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赤鋼の火薬庫  作者: 父神
第1章:バリスタの矢
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9話:会敵

 3日後――。

 まだウィスパーピークからの連絡は来ない。少し小綺麗になった地下室で朝の珈琲を飲む。上階が形だけでも喫茶店をやっているおかげで珈琲には事欠かない。格別に美味い訳ではないが、挽きたてを頂けるのは大変ありがたい。

 不要な監査が入らないように一応喫茶店として営業はしているらしい。僅かではあるが客が入っている時間がいくらかある。勿論、そんな売り上げでは店は続かない。大部分は組織からの支援金で存続しているようなものだろう。


 そんなハリボテの店を受け持っているあの中年の男。バゴスというらしいが、話してみると案外悪い人間ではなかった。

 境遇としてはジャックスと同じく、失職し路頭に迷っていた所を拾われたらしい。彼は足が悪く、組織の工作員として動く事もできないため、このような拠点の管理を任されているとの事だった。

 重要事項は伏せつつ身の上を話すと、涙を流しながら「大変だったな」「できることがあれば言ってくれ」と大変親身になってくれていた。ようやくまともな人間と話す事ができたと、ここが現実世界だと認識できた瞬間であった。


「どんな仕組みで仕事入るかだけでも聞いておくべきだったな。ヤツらが出没してからか、それとも先に叩くのか。」


 右耳につけた無線機をおもむろに触りながら呟く。ジャックスの仕事は、企業が管理する工作員マルドックスを殺す事。シンプルではあるが、そもそも存在自体がトップシークレットのマルドックスを、どんなタイミングで叩くのか。彼らも基本は人間の姿で暮らしている筈だ。それに、企業所属というのであれば、かなり厳重に管理されているに違いない。ジャックスのように。

 そんな相手を見つけ出し殺す為には、どれだけの情報力が必要になるか分からない。生憎そういった事情には疎い為任せるしかない。こちらの組織が優秀である事を祈るばかりである。


 企業所属のマルドックス。恐らく元々はただの人間だった、マルド病重篤患者。彼らは何を思い、どんな大義で企業に与しているのか。正しく推し量る事など不可能であるが、どうせーー。


「生きる為に仕方なく、だろうな。気分が悪い。」


 多くは恐らくジャックスと同じような境遇だろう。マルド病に罹り、重篤化しバケモノになり、困り果てていた所を拾われ、企業の道具として使われる。そこで言われた汚れ仕事をする。生きる為に。

 マルドックスとはよく言ったものだ。さながら、企業の飼い犬だ。


 同情はするが、だからといって情けをかけるつもりはない。見つけたら予定通り殺す。

 こちらも、生きる為に仕方ないのだ。


「嫌な世の中だよなぁ。人間の本質は闘争とは言うが、こうなってくると獣と変わらねェな。」


 ――無線機にノイズが入る。


『おはよう!聞こえてるー?ウィスパーだよ!!早速だけど、これからエズバル区に向かってくれる?』


「…は、急だな。エズバルの何処だ?」


『5番通り裏の廃工場!詳しい場所とルートは近づき次第また案内するよ!!あなたの居場所はリアルタイムで観測しているからね!』


「あぁそうかよ。時間は?」


『できれば後2時間くらいで到着して欲しいけど、できる?』


「余裕だ。舐めんな。」


 ここからエズバル区はそこまで遠くない。バイクを走らせれば1時間そこらで着くだろう。

 ジャケットを羽織り地下室を出る。どうせ客などいないだろうが、念の為店の裏口から出て、停めてあるバイクに跨る。このバイクは組織から支給されているらしく、数日前に堅物の男が置いていったそうだ。型式も古くデザインも趣味ではないが贅沢は言っていられない。

 大通りを進めばシンプルな道のりであるが、この時間帯は混雑する可能性がある。多少時間はかかるが裏通りを進む事にした。幸いにも、ベルベットシティはジャックスにとっても馴染みがあり、土地勘が効く。


『いやー初仕事だね!目標はグラコニー社のマルドックスだよ。名前はニックス。資料にあったと思うけど、結構大型で、見た目通りパワータイプって感じだね!』


「写真があったヤツか。頭は悪そうだ。」


『わかんないよー?油断してぺちゃんこにされないでね!』


「はいよ。」


 細い道を抜けエズバル区へ向かう。冴える足取りとは裏腹に、内心は焦燥感に包まれていた。

 マルドックスとの初戦闘。それも、命を賭けた。勝てる自信があるかと聞かれると、イエスとは答えにくい。数日訓練したジャックスより、日常の中でマルドックスとしての戦いがあったあちらの方が、圧倒的に戦闘経験がある。この差は大きい。

 せめてもの気休めとしては、相手も人間である事だろうか。精神面は宛にならないが、少なくとも人間としての急所は残っている筈だ。銃弾も効かない強靭な肉体に打撃を打ち込み続けても、良くてジリ貧の戦い。長期戦はこちらの望むところではない。効率的に急所を狙い、短期決戦に持ち込むしかない。


 では、そんな急所があるだろうか。マルドックス化したシーを見る限りでは無い。全身を外殻筋肉で覆われ、首元も、胸部も、腹部も、到底致命的外傷を負わせられる強度ではない。

 どうすればこちらの攻撃は通る?相手の弱点は何だ?


 考えても、有効な策が浮かんで来ない。



 ー


 ーー


 ーーーー



 拠点を出て約1時間半。人が住んでいるかも分からないような民家が数軒並ぶ程度の僻地。そんな場所に忘れられたような廃工場があった。遠方からでも見える程外壁の老朽化が進んでおり、さらに近づいてみるといくらか窓ガラスも割れたままになっているようだった。


『そろそろ目標地点だね。あの廃工場だよ!正面からは入れないから、西側から回って裏口に入って。鍵のついていない扉があるから、工場の中にはそこから入れるよ。結構時間早かったからまだいないと思うけど、そこにニックスが来るはず!』


「ソイツはどういう訳でノコノコ来やがるんだ?俺と戦うためにって訳じゃねェだろ?」


『勿論。本来は今日ここでグラコニー社のニックスと、サイギック社の要人が密会をする予定だったんだ。サイギック社の人にはもう消えて貰っているけど。そうとも知らずやって来たニックスを、君がやるってシナリオだよ!』


「ご丁寧にお膳立てどうも。サイギック社のヤツは気の毒だったな。」


 それにしても、グラコニー社とサイギック社とはこれまた大物同士の話である。

 まず、ボスベニア企業国連邦の5大企業は、「UGエーデンスコール社」「グラコニー社」「ボスベニア興業」「シンザニア・マギニック」「サイギック社」で構成されている。今となっては企業というより政党のような立ち位置になっているが、かつて国の発展に多大な貢献をした大企業である。勿論それは結果論であり、国の発展は企業競走が生み出した副産物に過ぎない。

 そんな絶対の地位を得た企業が、今更何を取引するのだろうか。極論、余程のことがない限りその地位を脅かされる事もない筈だ。


 そのあたりを調べるのは組織の仕事で、ジャックスが気にする範囲の話でない事は分かっている。ただ、事態に置いていかれているような気がして気に食わない。


「そんな余裕は無いけどな。」


 言われた通り裏口から入り、扉を開ける。薄暗く、放置されて幾年も経過した工場が、がらんと広がっている。皮肉な事に、暴れるにはもってこいの広さだ。静かで、周りには人気がなく、何事も隠しやすい空間。恐らく自分がここでボロ雑巾のように朽ち果てたとしても、誰にも気づかれることなく風化するのだろう。勿論、死体は処理されるだろうが。


「闘る前から死ぬ事考えんな…クソ…」


 嫌なイメージは中々拭えない。少なくとも、勝利のイメージが浮かばない限りは。


 息を短く吐く。自然と跳ねる心臓を落ち着かせる。これから殺し合うのは根っからバケモノではない。一応元人間だ。そこを失念しなければ、勝機は見えてくる筈だ。

 そう信じ、いずれ来る男を待つ。

 いつ来る。

 ここに来てからもう10分は経った。

 もう来ても良いだろう。

 さあ来い。


 来い、来い、来いーー。



 ――WARNING――



 視界が変わる。


『来たよ!裏口からじゃないな、正面から入ってきた!』


 勝機はある。相手が人間の姿のままノコノコ来ようものなら、人間のうちに襲撃する。たわいもない。鋼の腕で殴り抜くだけでも、首を弾き飛ばすだろう。


(まずは不意打ちだ。ここで決まれば御の字だが、どうだ。)


 動かなくなった機材の影に身を潜ませる。依然、視界の緊急表示が接近を知らせる。距離にして約20m。もうこの工場には入ってきている筈だ。足音は聞こえない。こんな静かな工場の中で?


「くっせぇ殺意が臭うんだよなぁああ!!!!!!」


 咆哮と共に、爆音。工場にあった大型の機材が大量に宙を舞う。


 奇襲は、不可能――。


 そう判断すると同時に、その場を駆ける。落下してきた機材が轟音と共に砕け散り、辺り一面に砂埃が舞う。仄暗い霞の奥に、青緑色の双眸が光る。


 巨大。

 シーのそれとは比べ物にならない程の巨大な影が、そこに揺らめいていた。シルエット自体はそれ程変わらない。強いて言えば、写真の通り腕は人間らしく二本しかない点か。

 しかし、その二本の腕があまりにも脅威。異常に肥大化したその腕は、筋繊維の塊と化している。それは正に、破壊のみを求めていた。


「ラ・スーロ…グリーヴァ…!」


 義体を起動させる。相手と同じ青緑の光。暗い廃工場の中で、淡い光が微かに、そして確かに輝く。


 やるしか、ないーー。


「なんだよテメェはよ。サイギックのヤツでもなきゃ同類でもねぇ。あぁ!!?オイ!!!」


「うるせェヤツだな。見た目通り頭が悪そうだ。」


 自分を落ち着かせる為に、挑発して時間を稼ぐ。どうせ引っ掛かりはしないだろうが、問答の間だけでも打開策を打ち出さねばならない。

 とにかく、あの腕は危険だ。あんな腕から繰り出される攻撃をまともに受ければ、義体ごと砕け散る。受け流す事もままならないだろう。相手の攻撃は回避に専念するしかない。図体がデカいヤツは動きが遅いと相場が決まっているが、果たしてコイツにその相場が当てはまるかどうか。


「ぁあ!!???テメェ今バカって言ったかオイ!!!義手野郎テメェ!!!ぶっ殺す!!アア!!!ぶっ殺す!!!!!!」


 錯乱したかのように巨大な腕を何度も地面に叩きつける。それだけで地響きが起こり、今にも崩落しそうな勢いで工場が揺らぐ。

 ただ、それだけだった。ひとしきり地面を叩いた後、こちらを血走った目で睨み息を荒らげている。


(……想定以上に単細胞バカかもしれねェ。油断はできねェが。)


 相手が感情的であれば、付け入る隙はある。問題はシーよりひとまわりもふたまわりも巨大な体躯の脅威と、その体にどうダメージを与えるか。

 まず狙うべくは、目か。分かりやすく光っているのだから、狙わない手はない。相手の視界を奪う事ができたなら、それだけで戦いを相当有利に進める事ができる。


 回避して、回避して、目を狙う。

 今できる戦法は、これしか無いーー。


「舐めんじゃねえ!!!!テメェ、テメェ殺す!!!!!」


 轟音と共に巨大な体躯が跳ねる。




 グラコニー社:

 ニックス・ジャブザロス

《ハイボルテージ・ニックス》




 戦闘開始。

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