3話:義体
「さて、では先ずキミは爆発に巻き込まれて瀕死の重症を負った。その覚えはあるかい?」
「……あぁ、覚えてるよ。」
アレクシー。アイツにやられた。死んだと思っていた同僚に、どういう訳か殺されかけた。未だに辻褄が合わない。死体は何かしらのマジックやらダミーだったとして、アイツは何故俺を殺しにかかった?
裏切りの口封じにしちゃ派手すぎる。それに回りくどい。俺を殺すだけなら、狙撃手に直接狙わせれば良かった筈だ。
「その爆発でキミの両脚は吹き飛び、落下の衝撃と瓦礫に飲まれて右腕と左目が損傷。まあ全身が酷い損傷を受けていたのだがね、よくもまあ生き残ったものだよ。こればかりは、半分キミの生命力によるものだろうね。もう半分は私の功績だが。」
「いちいち自慢を挟まなきゃ気が済まねェのか。難儀な性格だな。」
「おや、心外だな。キミだって、いちいち嫌味を挟まなきゃ気が済まないようじゃないか。そもそも、キミのそれは命の恩人に対する態度じゃないんじゃないか?病気を治してくれた医師を恨む患者が何処にいると言うんだい?」
研究材料の間違いだろ、と言いたい所だったが話が進まなそうなので言葉を飲み込む。このドクターとやらは、まともに話に付き合うだけ時間を無駄にするようだ。
「ところでドクター、アンタは…」
「心配することは無い。私はキミの組織から依頼を受けているんだ。大体の内情は知っている。確か…『バリスタ』だったかな?ふふっ、良いセンスをしているじゃないか。」
「そうか?」
俺はそうは思わない。どこか自分に酔っているようで、どうも好きになれない。反政府組織なんて、所詮ただのテロリストのようなものだ。外面を整えた所で、やっていることはただの犯罪行為だ。
そこに例え、どんな大義があったとしてもーー。
「話を戻そう。そんなボロボロのキミの身体を動かし足り得ているのは正しく魔工技術だ。死んだ神経回路も、マギニックエネルギーによって活性化し、常人以上の運動性能を得る事が出来る。勿論、生身ではその運動性能には着いていけない。だからこそ、その鋼の義体が輝くのさ。どんな負荷にも耐える事が出来るその義手義足は、あらゆる場面でキミの助けになるだろうさ。そして、だ。」
ずいっ、とドクターが距離を詰める。よく見るとこの女、目の隈が酷い。不健康が全面に出ている。それでいて妙に怪力なのだからやはり変な女という評価に変わりは無い。
「キミのその両目だ。それこそが技術の集大成と言える。視力の向上は言わずもがな、照準機能、暗視機能、索敵機能等々、ふんだんに詰め込んでおいたよ。」
「そのために無事だった右目も義眼にしたのか。」
「その通り。怒らないでくれたまえよ。左右で目の性能があまりに違っていても、不便なだけだろう。私なりの優しさだよ。」
嘘をつけ。研究への興味が殆どだろう。いや、全てか。
「それだけじゃあない。キミの目にはもうひとつ、機能を付けておいた。なんだか分かるかい?まあ分からないだろうね。まともに生きていては、関心すら無いだろうからね。そう、『魔力探知』さ。分かるかい?魔力探知だよ。名前の通り、魔力、即ちマギニックエネルギーを探知する機能さ。ああ、言いたい事は分かるよ。このご時世、マギニックエネルギーなんて街中に溢れかえっているからね。そんな意味があるのかって所だろう。だがねーー。」
「ちょ、おい、俺は何も言ってねェぞ。それに、待て、魔力探知だと?そんなものを付けて、何になるんだ。」
「それを今から説明しようとしたんじゃないか。キミは気が早いね。実は賢くないのか?なんだい、バリスタの連中は、皆そうなのかい。もう少しマイペースに生きたまえよ。生き急いでも、対して良い事はないぞ?」
クソッタレめ、ああ言えばこう言う。一つ言うと二、三返してきやがる。矢継ぎ早に説明されても、処理できる限界があるってもんだ。
「はァ……いや、いい、わかった、続けてくれ。」
「では遠慮なく。とは言ってもここからはキミのこれからの役割にも関わってくる話だからね、良く聞いておきたまえよ。」
そういえば最初にそんな事を言っていたな。都合の良い実験体になって玩具のように改造された俺を、どうするつもりなんだ、この女は。いや、違う、バリスタの方か。
「まずマギニックには二つ種類がある。エネルギーとして用いられているものと、ヒトから発せられるものだ。」
「ヒト…?」
「ああ、10年前、マルド医療協会が公表しただろう。マルド病患者から、大量のマギニックが検出された、と。そのマギニックを検査してみると、面白いことに通常のマギニックから変異していてね。独自の進化を遂げていたのだよ。あれは最早、ただのエネルギーではなく、ウイルスに近いものだ。」
「ウイルス…」
何十年も前からマルド病が流行り続けている事は知っていた。当時はただの流行病だとされていたが、マギニックが検出されたことで、世界の見る目が変わったらしい。その頃はまだジャックス自身も子供だったため、良く覚えてはいない。ただ、大人達の混乱ぶりは覚えている。
「ウイルスだと思ってたモンがエネルギーで、良く調べたらやっぱりウイルスだったってか?」
「まあそんな所だ。だが数十年潜伏し、進化し続けたウイルス、マギニックウイルスとでも言っておこうか。それはとうとう、ヒトすら変異させるに至った。これはまだ、公表されていないがね。ほら、少し話題になっただろう。マルド病患者による暴動。あれはただの、医療への不満をぶつけたものじゃないよ。」
……なんだと?ヒトを、変異…?
「つまり、どういうことだ?その、マギニックウイルスに感染したら、何か変わるのか?」
「個人差はある様だけどね。ただ、重篤患者は、そうだな、有り体に言えばまるで、『怪物』そのものだ。ヒトとしての領域を越えた、醜いバケモノさ。ある種、進化した人間と言えるのかもしれないけどね。」
どこか気に食わなさそうにドクターが珈琲を啜る。ジャックスは、ただ呆然とするしかなかった。ヒトがバケモノになる。そんなウソみたいな話。しかし事実なのだろう。こんな所で、こんな時におとぎ話をするような人間ではない。この女は。
「……それで?」
「んん?」
「それで、そのバケモノと、俺がなんの関係があるって言うんだ?まさかバケモノ退治でもしろってか?」
ドクターがニヤリと笑う。
「やはりキミは賢いねえ、その通りだよ。キミのこれからの役割。正にバケモノ退治さ。その目を使ってね。キミの目の魔力探知は、マルド病患者が発するマギニックエネルギーを探知する機能だ。それに、ただ探知するだけじゃない。発するマギニックの強弱すら判別出来る優れ物さ。賢いヤツらはヒトの姿に擬態している様だが、その目さえあればーー。」
「ま、待てッ!お、おい冗談だろ?俺が、バケモノを相手にするのか?どうして、俺が…」
脂汗が浮き出ているのが自分でも分かる。これまで人生で、人間は何度も相手にしてきた。腕っ節にもそれなりに自信はある。この手で命だって奪ってきた。
ただ相手がバケモノとなると話は別だ。そもそも、バケモノ具合が分からない。人間に近いのか、それとも本当にバケモノじみているのか?
何故俺がそんなものの相手をしなくちゃならない?
「なんだい、自分でそう言ったんじゃないか。ジョークのつもりだったのかい?ならば残念、当たりだよ。そしてキミの疑問だが、何故自分なのか、それは私も分からない所だ。私はキミの組織から、マルド病重篤患者、まあバケモノに打ち勝ちうる身体にしてくれと頼まれただけだ。私としても、兵器開発の構想はあったからね、実に良い機会だった。ただそれだけだよ。詳しいことは、キミの上司に聞くと良い。」
それはなんとも、あんまりな話だった。自分はただ、都合良く死に体になって、都合良く改造されて、都合良くバケモノ退治に使われるのか。あんまりじゃないか。確かに褒められた生き方はしてこなかった。これがその報いだとでも言うのか。
「は、ハハ…あぁ、畜生クソッタレ…。意味が分からねェ…。」
思わず両手で顔を覆う。ひんやりと伝わる右手の冷たさに忌々しさを感じる。
「まあそう気を落とすものじゃないよ。人間を殺すより、バケモノを殺していた方が気は楽じゃないか。」
「うるせェよ…。」
そういう問題ではない。自分の意志に関係無く理不尽に巻き込まれる事が許せないのだ。そもそも、そのバケモノだって元人間だろうに。
何もかも、アレクシーのせいだ。どういう腹積もりかは知らないが、アイツにせいでこんな目に遭っている。また会おうものならタダでは済まさない。腕の一本や二本置いていって貰わねば、割に合わない。
「さて、ここまでが私が説明できる全てだ。理解はできたかい?脳が理解を拒むなんてことは無しにしてくれたまえ。時間の無駄だよ。キミにはひと月しか時間が無いからね。それまでにその身体を使いこなして貰わねば困る。早々に死なれては、私の沽券と首に関わる。」
「あァ、ハイハイ、分かったよ。どうせ、拒否権なんて無いんだろ?このまま口封じに殺されるか、戦って死ぬかだ。」
「戦って死なない為にこれからレクチャーするんだけどね。くれぐれも死に急がないでくれたまえよ?そう簡単に被験者B被験者Cが現れる訳じゃないんだ。」
どこまでも人の倫理観を無視してくる。コイツには人の気持ちを汲むってことができないのか。
「あぁそうかい、そりゃ気ィつけるよ。…ところで、アンタ名前聞いてなかったな。」
「んん?あぁ、ドクターで良いよ。皆私の事はそう呼ぶし、そもそも私自身、あまり覚えてはいないんだ。そんな些事に脳のリソースを割きたくないのでね。」
なんだそりゃ。これは相当のマッドだな。自分の名前を忘れるなんて事があるだろうか。それとも誤魔化しているだけか?そうなると正直に名前を伝えた自分が馬鹿みたいじゃないか。
「そもそも、名前なんてものはただの記号に過ぎない。私がキミを被験者A君と呼んだようにね。そんな大層な拘りを持つ必要があるとは私には到底思えない。ただの記号に縛られる人生なんて、地獄じゃあないか。私には名を捨て、奔放に生きる人々の方がーー。」
「分かった、分かったよ、ドクター。もういい。で?俺はこれからどうすりゃいい。この義体をマスターしなくちゃならないんだろ?アンタが教えてくれるのか?」
「基本的な操作は私が教える。だが、実戦的な使い方に至っては私にはどうすることもできない。見ての通り私はただの貧弱な研究者なのでね。」
嘘をつけ。アンタのヘッドロックは中々のモンだったぞ。
だが、常人を超えているらしいこの身体との戦闘訓練は確かに厳しいだろう。正直鋼の腕を振り回すだけで充分脅威な気がするが、それは人間を相手する場合に限る。バケモノがどれくらい頑丈なのか、見当もつかないが。
「じゃあどうするんだ。俺の戦闘訓練は。俺は対バケモノの兵器なんだろ?普通の人間に務まるのか?それとも、ご丁寧にバケモノを用意してくれているのか?」
「キミは本当に勘が鋭いね。それとも、今のもジョークかい?」
「あ?」
嫌な予感がする。この女がニヤつく時はロクなモンじゃないってことは充分分かった。それに、コイツの口ぶりからすると、本当にーー。
「やや、ドクター。彼がウワサの被験者A君ですか?」
不意に現れたのは、まだ青年にすらなっていない様子の子供だった。歳は13前後と言った所だろうか。子供特有の生意気な雰囲気を感じる。
「おや、シー君。丁度良い所だったよ。」
「誰だ?そのガキは。」
「この子はシー。私の研究助手さ。私の研究助手にしてーー。」
ニヤリとドクターが笑う。
「キミの戦闘訓練の相手、そしてキミの言うバケモノそのものさ。」
脳が理解を拒むは無しだと、また言うのか?そいつは無理な相談だ。
しかし、視界に映ったシーと呼ばれる少年を捉える義眼のスコープが、それを覆しようも無い事実であると伝えていた。