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赤鋼の火薬庫  作者: 父神
第1章:バリスタの矢
13/15

12話:仄暗い朝

 大陸の西岸部に位置するボスベニアは、周辺国との併合を繰り返してきたという事もあり、広大な領地を有している。その為、国内でも地方により気候が大きく異なっている。

 旧グイード共和国領の西部や北ボスべニア側の地方は非常に寒さが厳しいが、現在ジャックスがいるベルベットシティなどは、南部に位置しているという事もあり比較的暮らしやすい気候となっている。

 しかし、冬季に入るとボスベニア全土に毎年寒波が到来し、厳しい寒さが襲う。今年も例に違わず非常に冷え込んでおり、まだ雪は観測されていないものの、吐く息は白く、外を歩く人々を足早にさせる。


 誰もいなくなった喫茶店の中で一人、ジャックスはもう悴む事のなくなった掌を繰り返し握り締める。以前より寒さという感覚を鈍くさせる鋼の身体は、自らの損失を嫌でも突き付けてくる。そんな感覚も、虚しい事にもう慣れてしまった。


 ドクターとの話、もとい尋問がそんな短時間で終わる筈もなく、ようやく解放されたのはとっくに日が沈んだ頃であった。事細かにニックスの情報を根掘り葉掘り聞き取ると、ドクターは満足そうにさっさと帰ってしまった。嫌という程理解してはいたが、どこまでも自分を中心に世界が回っている人間だと再認識する。


 ただ、そんなドクターから聞いた自分自身の謎。暫定ではあるが、マギニックに干渉するという性質。この事が、延々とジャックスの頭を駆け巡る。


 魔技術は、バージア列島のレスプエナという島国で使用されているのを発見された事を発端としている。その為、厳密にどれ程太古から存在していたかは明確に解明されてはいない。ただ、その頃から魔技術の性質というものは変わっておらず、触媒と呪文は双方に絶対的なイコール関係が存在している。


 しかし、ジャックスのそれは、その絶対的な関係を覆す可能性があると言う。


 そう言われてもジャックスには全くと言っていい程心当たりが無い。生まれも育ちも生粋のボスベニア人であり、魔技術と深く関わった経歴も無い。むしろ、今現在が人生の中で最も深く関わっているまである。

 そんな自分にそんな性質があるとは到底信じきる事が出来ない。勿論、まだ確定した事ではない為ドクターの勘違い、という可能性もある。彼女は絶対にそれを認める事は無いだろうが。


「どちらにせよ、俺が使う呪文は信頼性が低いって事だ。これじゃあ、出力の勘を覚えても意味無ェかもしれねえな…」


 触媒と呪文の絶対的なイコール関係が崩れてしまっているという現状が、グラングライヴァの異常な出力を生み出している。イコール関係が崩れているという事は、その時々で出力が変わる可能性があるという事だ。その懸念が、ジャックスの苦悩をさらに深くする。

 ただでさえ扱いが難しい現状で、そこに出力の振れ幅の見込みも加えなくてはならないとなると、自分の思い通りに制御する事などほぼ不可能と言える。


 それこそ、何十、何百、何千のマルドックスとの戦闘経験が必要になってきてしまう。間違いなく、それまでに朽ちるのは自分の身体の方だ。


「とんだ欠陥製品だ。もっと良い呪文寄越しやがれ。」


 今ジャックスが使用している呪文は、義体と相性が良い事が判明しているものだけである。つまり、理論上は相性が良い呪文が見つかればそれを使う事ができる。勿論、それは容易な事ではないし、何よりその呪文も出力が狂う事も充分考えられる。


「研究材料として良いのか悪いのか分かんねェな。は、自分で言ってて虚しくなる。」


 ドクターはよくジャックス対し研究材料と口を滑らす事があったが、今となってみればそれ以外の何者でもなくなってきた。最初は、ただの魔工技術武器の実験体であった筈が、蓋を開けてみれば自然の理を覆しかねない存在であった。まっこと、研究者にとっては全てをかなぐり捨ててでも手に入れたい研究材料だろう。


 カウンターテーブルから離れ地下室に戻ると、部屋の隅で大量の工具に囲まれながら床に就くピックマンが目に入る。ここにいる間は、どうやら地下室を自室兼工場にするらしい。

 老体には、ただでさえ寒い季節で、さらに冷える地下室は厳しいのではないかと言及したが、本人曰くこの程度寒さは慣れているそうだ。一体どんな人生を過ごしてきたのか。もしかしたら本当に元軍人なのかもしれない。


 約80年前に勃発した大陸戦争では、対グイード共和国軍の本土防衛戦線として国境際に広大な西部防衛ラインを敷き、泥沼の塹壕戦が繰り広げられた。約5年に渡る西部防衛ラインの攻防は、幾度も厳しい冬を迎えた為、戦死者の割合としては戦死に次いで凍死が多かったらしい。


 ピックマンの年齢から見るにそれに参戦していない事は明らかであるが、約20年前に勃発し、現在停戦扱いになっている第二次大陸戦争でも、旧オッソニールへの進軍時には、同じように長期に渡る塹壕戦が展開された。

 参戦していたとすれば、その戦場だろうか。それとも、各地域で発生した紛争だろうか。


「…まァ、だからどうしたって話か。それ程興味も無ェ。」


 ドクターも言っていたように、ピックマンは名を捨て今は整備技師として生きている。そんな彼の胸中がいかばかりかなど計り知る事はできないし、詮索する事自体が野暮だろう。


 誰にだって、語りたくない過去のひとつやふたつはある。


 珍しく物思いにふけりながら、冷える身体を毛布で包む。今日は考え事が多かった。その原因の殆どはドクターの話だが。


 そういえば、研究所を離れる時のドクターの意味深な表情について尋ねるのを忘れていた。あの表情は、そう、悲しみに近い表情だった。ドクターにそんな感情があるとは到底思えないが、確かにそう感じた。まさか別れを惜しんで、という訳ではあるまい。

 どうにも引っかかる。別に本人に問いただす事でもないかもしれないが、これ以上自分の知らない所で自分の知らない事が進んでいく事は勘弁願いたいのだ。

 自分を道具として割り切っているバリスタの方からその扱いを受けるのはまだ良いが、できればドクターからは情報を全て開示して欲しい。


「何でもかんでも隠しやがって。せめて当事者に全て説明すんのが、責任ってモンだろうが。クソ…」


 ただでさえ寝心地の悪い寝床が、さらに寝辛く感じる。

 沈黙の大地を包む寒さは、全てを平等に冷やす。

 身も、心もーー。



 ー


 ーー


 ーーーー



「は?店番?」


 翌朝、バゴスが珍しくジャックスに頼みがあるとの事だった為話を聞いてみた所、とんでもない事を頼んできた。


「そうだ、いや、別に一日中やってくれって訳じゃねえんだ。ほんの数時間で良い。この通りだ。」


 深々と頭を下げ、やや寂しくなった頭皮が顕になる。バゴスには悪いが朝っぱらから見たい光景ではない。


「頭下げられてもそればっかりは無理な頼みだ。俺の境遇は説明しただろ?無闇に人目に触れる訳にはいかねーんだよ。」


 何も喫茶店経営がしたくてここにいる訳ではない。身を隠す為に現在都合が良い場所がここだっただけだ。もし所在が漏れる事があればこれからの仕事に支障が出るし、何よりジャックスの身が危険に晒されかねない。もう既に一人企業所属のウルドックスを殺しているのだ。悠長に店番をしている余裕などは無い。


「いいか。おっさん悪い人じゃねェから言っとくが、俺が危険って事ァ、アンタも危険って事だ。死にたくはねェだろ?」


 ここが突き止められれば、恐らくバゴスは殺されるだろう。いや、殺されるだけならまだマシだ。関係者だと分かれば、どんな手段を使ってでも持てる情報を全て絞り上げようとするだろう。当人の脅威度などは関係ない。絞って、絞って、絞って、そして何も出てこなくなった絞りカスはゴミのように処分される。そういうものだ。


「くぅ、まあ、そうだよなあ。いや、悪かった。ちょっと聞いてみただけだ。気にしねえでくれ。」


 分かってくれたようで何よりではあるが、何の用事があって店を空けるのだろうか。

 この店はバリスタの拠点のダミーとして利用しているという都合上、営業時間は厳密に決められている。組織の構成員は、店の閉店時間にしか入る事はできない。その為、好き勝手店を空ける事はできない。

 閉店後も構成員が入ってくる時にいちいち確認しなくてはならない為、結局同じく店を離れる事は難しいのだが、その時間であればジャックスも手伝う事はできる。コンタクトを取るのが組織の人間に限られるのであれば問題ないのだが、営業時間となれば話は別だ。来店数が少ないとは言え、一般人の目に触れられたくはない。

 何故わざわざそんな時間に出かけるのか。そんなに重要で緊急の用事なのだろうか。


「何だ、朝からヤケに騒がしいじゃねえかよ。どうした。」


 大きなあくびをしながらピックマンが入ってくる。老人らしからぬ遅起きだ。元気な証拠なのかもしれないが、健康には気を遣うべきではないだろうか。


「バゴスのおっさんがちょいと店を空けてェみてーでな。その話をしてた。」


「ああん?行ってくりゃいいじゃねえか、店番はやっとくからよ。」


 任せろと言わんばかりに胸を張る。確かにタイミング良くもう一人人員が増えたのだ。利用しない手は無いだろう。とはいえ、喫茶店の店番を任せるという点では若干不安がある。まず風体が喫茶店というよりは大衆酒場の店主だし、とても珈琲を挽けるとも思えない。来た客に珈琲も出さずに帰らせるというとんでもない店ができそうだ。


「ジィさんできんのかよ。俺としちゃ助かるが。」


「オイオイ、伊達に長く生きちゃいねえんだよ。そんぐらいできらあ。ミルはこれだな?豆はどこだ。」


「す、すまねえ、助かるぜジィさん。豆はこの棚だ。」


 一通り店の説明をした後、バゴスはそそくさと店を後にした。結局何の用事か確認できなかったが、何とかなったようなので別に気にしなくても良いだろう。どちらかと言えばピックマンの店番の方が心配ではあるが、ジャックスは手伝う事はできない為任せるしかない。

 どうせ売上なんて元々無かったような店なのだから、そこまで真剣に心配する事でもないのかもしれない。


「じゃあ、任せる。まぁ、何かあったら裏に呼び出してくれ。あと新聞借りるぜ。」


 テーブルに置いてあった今日の新聞を手に取り、部屋に戻る。外にも出られない中でやれる事も少ないジャックスによって、新聞を読む事が暇つぶしとなっていた。元々仕事柄新聞は読んでいたが、自分の時間が増えた現在、記事の隅々まで目を通すようになった。

 とはいえ、記事の内容は国や企業のプロパガンダに塗れており、いまいち信用できたものではない。他国の情勢も、どこまで正確に記載されているのかも分からない。


 そんな中でジャックスが目を通す記事は、ウルド病関連と、日々起こる事件の記事である。比較的他の内容より公正な立場で報道されている、という事もあるが、目的はマルドックスに繋がる情報を探す事である。

 あんなバケモノが存在していて、その全てが暗がりの内に揉み消されているとは考えにくい。何せ、実際に人が死んでいるのだ。社会から人を綺麗さっぱり消し去る事は非常に難しい。人が消えたという事実はどれだけ隠蔽しても、違和感が残る。それが繰り返されれば、蓄積し、いずれ明るみに溢れ出る。

 それが世の常だ。しかし、現にマルドックスは社会で全く取り上げられていない。噂にすらなっていないのだ。新聞を読んでも、当然それに繋がる情報の痕跡すら見つからない。


 この事態ははっきり言って異常だ。企業でできる範囲の隠蔽を越えている。そもそも、マルド病自体大陸全土で感染が確認されている病だ。地域によってウイルスの株が異なっていたとしても、その成れの果てがマルドックスであるのなら、これは世界レベルの問題である筈だ。

 それが全く表に出てこないとなると、考えたくはないが、隠蔽しているのは企業だけでなくーー。


「国家レベルで隠し事…って所か。…何の為にだ?ここまで来て、混乱させない為って訳じゃねェだろう。」


 マルドックスが公になって不都合な事とは何か。考えられるとすれば間違いなくマギニックの存在だろう。マルド病はマギニックを原因としている、という事実は既にサイギック社によって公表されている。ただでさえ反マギニックの風潮が目立って来ている昨今、マルドックスの存在が知れ渡ろうものなら、それは世界を飲み込む波になるだろう。


「だからと言って代替エネルギーがある訳でも無ェ。どこもかしこも、マギニック頼りになっちまったからな。」


 化石燃料はとうの昔に枯渇した。ここで更にマギニックを失うとすれば、一体どれ程の文明が巻き戻されるのだろうか。最早、それ程までに世界はマギニック頼りになっている。


「つっても、国が、世界がそんな世論にビビるとも思えねえしなァ…」


 反対されても、押し通せば良い。マルドックスは適切に対処していると。ワクチンも開発中であると。一企業、一国が言うだけだと力は弱いが、世界もグルであるのならば話は別だ。世論など、いくらでも弾圧できる。


 それでも何故、頑なに"隠蔽"という方法を取るのか。


 企業、国家。ここを徹底的に叩かねば、その問題の根幹に辿り着く事はできないだろう。

 もしかしたら、『バリスタ』はーー。


「……ひょっとすると、とんでもねェ事に首を突っ込もうとしてんのかもな、俺は。いや、突っ込まされるってのが正しいか。」


 企業と、実質国の実権を握る軍部を潰す。それがバリスタの掲げる目標である。つまるところの革命だ。

 国を腐らす企業と軍部を叩き、新しい政治体制を創り出す。どこまで携わるかなどは全く不明であるが、恐らくそれが、バリスタは狙う本当の目標。


 その時、嫌でも触れる事になるのだろう。世界が隠す事実という物を。


「……いや、飛躍し過ぎか。何の確証も無ェ。そればっかりはリーダーとやらに聞かねェ限りはなァ。ま、どうせ蚊帳の外だろうけどよ。」


 新聞を置き、だらりと椅子にもたれかかる。低い天井を見上げると、安物のランプちかちかと力なく光を漏らしている。当たり前の事だが、この光もマギニックエネルギーを使っている。


 その当たり前の裏の顔が、今も尚世界を蝕み、人知れず消えて行く。


『ザザ…』


 無線機にノイズが走る。仕事かーー


『おはようジャックス!起きてる?お仕事が入ったよー!今回は企業所属のマルドックスじゃなくて、野良のマルドックス退治だね!場所はなんと君がいるオドロット区の15番通り近くだよ!』


 願ってもないタイミングだ。実戦を重ねなくてはならない場面で、おあつらえ向きに野良狩りとは。しかも、15番通りといえばここからすぐそこだ。


「オイオイだいぶ近場じゃねェか。…つか、どうやって場所特定してんだ。相手は野良だぜ?」


『どうやってだと思う?』


「……分かんねーから聞いてんだろうが。」


『あはは!そうだね!今度教えてあげるよ。それより急がないと。グズグズしてると、誰か食べられちゃうよ?』


「あークッソ…はいよ!」


 今行くとピックマンを完全に一人にする事になるが、彼も事情を理解している。少しの間持ち堪えてもらおう。

 地下室を飛び出し、バイクを走らせる。この距離なら走ってでも問題ないが、人目に触れる時間はできるだけ少なくしたい。そういう意味でも、近場に現れてくれた事は幸いだった。


『今回は前みたくその場所に来るって訳じゃないからね。エリアに着いたら、その目で探して!』


「了解。見つけ次第やる。」


 数回道を曲がった所で15番通りに到着する。人目につかない路地裏にバイクを停め、息を潜める。

 まだ義眼にマルドックスの反応は無い。おおよそ2、30mが索敵範囲となっているため、ある程度はこちらから近づかなくてはならない。索敵範囲としては充分だと思っていたが、前回ニックスには完全にこちらの気配を読まれていた。あれがニックス特有のセンスなのかどうかは不明であるが、マルドックスという種において標準的に備わっている感覚である可能性は捨てきれない。

 特に、今回はより獣近い相手だ。もしかしたら、ニックスより感覚は鋭いかもしれない。警戒を怠れば、奇襲を受けるのは自分の方だ。


 狭く暗い路地裏を、素早く、かつ慎重に進む。相手は本能的に動いている。今現在、何を目的としているかなどは分からない。人を喰らおうと徘徊している可能性もある。

 しかし、こんな街中に出現するとなると、その存在にまた疑問を感じる。人目につかない筈がない。どれだけ丁寧に証拠を消したとしても、裏道とはいえ完全に人の目から隠すことはできない。それこそ、路地裏にバケモノがいた、というような噂話が広まっていてもおかしくない筈だ。


 ――人の目ごと、消しているーー?



 ――WARNING――



 思案に耽る頭を、現実に引き戻す。周囲を見渡すがそれらしい影は無い。臭い、音、気配共に先程と何も変わらない。奇襲を受ける様子もない。恐らく、まだ相手には気取られてはいなさそうだ。

 しかし、こちらも発見できていないとなると、話は平行線になる。見通しの悪い路地裏は、人目からも狩人からも身を隠しやすい。


(クソ……どこにいやがる…!)


 焦りが胸中を支配し始める。早く見つけなくては。そして一刻も早く始末しなくては。

 人が襲われてしまう。それもあるが、ジャックスが恐れるのはそこではない。人目に晒されるのであれば、最悪それはそれで良いとも考えている為だ。いっそその方が、世界のよく分からない目論見も瓦解する為、ざまあみろという話になる。


 ジャックスの懸念。それは、もし取り逃してマルドックスが表沙汰になった時、自分はどうなるのか、という事である。

 戦いの中で死ぬ可能性は充分に考えてきた。だがしかし、自分は生き残り、仕事を失敗した時。その場合自分はどうなってしまうのか。


 考えるまでもない。処分される。ゴミのように、手早く。


(冗談じゃねェ。こんな事でくたばってたまるか!)


 始末されそうになれば、皮肉にも抵抗できるだけの力はある。しかし、組織がその可能性を考えていない筈がない。ジャックスが仕事を失敗した時、どのように処分するかは、十全にシミュレーションされているだろう。そんな目に遭うのは御免だ。だからこそ、早く野良マルドックスを見つけてーー。


「遅いなあ、仕事が。そんなんじゃ君、死んじゃうよ?」


 声がーー。


「僕らの仕事はスピードが命だ。発生即対応。じゃないと世界は混乱に陥る。」


 声の主はどこにーー。


「君も同業者だろう?でも犬じゃないね。」


 警告表示は尚も続いているーー。


「あぁ、君の獲物は悪いけど僕が取っちゃった。だって君、遅いんだもの。」


 ならば、この反応はーー。


 目の前に黒い影が突如降り注ぐ。反射的に後方へはね飛ぶ。呪文を唱え、戦闘態勢に入る。しかし、その間その影は動く様子を見せなかった。それどころか、こちらを伺う様子でピンと立っている。それは紳士的であり、理性的であった。しかし、その姿は間違いなく、マルドックスそのもの。

 大きさは2m程だろうか。ニックス程ではない。逆に、細く靱やかな体躯をしている。見た目だけで言えば、人間とそう大差ない。


 醜い頭部を除けばーー。


 眼前に立つマルドックスは、ククッと喉で笑った後、あろうことか深々と礼を始めた。


「お初に。自己紹介をしようか。僕は《烏目》。さあ、君の番だよ。」


 唐突な出来事に、未だに対応しきれていない。ただひたすら、相手の様子を伺う事しかできない。


 コイツは誰だ。《烏目》と言ったか?何故攻撃しない。野良は死んだ?どこにいやがった。どうする?疾いぞ。話している場合か?


「無視は酷いな。警戒してるの?それなら安心してよ、別に戦おうって訳じゃないんだ。」


「……あァ?」


「今日僕は君と話がしたくて来たんだよ。ジャックス・アルバート君。」


 コイツは、コイツは、危険だーー。

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