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赤鋼の火薬庫  作者: 父神
第1章:バリスタの矢
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14話:蟻の巣

「殺した張本人の姿は見ていないんだな?」


「さっきからそう言ってんだろ。」


 《烏目》からの接触があった翌日、足の早い事で堅物の男が拠点へ訪ねてきた。話の内容は当然昨日の事で、事の顛末の説明を要求された。

 組織側で補足していた野良のマルドックスが、組織外の何者かによって討伐された。公表されていないが、世間一般的な立場で言えば危険なマルドックスが駆除されたのだから、誰がやったかなどどうでも良い事だろう。

 しかし、裏を見ればそういう訳にもいかない。バリスタが独自で追っていたマルドックスの情報が、外部に洩れていたのだ。上層部はさぞ慌てふためいているだろう。


 ジャックスは討伐した張本人を知っている。そして、どのようにして情報を掴んだのかまでは不明だが、少なくともグラコニー社によるものである事も知っている。


 だがジャックスは答えない。答えられない。


「…そうか、こちらも引き続き調査を進める。何か分かればすぐに報告するんだ。」


「あぁ、そっちではまだ何も掴めちゃいねェのか?」


 白々しくジャックスは尋ねる。隠し事をするにも、隠す相手がどれ程情報を持っているかを把握している必要がある。できるだけボロを出す危険性は減らしておきたい。

 自分の命の為にーー。


「未だ不明だ。」


「…そうか、ま、俺にできる事ァあんまり無ェがな。」


 本当に何も掴んでいないのか?

 腹の見えない男だ。どうにも無表情で、無感情で、話していても本当の事を言っているのかどうかがいまいち判別できない。この男相手に腹の探り合いをする事は中々に骨が折れる。《烏目》とはまた別のやりにくさを感じる。


「ジャックス、君には拠点の移動をしてもらう。」


 拠点の移動。急な話だが、当然の話だ。ここから目と鼻の先のエリアで、こちらの動向を捕捉されたのだ。この拠点自体も既に特定されてしまっていると考えるのが妥当だ。

 であるならば早急に場所を移さねばなるまい。オドロット区はもちろん、周辺区域は既に危険地帯だ。できれば街ごと変える必要性がありそうだ。


「そうなるだろうな。移動先は何処になる?ベルベットシティからは出るんだろ?」


「カザリアだ。」


 その名を聞き、ジャックスの表情が曇る。

 ボスベニアの首都であるカザリアには、当然企業の本社が多数ひしめき合っている。5大企業はもちろんのこと、その他新興企業も本社を構えている。未だどれくらいの企業が、どれくらいの戦力を携えているのか全ては判明していないが、危険性は変わりない。カザリアは言ってしまえば企業側にとってのホームだ。そこにわざわざ飛び込むとなると相当のリスクを背負う。


「わざわざ敵の懐に飛び込むってのか。正気とは思えねェな。」


「カザリアには本拠点がある。我々も、無為に君を死なせる訳にはいかない。最大限の警護体制を敷くつもりだ。」


「は、相手は一大企業サマだぜ?ただのレジスタンスに何ができるってんだ。」


 男の言う通り、実際バリスタには企業の警戒網を掻い潜る手立てがあるのだろう。秘密裏に動いて来たとはいえ、ここまで組織が大きくなると存在を認知され始める。それでもこれまで実態を掴ませてこなかった事は、一介のレジスタンスとしては評価に値する諜報力である。

 しかし、現在はこれまでとはまるで状況が異なっている。ジャックスは《烏目》によって完全にマークされており、いつ再びコンタクトを取ってくるか分からない。そもそも、そんな律儀な態度を取ってくるかというのも甚だ疑問である。どちらにせよ、本拠点に到着した段階で捕捉される可能性も無いとは言いきれない。むしろ、高いまである。


 万が一、《烏目》の言い分が本心であれば、捕捉されたとしてもすぐ攻勢に出てくる事はないだろう。あの男はジャックスを引き入れようとしている。しかも組織的な理由ではなく、個人的な理由で。であれば、《烏目》としては暫くはジャックスを泳がした方が都合が良いはずだ。


 とはいえ、それもあくまで希望的観測でしかない。


(勝ち筋の薄い博打をさせられてる気分だ、クソッタレ。)


「元よりカザリアには移動する予定だった。少し予定は早まったがな。これは決定事項だ。」


「せいぜい大切に守ってくれよ。大事な戦力サマが死んじまうぜ?……ところでーー。」


 軽口も程々に話題を切り替える。ここでジャックスがウダウダ異議を唱えようと、組織の決定が覆る事は有り得ない。

 最も、本来の事情を打ち明ければ、話は別なのだろうが。


「ピックマンはどうするんだ。カザリアまで同行するのか?」


「彼は君専属の技師だからな。無論、同行してもらう。」


 部屋の隅で作業をしていたピックマンがちらりとこちらを見やり、あいよと呟き再び作業に戻る。些か不服な面持ちではあるが、ジャックスからその心中を測りきることはできない。


「だったらまァ、善は急げだな。もう出んだろ?」


「外に車を用意してある。少しここから歩くぞ。」



 ―


 ーー


 ーーーー



 それからは、用意されていたように事が進んでいった。決定していた事を実行しているだけなのだから、実際その通りなのだろう。


 裏口から出ていったため、バゴスに一言かけることすら出来なかったが、それ程律儀に義理を通す必要もないだろう。所詮はただの仕事の同僚だ。

 車はジャックスとピックマンそれぞれに用意されているようで、移動途中でピックマンとは別れる形となった。あの大荷物が一般車両に乗りきるとは到底思えないが、あの店に来た時も移動手段は車だったはず。であれば何とかなるのだろう。


 そうこうしている内に、外の風景はベルベットシティとはまた違った様相になっていく。

 ベルベットシティが新興の街であるならば、カザリアは言うなれば古都に分類されるだろう。とはいえ、このご時世に古めかしい建築物が残存している訳もなく、数少ない古い教会や城跡等を除いては新しめの建物が多い。

 元々ボスベニアは王政を執っており、首都カザリアは難攻不落の城、カザリア城を中心とした要塞都市だったという。歴史人が築いた城壁はもちろんであるが、地形や街の作り方も少なからず防壁としての意味を持っていたのだろう。その名残か、今でも街並みは複雑に入り組んでおり、ベルベットシティとは違い傾斜の目立つ地形はさながら自然の要塞と言える。


 そんな山間の道を車は進んでいく。当然ながら、この辺りはカザリアの中心部からは離れており、建物も低く貧相な見た目になってくる。今日は天気が悪く何も見えないが、恐らくここから遠くに中心街の高層建築を見ることができるのだろう。


 マギニックと戦争によって栄える、忌々しい街が。


「もうじき到着する。」


 運転する男が短く告げる。移動中追っ手がついてきていないか警戒していたが、終ぞその様子はなかった。もっとも、腐っても一流の企業がこちらに気取られるような軟弱な追っ手を寄越すとは思えない。今こうしてる間にも監視されているかもしれないし、本当に追っ手がいないのかもしれない。


(どうにできねェことを憂いてても意味はねェな。)


 その時は、その時だーー。


 車はやがて、寂れたコンクリート造の建物の前に停まった。見た所あまり手入れが行き届いていないようで、扉も錆付き耳障りな音がジャックスの顔を歪ませる。


「随分とお粗末なんだな、本部にしては。」


「入口は目立たないに越したことはない。」


「こういった入口は幾つかあんのか?」


「そうだ。」


「数は。」


「知る必要は無い。」


 あぁそうかよ、と吐き捨てながら長く暗い階段を降りていく。消えかけの蛍光灯がなんとか足元を照らすが、その足元も錆が酷く、いつ腐り落ちても不思議ではない。

 ただでさえジャックスの身体は鋼製だ。一歩ごとに錆鉄にかかる負荷を考えると安全面への考慮が足りていないのではないかと憂う。

 そもそも、あちら側にそんな配慮があるとは到底思えないが。


「ピックマンは結局どこに行ったんだ。別の入口に向かったのか?」


「そうだ。」


 相も変わらず淡白な返答。別段この男と仲良くしようという訳ではないが、せめて一般的なコミュニケーションくらいは取らせて欲しいものである。

 ピックマンとは別行動。となると、合流するとなれば拠点内だろうか。いや、そもそも今後合流すること自体有り得るだろうか。元来ピックマンは組織のメカニックだ。どういう経緯でドクターと研究を共にしたのかは不明であるが、遠方でのサポートが必要となくなった今、わざわざジャックスと引き合せる必要もない。必要な時に、メンテナンスを行えば良いのだから。


 ひとしきり階段を降りきると、薄暗い廊下に繋がった。奥の見えない無愛想な通路を、男は迷う様子もなく淡々と歩いていく。ついて行くことしかできないジャックスは何とか地理を把握しようとするものの、あまりにも変わり映えのない風景にそれを諦める。扉には部屋番号もなく、これといったランドマークもない。当然案内板などない。到底気分よく生活できるような場所ではない。


 周りの老朽具合から見て古い施設であることは分かる。元々は何の用途で使われていた施設なのだろうか。時節を考えれば過去の軍事基地が妥当なラインであるが、独房のようにも見える。

 なんであれ、「バリスタ」はこのような地下施設を何点も保有している。地上に拠点を置くよりは確かに安全であろう。ただ、過去軍が関与していた施設がそのままノーリスクで転用できているのだとしたら、それはそれで不自然な点も浮かび上がってくるのだが。


「ここが君の当面の自室になる。好きに使え。」


 男が突然立ち止まり、ジャックスの思案が停止する。視線を向けると今まで見てきたものと何ら変わらない扉が見える。部屋番号も何もない、無愛想な扉が。


「…ここっつってもな。悪いが、俺ァ道を覚えちゃいねーぞ。」


「慣れるんだな。」


「無茶言うぜ…せめて目印くらいは許して欲しいモンだ。」


 お粗末な扉を開くとおよそ予想どうりのお粗末な内装が見える。見るからに寝心地の悪い錆びたベッド。頼りない蛍光灯に申し訳程度の事務机。宿舎にしては最悪の出来だが、独房にしては豪華だ。

 どちらにせよ、生活の質は到底充分なものではない。元々期待はしていなかったが。


 ひとまず、この部屋を見失わないように扉に傷をつける。鉄と鋼が擦れ合う音に珍しく男の顔が歪むのが見えた。ざまあみろ。鋼の肉体で良かったと思える事が増えた。




ーー


ーーーー




「ここがトレーニングルームだ。耐久性は信用してもらって良い。元々は実験のシェルターとして使用されていた場所だ。」


 案内されたのは、かつての研究所と遜色ない規模の大型シェルターだった。施設内の他のエリアと違ってここは手入れが行き届いているようで、その点で言えば研究所よりも整備が整っているまである。


「自由に使っていいのか?」


 広い部屋を見渡す。広さの割に明るさが確保されており、施設内の電力多くが割かれていることが伺える。恐らくここは、組織にとってもそれなりに重要なエリアなのだろう。


「構わない。ここと自室が君の自由に動ける範囲だ。当然監視の目はつけさせてもらう。」


 監視。当然の事だろうが、その割にはここまで誰とも会うことはなかった。組織のシステム上、組員同士の接触はほとんど無いため不思議ではないが、正直なところ、一般人より機動力や火力が強化されている自分を抑えられるとは思えない。逃げ出そうと思えば、いつでも逃げ出せるだろう。


「はン。その監視ってのは、全力で逃げる俺を捕まえられる程優秀なのか?」


「不要な事は考えるな。それにーー。」


「君は逃げられない。」


 含みを持った言葉にジャックスの表情が曇る。


「…ぁあ?どういう意味だ。」


 一般兵でもジャックス程度なら抑えられる、とういうような意味ではないだろう。

 精神的な束縛か?確かにこの体はマルド病の危険性を常に孕んでいる。効果があるか不明なワクチンを受け取ってもいる。ここから逃げ出せばあのバケモノになるだけだと。そういった意味で言っているのだろうか。

 真意は読み取れない。この男の表情は依然変わらずただ口だけが動いている。


「答える必要はない。間もなく食糧が部屋に支給されるだろう。今日は部屋に戻ると良い。」


 男は答えない。この男は、なにも答えない。

 恐らく、知らない訳ではない。逆に、この組織の中でも「知っている」立場の人間なのだろう。考えてもみれば当然だ。ジャックスという組織のシークレットに直接関わっているのだから。

 だからこそジャックスは知りたい。この組織は、「バリスタ」は、何を目的としているのか、何を考えているのか。


 何の大義で以て、人ひとりを半バケモノにしたのか。


「……クソが…。」


 もうこの男に問うことは無駄だと切り捨てるべきだ。どれ程の立場なのかは不明だが、ジャックスの管理をする事に徹底するこの男は、恐らく、いや確実に必要な事以外は伝えないだろう。

 従順な組織員ではないか。


「なァ、おい。」


「なんだ。」


「今更な話だが、俺はアンタをなんて呼べば良い。微妙に不便なんだよ。」


 最後に一つだけ問うてみる。これまで名前を聞いてこなかった。別に必要とは思っていなかったためだ。結局のところ、名前なんてものはただの記号に過ぎない。特にここでは皆本名など明かさない。もっとも、その本名すら、意味のあるものとは思えないが。


 ジャックスが名を聞いたのは、建設的な理由がある訳ではない。何も答えない男から何かを聞いてみたかったという、ただの意固地な意地だった。


「ここでは『コルト』で通っている。」


 すると、想定していたよりあっさりと男は答えた。もちろん偽名ではあるが、正直「答える必要はない」だとか「好きに呼べ」だとか言い出すものと思っていた。だからどうということではないが。


「…了解。今後ともよろしく頼むぜ、コルトさんよ。」


 堅物の男、コルトは何も言わず踵を返し、部屋を出ていった。


 逃げられないーー。


 その言葉が頭の中を巡るが、どうせ悩み考えたところで答えは出ない。そして聞いたところで答えは返ってこない。


 部屋に戻る途中、やはり誰ともすれ違うことはなかった。であれば監視の目とはカメラだろうか。数年前に監視ために開発、導入されたと聞いたことがある。国の上層部から絞り出したネタであったと記憶している。信憑性は高いだろう。

 バリスタでも何らかのルートで入手し、導入している可能性も考えたが、そのような機械があるようにも見えない。そもそもジャックスは監視カメラの実物を見たことが無いため何とも判断はつかないのだが。


 部屋に戻りしばらく待機していると、受け渡し用と思われる隙間に食品のトレーが置かれた。わざわざこんな所まで持ってくるとはご苦労なことだが、誰が担当しているのだろうか。コルトであれば笑えるがなんとなくそうではないだろうと思う。


 置かれた食糧を見ると、パンにスープ、そして材料不明の粗末な肉。


「思ってたよりかはちゃんとメシになってんな。」


 そう思うのは一度ドクターと食卓を囲んだ経験がある故であろう。アレを食糧というカテゴリに含んで良いものかは甚だ疑問ではあるが。


「ありゃアイツが規格外だっただけか…とにかく、だ。」


 量自体は少ないため食事はすぐ終わった。成人男性に必要なエネルギーが摂取できている気はしないが、そんな事を言っていられる状況ではない。そもそも、こんな世界に身を落としている時点で、まっとうな生活なんて捨てている。

 それより、せっかく贅沢にトレーニングルームを用意してもらったのだ、これを最大限活用しない手はない。


「ボーっと暇なんかねェ。コイツを掴むには一分一秒が惜しい。」


 部屋を出て急ぎ足で先程のトレーニングルームに戻る。広大な空間でひとり呪文をつぶやき、義体を起動させる。


「コイツが扱い辛い原因は過出力だ。初動段階で起動するとどうしても制御できねェ。」


 それはこれまでの経験で痛い程理解している。

 比較的上手く使いこなすことができたのは、訓練中にシー、実戦の中でニックスのたったの2回だ。あまりにも成功体験が少なすぎる。ただ、その数少ない事例の中にも共通点はあった。


「制限された状況…ってのは、そう都合良く作り出せるワケねェしな。」


 力が制限された状況。シーの時は脚を掴まれて、ニックスの時は下半身を噛みつかれて。両事例共にジャックスの動きが制限された状況での「グラングライヴァ」は、まともに「攻撃」として機能していた。

 過出力。それが弱点であるのならば、逆手にとって身動きが取れない、力が抑えられた、そんな状況下であればある程度制御しやすくなるのではないか。


 しかし、それは運に任せた方針であることは明白である。そう上手くその状況を作り出せる訳もなく、完全に素の力で負けているマルドックスに対して敢えて攻撃を受ける立ち回りは自殺行為と言える。ニックスの時も、たまたま鋼の部分を噛みつかれただけで、それがもしまだ人間部分である腹であれば命はなかった。


「なら動作の途中なら…と、思ったが、全く魔技術ってのは効率が悪ィ。」


 例えば、蹴りの動作途中、勢いが死に始めたタイミングで発動すれば、死んだ勢いは戻るどころか何倍にも増幅した必殺の一撃になる。あくまで推論ではあるが。

 しかし、ここに魔工技術の源流である「魔技術」の致命的な欠点が足を引っ張る。それは呪文の絶対性である。

 魔技術は触媒と呪文が必要不可欠であり、それは魔工技術に昇華した現在も不変のものである、らしい。


 蹴りの勢いが死に始める、という刹那にも近いベストなタイミングに、人間の口が間に合うはずもない。


「とにかく、だ。吹っ飛ばねェ程度の力加減を覚えていかねェと、使い物にならねェ。もっとも、安定感は保証されてねェようだがな。」


 結局は、これまで上手くいったのはただの偶然に過ぎない。不確実性の高い戦法に頼ることはできるだけ避けたい。

 であれば、途方もなく地道で、不明瞭で非効率であるが、暴走しない範囲の力加減を学んでいくしかない。それでの過程で、一体どれほど吹っ飛べば良いのか分からないが、やるしかない。


「クソッタレが…監視がついてるってんなら、負傷しても医療班寄越してくれるんだろうな。」


 赤い稲妻が走る。広いトレーニングルームに響く轟音は、その前途の多難さをまざまざと物語る。



 ―


 ーー


 ーーーー



「様子はどうだ。」


 酷く閉鎖的な部屋の中で、コルトが問いかける。

 その先には、数枚のモニターを見つめるまだあどけなさが残る女性が座っていた。

 彼女の名前はウィスパーピーク。ジャックスのオペレーターを任された、数少ない本件の関係者のひとり。薄暗い空間に似合わない快活な雰囲気を纏う彼女は、コルトの淡白な問いかけに笑顔で答える。


「早速自主トレしてるねー。向上心があって大変よろしい!まだイマイチコツを掴めてないみたいだけど、まあ大丈夫なんじゃないかな?」


「要領を得ないな。」


 コルトの言葉にあからさまにムッとした表情を浮かべる。


「まだサンプルが足りなさ過ぎるよ!もうちょっと実戦を積んで貰わないとわかんないことだらけ!逆に聞くけど、あなたの見立てとしてはどうなのかな、『コルト』さん?」


 いたずらな笑顔で問いかける。とはいえ、そんなことをしてもこの男は何も感じないことくらいは知っている。それでもからかいを止めないのはただの彼女の癖故か。


「…彼は咄嗟の対応力に関しては目を見張るものがある。これまで生き残れてきたのも、それによるものだろう。生来のものか、環境で培ってきたものか。」


「あなたが目を見張る様子なんて想像できないけどね!表情筋死んでるから!!あはは!」


「とにかく私も同意見だ。彼には実戦経験を積んで貰わねばなるまい。」


 スルーされた。いつものことだが、この男と話すのはなんともつまらない。もう少し会話のキャッチボールがあって良いのではないかとウィスパーピークは時々思う。

 コルトのつまらなさはさておき、ウィスパーピークも彼と同じ考えを持っていた。

 ジャックスはまだ実戦経験こそ浅いものの、マルドックスという脅威に対して生き残っているという結果を残している。別に捨て駒にしている訳ではない。緊急事態においては、対処できるような準備はしてある。今のところジャックスはまだその必要もなく生還している。


 2回目の仕事に関しては、要調査ではあるが。


「その前に死んじゃわないといいけどねー。」


 モニターに映るジャックスを眺めながらつぶやく。画面越しのジャックスは派手に吹っ飛び身動きが取れなくなっている。仕事で命を落とすより前に、ここで尽き果てるのではなかろうか。


「後は頼んだぞ、ウィスパーピーク。」


「はいはーい!」


 快活に答える彼女に、コルトは視線も送らない。上司としては最低レベルのコミュニケーション能力だ。ウィスパーピークは冷めた目で再びモニターに目を移す。

 なんとか立ち上がり、凝りもせず赤い光を纏うジャックス。先刻からこれをずっと続けている。正直なところ現時点で成長は感じられないが、そのひたむきさは評価に値する。報われるかどうかは不明であるが。


「ほーんと、面白そうなの見つけたよねー。」


 見つめるウィスパーピークの目からは、あどけなさは消えていた。

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