ネメシアとブローチと
ネメシア回です。
魔術協会到着後はネメシアと二人で協会長の元へ向かう事になりました。
「お察しの通りブローチの件で呼んだんだ。コレ、もしかしてアナベルが小さい頃に言ってたブローチ?」
ネメシアは迎えに来てくれたイフェイオンと分かれて二人きりになってから、こう切り出しました。
小さい頃のわたくし、どうやら意識が曖昧で前世知識をボロボロと披露していたみたいね……。ネメシアが覚えている事も含め、困ったものだわ。
さて、このブローチについてどこまで話すか迷うところです。先ずはネメシアたちが何処まで知っているのかも確認しておかないと、何故知っているのかと不審に思われますしね。
「小さなわたくしが何を話したかは覚えていないので分かりません。……どんな内容でしたか?」
とりあえずはぐらかす事にしました。
「あはは、そんなに警戒しなくても大丈夫。正直に言えば、何故アナベルがそんな事を知ってるのか、とか聞きたい事ばかりだけど、今は詮索しないと約束しよう。殿下とも決めたしね」
……ノイエ様にも筒抜けだったのは不覚です。想像よりもネメシアとノイエ様の関係が構築されていました。
「……ブローチの現物は青色だけ?」
青色は魔力アップのアイテムです。ヒロインであるリリーナが使用していない今、誰が何の為に使っているのかが分かりませんが、魔力アップや魅了を意図的に使っているのは不穏です。
「こちらで現物を保管出来ているのは青色だけ。……その口振りだと、昔話していたブローチなんだね?」
返答を失敗した感はありますが、詮索しないという言葉を信じて知っている情報を教える事にしました。
「どこまで調べは進んでいるの?ブローチの効果は分かる?」
「とりあえず、隣国からの輸入である事、王都とイフェイオン辺境伯領の市井に出回っている事、ブローチがイフェイオンの強化魔術に似た特性がある事は分かっているけれど、詳しくはまだまだ」
魔力アップのアイテムを王都とイフェイオン領で?しかも元々魔力を持っている事の多い貴族では無く市井で?
魔力の無い庶民では制御も出来ないし、魔力によって魔獣を呼び寄せてしまったり、生み出してしまう可能性だってあるのに。
ブローチが現実でも存在した事も驚きでしたが、使用者が貴族では無い事にも驚いてしまいました。
「青色のブローチは、魔力アップ効果があるし、ブローチ自体にも魔力が宿っているわ。効果としては、20%程度。ピンク色のブローチは何故知っているの?」
「『何故知ってる』はオレが聞きたいけど、詮索しない約束だからやめておこう。
ピンク色のブローチは、件の王女様が持っていた」
ネメシアやノイエ様、イフェイオンに話し掛ける前に、クロッカス様が何かを握りしめているな、とは思っていたらしい。
けれど、ポケット(クロッカス様のドレスのスカート部分にはポケットが有るそう!良いわね!)に手を入れる訳にもいかず現物を抑える事は失敗したそう。
「チラリと見ただけだけど、青色のブローチと意匠は似ていて、リボンがピンクと白で華やかなピンク色のブローチだった。……多分複数持っていると思う」
好感度アップアイテムの複数所持。特定の人物と会う前に握りしめる。……うーむ、クロッカス様が転生者かは確定ではありませんが、少なくともゲームの知識はあるのでは無いかと思います。
ゲームでは気にならなかったアイテムですが、現実で効果を知るとかなり怖い。魅了状態のリリーナを思い出して背筋が凍りました。
「ピンクの方も魔力を帯びたものでしょう。詳しく分かりましたか?」
ネメシアは魔術型の分類が出来る様になっています。魔力の感知も得意な筈ですから、既に効果も知っているかもしれません。
「魔術型の分類は、現物を抑えた上で色々手順を踏まないと、流石にオレでも無理だよ。あと、魔力の感知はしたけれど微力で、何をしたいかはさっぱりわからなかった」
ピンク色のブローチの効果は好感度20%アップ。複数所持なのでアップ率はそれ以上な筈です。それにも関わらず、効果がさっぱりという事は。
「……ネメシアはクロッカス王女殿下の事を……」
「ブローチの事は気になるけれど、それ以外は邪魔以外の何者でも無い」
元の数字が小さければ、アップしてもほとんど変わらないわよね、うん。
「殿下なんて早く帰国させる為に寝る間を惜しんで調べてる」
ゼロに何をかけてもゼロって事なのかもしれません。
「オレにそんな事を質問するって事は、精神作用魔術の効果って事だね。……でも、呪いみたいに心を操れる訳じゃない」
ネメシアは察しが良いので直ぐに理解してくれたようでした。
「今ある好意を20%アップさせる、という効果の筈です。元が極端に低ければ作用し辛いでしょうが……。因みに、ワトソニア先生の精神作用魔術と似たようなものです」
「つまり、イフェイオンや先生に協力して貰っているオレの研究は、既に隣国で完成したいると言うことか。……凄く、興味深い」
楽しそうでも有り、自分の考えが既に形になっているのが少し悔しいのも有りという表情をしていました。
「隣国は魔力を持つ者が少ないから、魔石研究について一日の長があるのでしょう。それにしても、自分は膨大な魔力を持っているのに、よく魔石を思い付きましたね」
魔力を持つ者の多い我が国では魔石という概念が無い。有るのかもしれませんが、わたくしが調べた限りありません。魔石を必要としないネメシアがよく思い付いたものです。
「いや、さっきも言ったけど、アナベルが小さい頃に言ってたんだ。魔力を閉じ込めた宝石のブローチの話。だからオレの思い付きじゃない。それにしても、オレが作って驚かせようと思ってたんだけどな」
……そういえばさっき言ってましたね。それにしても、わたくしを驚かせる為に魔石の研究をしていたとは初耳です。
「ネメシアが作る魔石の方がえげつない効果がありそうね」
溜息まじりに笑えば、少しだけ落ち込んでいたネメシアも笑ってくれました。
「アナベルと『誰も知らない話』をすると、色々試したくなる。……結婚して、王妃様になっても、オレと『誰も知らない話』をして欲しい」
ネメシアに前世の知識を話していると、どんどん前世の事を思い出すから不思議です。世に出せない前世知識もあるけれど、昔を懐かしむみたいに話せる相手がいると、この世界以外を知る疎外感のような寂しさが和らぐのもあって、駄目だと思いつつ、ついつい話してしまいます。
「全部教えてとも、何故知ってるのかとも聞く気は無いから安心して。少し聞くだけで凄く楽しいからさ♪んで、結果国の為にも殿下の為にもなる!趣味と実益兼ねた素晴らしい娯楽だ!だから、息抜きみたいにオレと話そうよ」
わたくしに何か事情があると察し、ネメシアが明るく取りなしてくれました。なんだかんだで人が良い。
「ネメシアに話すとえげつない効果がありそうな物は除外するけど……そうね、たまにわたくしの『誰も知らない話』を聞いてね」
ノイエ様が王は孤独だと言っていた事を思い出します。多分、わたくしのこの気持ちに近いものがあるのでしょう。
改めて、ノイエ様に寄り添えるのはわたくししかいないと確信しました。ノイエ様に会いたいと、とても思いました。
可笑しな。もうちょっとイチャイチャを書こうと書き始めているのに、一向に主人公たちが一緒にならない…




