辺境伯子息と馬車の中
指定された時間にイフェイオンは迎えに来ました。
ノイエ様とは相変わらず交換日記だけの関係なのに、他の男性とは二日連続で会えるなんて、王宮の方針も微妙なものです。
まあ、方針だけで無く、ノイエ様本人がお忙しいのと、件のクロッカス様が面倒な事も重なっているのでしょうけれど。
リリーナは明日からイフェイオン辺境伯領に魔獣討伐の応援に行く事が正式決定した為、本日の魔術協会訪問には同行しません。
「カトル君、アナベル様の事宜しくお願いします。あと、私も今度お邪魔したいとお伝えください」
昨日ネメシアから貰った魔力を帯びたブローチを見て、リリーナにも何か思うところがあるみたいです。
ゲーム内では課金アイテムとして大活躍なブローチでしたが、これをリリーナの聖女結界と組み合わせたり出来ないかしら?と呟いたせいもあるのでしょう。
「研究が進めば、私はアナベル様の侍女に専念出来るかもしれませんので」
いつのまにかゲームヒロインちゃんに愛される悪役令嬢になっていたのですが、ここまでとは思わなかったなぁ。
王宮からは魔術協会まで馬車で20分という距離です。
イフェイオンは護衛の意味合いも有り同じ馬車に乗り込んでいたのですが、二人で話す内容が意外と無くて、馬車が揺れるガタゴトという音が妙に大きく響いていました。
学院で最後に見かけた時は、リリーナに対する恋心を終わらせたもののまだ燻っている感がありましたが、昨日今日の様子を見る限り、完全に吹っ切れている様子でした。
近頃はクロッカス様に学院内で纏わりつかれているそうですから、それどころでは無かったのかもしれません。
「明日からリリーナのこと、お願いしますね。わたくしより無茶はしないでしょうけれど、頑張り過ぎる傾向があるので」
リリーナを好きだったイフェイオンに、今更お願いするのは余計な事だし無神経かもしれませんが、彼女の無事を思えばわたくしが少々無神経な女と思われてもどうって事はありません。
恋心の再燃は困りますが、今回の派遣で、わたくしが知っている人のうち一番リリーナを守ってくれそうなのがイフェイオンなので仕方ないのです。
「言われなくともリリーナさんの事はボクが守ります。父も兄も、聖女派遣に難色を示していましたからね」
辺境伯領の皆様は、自分たちだけで魔獣討伐が出来なかったせいで聖女派遣となり、プライドを傷付けられたと思っている節がある様なのです。
まさかとは思いますが、リリーナに何かあったらと思うと心配でなりません。
「聖女の力を借りなくてはならないなんて、山より高いプライドがズタボロでしょう。前回の聖女降臨時は派遣要請をしないで済んだようですから、……いつぶりなんでしょうね?ボクをあんなに嗤っていた癖に」
イフェイオンの小さな体格を嗤い、強化魔術を使用しての戦い方を卑怯と言っていた辺境伯領の家族を思い、暗い嗤いを浮かべるイフェイオン。
ざまぁみろ、と小さく呟いているのが聞こえましたが、そこに晴れやかなものはありませんでした。
「そんなに偽悪的に振る舞わなくていいのよ。……心配なのでしょう?」
侮られ、悔しい思いをさせられてはいましたが、イフェイオンの中に家族を思う気持ちがあるのが分かりました。素直に心配だと言えない心境な事も。
わたくしに指摘され、苦虫を噛み潰したような表情をするけれど、否定をしなかったのが答えです。
思春期の少年の心は一筋縄ではいかない様ですね。
「スターチス様は、ボクの触られたくない部分を刺激するのがお好きなようですね」
わざわざ言われなくても分かっている、そう言いたいのでしょう。けれどわたくしは意地悪な元悪役令嬢なので、それを察して寄り添うなんて真似はしません。
「構って欲しそうに偽悪的に振る舞うからよ。嫌ならもっと普通にしていなさい」
イフェイオンは少しだけ泣きそうな顔をしました。
「ボクの触られたく無い部分に触るのが、二人連続で手に入らない人なんて笑えてくる」
彼の呟きは反応していい内容ではありませんでしたから、わたくしは聞こえなかった事にしました。
いつかイフェイオンに、触れられたく無い部分を曝け出してもいいと思える、声に出して好きと言える相手が現れますように。
薄らと赤い顔をしたイフェイオンを横目で見ながら、自分勝手な願いを心の中で唱えました。
仕事の関係も有り、のんびり更新で申し訳ありません。
火曜、金曜辺りに更新出来るかな?
その後編は今で半分くらいかな〜という着地点が非常にふわふわな状態で書いております…




