ。数多の犠牲の上で見つかったものだ。ありがたく思いたまえ。」
唾を飲む。知っている呪文は言わば義体起動呪文だ。戦闘用に義体を準備させるものに過ぎない。それに加えられる呪文、となるとーー。
「は、決め手や奥の手みてェなもんか?」
「そんな所だ。呪文はグラングライヴァ。『韋駄天』という意味さ。グラーヴァと同じく、脚に使う呪文だ。効果は、超加速のようなものかな。とにかく、使って見ると良い。ああ、その前に起動を忘れないように。」
「加速…か…。」
グラーヴァで脚を起動し、いつも通り発光が始まる。ようやくこの感覚に慣れてきた所であったが、これまで以上速さになると言う事だろうか。
決め手にしては地味だと言うのが正直な感想だが、使えるものは全部使わねばなるまい。
「グラン、グライヴァ…」
閃光――。それと共に青緑の光が変化を見せる。徐々に光は鋭く、鋭く、稲妻の様に洗練され、その稲妻は炎の様に赤く染まる。
溢れ出すエネルギー。間違いなく、これまでの出力とは桁違い。この力で以て走ろうものならーー。
そう、脚に力を込めた瞬間、ジャックスの影が虚空に消える。
刹那の後、訓練場の壁が一区画崩落する。その中に、辛うじて壁に脚を埋めて九死に一生を得たジャックスの姿があった。
思い出したようにソニックブームが発生し、散らばったゴミや破片が吹き飛ばされる。ビリビリと肌を押しつぶす感覚と破片がジャックスを襲う。
目の前に広がる光景に言葉を失う。そして何より、受け身も無しに壁にぶつかっていた場合、ミンチになっていたという確信がじわじわとジャックスをゾッとさせる。
「……は、こん、こんな…、どうしろって…」
尚も赤く赤く輝く脚。今はこの脚が悪魔のように見える。このまま起動しておく事に恐怖を覚え、阻害呪文、メル・オーを唱える。
輝きが収まると同時に身体を固定していた力も失われ、壁からはみ出した上体が重力に従いだらりと落ちる。
「これはこれは、思っていた以上の出力だね。充分脅威となりうるじゃないか。面白くなってきたね。やはり彼は、動かしてみるのが一番面白い。さて、シー君。哀れにぶら下がった彼を助けてやってくれ。」
「分かりました。……しかし、あのスピード。制御しきれますかね?正直僕でも捉えられるか自信が無いですよ。それを…」
「出来るさ。いや、出来てもらう。ふふ、そう不安そうな顔をするなよ。何の根拠も無く言っている訳では無いんだ。安心したまえ。」
「……そうですか、僕にも、その根拠を教えて下さいよ。約束ですからね、ドクター。」
「あぁ、分かっているよ。ほら、早く行ってきてあげたまえ。頭に血が昇ってしまう。」
ウルドックス化したシーに引っ張られ、ちぎれるちぎれると叫ぶジャックスを眼下に、ドクターは独り珈琲を啜る。
想定以上の出力。想定以上という事実が、ドクターの心を踊らせる。魔技術は、触媒の質と呪文内容によって規模が異なる。逆に言うと、魔技術の規模は、呪文と触媒の質によって固定されている事が前提である。
義体の研究で、グラングライヴァの出力は既に測定されていた。しかし、今回の起動でそれを遥かに上回る出力が確認された。
その事実は、未知の可能性を見出すに充分な結果であった。
(やはり彼は面白い。もっと彼の事を知る必要があるね。彼はきっと、『普通』じゃない。そう、普通じゃないのだ。ふふ、何が違うんだろうね。何も分からないよ、確証を得なくては。何が違って、その違いが何をもたらすのか。あぁ、楽しいねえ。)
誰一人見る事は無いドクターの冷笑が、静かな部屋に響く。
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「使いこなせるか!!あんなバケモン!」
シーに包帯を巻かれながらジャックスが激昂する。結局、壁から抜け出す為には周りの壁を剥がす必要があり、小一時間ジャックスは埋まり続けた。
「おや、気に入って貰えると思ったのだけどね。素晴らしい出力だったじゃないか。」
「あぁそりゃ凄まじいモンだったよ。ありゃ、加速に留まらねェ驚異的な武器だろうさ。制御出来ねぇって点を除けばな!」
「もーそんなに興奮しないで下さい。ただでさえ頭に血が昇っているんですから。脳出血起こしても知りませんよ?」
たしなめるようにシーがホットミルクを差し出す。ミルクはあまり好きではないが、落ち着ける為にぐっと飲み干す。顔が火照る。逆効果じゃないのかこれ。
「安心したまえ。これまでのメニューは続行するが、今後暫くはグラングライヴァの制御訓練にも時間を割くつもりだ。アレは良い武器になるからね。早めに使い物にしたい。」
「だからそれが……、はぁ、出来ねェ、とは言わせないんだろ?」
もうその辺の抵抗は諦めた。怒涛の事実を受け止めて、より効果的に対処しなくてはならないのだから。だからそのニヤけ顔を止めろ。
「とりあえず、今日はもう寝る。もう何も働かねェ。」
明日からはこれまで以上の過酷さを強いられるのだろう。だから今日はもうぐっすりと休みたい所だが、生憎この施設にベッドは無いようで、粗末なソファーで仕方なく身体を休める。
こんな福利厚生最悪な環境で、どうベスト尽くせと言うのか。