厄介な来訪者
まったり更新で申し訳ありません…
今回訪れる王女殿下の近隣国は、我が国に直接接してはいない友好国の一つです。
現在、ユーフォルビア様の国も含め近隣諸国で友好国連合を作っており、交換留学も盛んです。まぁ、友好国同士ですが、水面下ではかなりの鍔迫り合いが起こっているのですが。
友好国連合の中で発言権が強いのは我が国とこの近隣国です。ユーフォルビア様の国は一段発言力が下がります。特に今は王弟のやらかしも有りましたしね……暫く弱腰でしょう。
そうなると益々発言権を高めた近隣国が何か言って来そうだなぁと思っていたところの王女殿下の留学。正直、肩透かしな印象です。
「今回の留学で、友好度が上がると良いのですが」
わたくしが言うと、ノイエ様は少しだけ苦笑いをしました。
何かあるのかしら?
「アナベルには会わせないようにしていたからね。……これなら、少々不利な条件の貿易交渉を受けた方がマシだったかもしれない」
ノイエ様が少し遠い目をしていました。
何でしょう、この留学ってまさか、友好的な意味合いでは無く、もしかして厄介払い的な……?ええー……。
「何があろうとも、私が好きなのはアナベルだけだから。それだけは本当に信じて欲しい」
必死な様相で言うノイエ様に、わたくしは頷くしか出来ませんでした。
広間に入ると、近隣国の王女殿下がノイエ様に飛びついて来ました。かなりの勢いで、熱烈なハグというよりタックルと言っても良いかもしれません。
扉を開く前にノイエ様が腰を落としてスタンスを広く取ったのはそのせいだったのね。
でも、護衛のデルフィニウムが良く許したわね?と思い、チラリと見やれば、
「自分が前に出ると、この茶番を何度も繰り返すんです」
と、小声で教えてくれました。
それは……面倒ですね。
「ノイエお兄様が留学中エスコートなさってくれるって聞いたわ!しかもディエス様がなさるはずだったのに、ノイエお兄様が立候補してその座を勝ち取ったとか!」
挨拶もせずに捲し立てる近隣国の王女殿下。これは……聞きしに勝る方かもしれません。
ちなみに、ディエス様とはノイエ様の弟で第二王子殿下です。この王女殿下と同じ歳で、イフェイオンの一つ下の学年なので今年学院の三年生ですね。
そこまで思い出して、ピンときました。
ディエス様はノイエ様の時と同じく婚約者候補がおり、現在婚約者を選定中です。その状態でこの王女殿下をエスコートしたら……、混乱しそうですね。
「ああーん!あたくし、ディエス様からもノイエお兄様からも愛されて困ってしまいますわぁ!」
ノイエ様の腰回りにぎゅうぎゅうにしがみ付いたまま宣う王女殿下。
えーと?この方、なんておっしゃったかしら。名前を思い出したくも無いわ……。
とりあえず物凄く無礼者という認識で良いでしょう。
乙女ゲームの悪女に転生されるラノベにありがちなゲームヒロインみたいな性格ね……。
ところで、王女殿下の先程の台詞はどうやらわたくしに向けて放たれたモノだったらしく、彼女の言葉に悔しがらないといけなかった様で、わたくしをめっちゃ睨んできます。
「ディエス様からもノイエお兄様からも愛されて困ってしまいますわぁ!」
そしてまさかの二度目の台詞。これがデルフィニウムを諦めさせた繰り返し茶番。凄く面倒です。
ただ、わたくしはまだ王女殿下から発言許可を得ていませんので、ここは大人しく臣下の礼を取るのみでした。無礼者でも近隣国の王女殿下ですからね。
「悔しくて何も言えないってところかしら?うふふ、可哀想な方。ノイエお兄様はあたくしの虜ですの。一応名前を聞かせて、お飾りの婚約者さん?」
どうやら先程のわたくしの態度はお気に召したご様子でした。茶番にこれ以上付き合わされなくて良かったです。
「ありがとうございます。わたくし、ノイエ第一王子殿下婚約者アナベル・スターチスと申します」
丁寧さを心がけてカーテシーをしました。
王女殿下のお付きの近隣国の皆さまがホッとした表情をしています。わたくしが怒り出すと思っていたのでしょう。
わたくしが既にノイエ様と婚姻を結んでいたならば、国の為に怒る必要が有りましたが現在はまだ婚約者に過ぎません。きちんと弁えているつもりですが、……まぁ、良い気持ちではありませんね。
怒りの感情が湧き上がった時ほど冷静に、相手に隙を見せないように丁寧に。王妃教育で学んだ事を実践する時です。
少々慇懃な態度だったかもしれませんが、そこはまだ修行不足な婚約者という事でご容赦ください。
「宜しくアナベル。じゃあ後ろが聖女ね。あたくしがライラ・クロッカスよ」
クロッカス様は凄く尊大なご挨拶でした。お付きの皆さまは真っ青です。
「ノイエお兄様の愛があたくしに注がれても、あたくしを害そうなんて思わないでね。国際問題になっちゃうから。……じゃあ、もういいわ、ノイエお兄様と二人きりになりたいからみんな下がって?」
クロッカス様、お顔はとっても愛らしいんですがね、何しても許されると思ってらっしゃる?ふふふふふ、へー、ほー。
何でしょう、婚約者に勘違い王女が言い寄っている上にマウント取られてるのって、……好きなのはわたくしだけって言われているけれど、凄く嫌な気持ちになりますね。
「ライラ王女、アナベルは私の婚約者です。勝手は困る」
「ええ?でもあたくし早くお兄様と二人きりになりたいわぁ」
ノイエ様はクロッカス様を剥がそうと頑張りながら、彼女に対し初めて声をかけました。
ノイエ様は結構な塩対応なのに、クロッカス様は鋼のハートなのか自分が愛されていると信じて疑いません。
わたくしの方も、万が一にもノイエ様が彼女に靡くとは思っていませんが、モヤっとしてしまいます。
恋愛感情が故に盲目になり、小さな事に嫉妬してしまう。恋とは恐ろしいですね。王族が政略結婚をする意味を改めて考えさせられます。
わたくしが気を引き締めようと考えていると、
「留学の際の取り決め、特に第一項目の遵守、お忘れなきよう」
ノイエ様はクロッカス様の言葉は無視してお付きの方へ向けて話していました。
クロッカス様に一欠片も心を向けていないその態度に、少しだけ安心したのはわたくしだけの秘密です。
それにしても、話聞かない系女子なクロッカス様には困ったものです。ベロニカ様もその基質はありましたがこれ程では有りませんし、何より立場が違いますからね。うーむ、これは厄介です。
暇だから波乱があればいいなんて、気軽に思った罰が当たったのかしら。後の祭りとはこの事ですね。




