婚約者となった悪役令嬢のぼやき
わたくしの住まいを王宮に移して一か月半。毎日……、暇をしておりました。
本来ならもう少しノイエ様との時間が取れる筈だったそうなのですが、あの卒業式のやり取りを見て色々憶測なさる方がいらしたそう、とはムスカリの言葉です。
そうよね、付き合いたての男女が一つ屋根の下はね……広いし、そこかしこに人目があるので現実的には難しいでしょうけれど、若いエネルギーがどう暴走するか分かりませんものね。警戒したくなるのも分かります。
本来なら婚姻式迄の期間、決定した婚約者と距離を詰めつつ、様々な公式行事に参加しながら王太子妃教育や王妃教育を施され忙しない日々となるらしいのですが、ノイエ様とは既に想いを通じ合わせた為暴走しない様に接触機会を減らされました。
王太子妃教育などですが……、まさかの実はほぼ終わっている状態でした。いえね、ちょっとおかしなとは思っていたのです。婚約者候補に過ぎないわたくしに対し、やけに細かく教育しているな、と。王家の細部をこんなに教育しちゃって、わたくしが婚約者にならなかったらどうするつもりなのかな?と。
暗部については言葉を濁されていましたが、憶測出来るレベルには教育されていました。ここら辺の詳細を現在教育されているところですが、……他の候補者の方々にもなさっていたのかしら?だとしたらセキュリティがばがばよ?と。
リリーナとユイリィ様にそれぞれ聞いてみたところ、リリーナは王太子妃教育そのものを全く受けておらず、ユイリィ様は王族教育の始めのみだったとのこと。
……囲い込みは候補者に上がった時点で始まっていたというか、ホントほぼ確定の状態だったのねと今更ながらに思い知らされました。
月一の王妃様と一対一での茶会という名の勉強会も、三か月に一度の陛下との一問一答会も、わたくしだけだったそうです。
ユイリィ様によると、王妃様とは三か月に一度程度。これはわたくし以外の婚約者候補で月一お一人ずつだったみたい。わたくしのみ毎月でした。陛下とは年一だったそう。
ノイエ様を好きになれて本当に良かったわ……。ゲーム中で悪役令嬢Aが大抵婚約者になるのはこのせいよね。逃げられないように手は回されていました。
そんな訳で、ノイエ様との時間も減らされ教育時間も少ない今の状態、はっきり言って時間を持て余しております。
ノイエ様はわたくしとの時間分執務を入れられたそうなので、わたくしもお手伝いなどしたかったのですが(暇なので)、今のところのわたくしの身分は婚約者なので、決済が出来ないなど様々規制があるそうです。
仕方なく、リリーナが兼ねてより熱望していたデルフィニウムの護衛術講座を一緒に受けてみたり、カンパニュラの仕事の手伝いをしてみたり(若手激励と書類整理くらいですが)、ムスカリに運送ギルド設立についてのアドバイスを求められたり、ネメシアと教えても大丈夫そうな前世記憶の魔術転用などを考えたりしていました。
因みに、ムスカリの運送ギルド案はわたくしが小さな頃に前世記憶のアマ◯ンと宅配便の事を話していた事が元になっていたそうで。
アレって少なくとも十年は昔の話なのに、ムスカリはその当時『これはいける』と思って考えていたそうです。
出来る男ムスカリ、ネメシアと同じくらい前世記憶を教えるのはヤバい相手ですね!
「アナベル様、大分お暇そうですね。ノイエ殿下にお会い出来るのは来週だそうですから、それまでの辛抱ですよ!」
リリーナが暇を持て余し気味なわたくしを励ましてくれました。
「べ、べつに!わたくしはノイエ様に会えないから拗ねている訳ではありませんわ!」
……照れから図星を否定しようとしたところ、ツンデレの典型みたいなセリフを吐いてしまいました。何これぇ!
「あらあら、素直じゃないですね?」
クスクス笑って場を和ませてくれるリリーナと、扉の前には護衛の為に女性騎士が立っているわたくしの私室。
リリーナはこの後護衛の資格も取って、わたくしが出来るだけ快適に過ごせるようにしたいと言っています。
……それと言うのも。
「……ふ」
扉の方から、嘲りを感じる小さな笑う吐息が聞こえました。
……とまぁこのように、女性騎士がノイエ様過激派だった様でわたくしに対してかなり当たりが強いのです。
護衛騎士に女性は少なく、中でも貴族籍を持つ者は限られています。王太子妃予定なわたくしに配慮して貴族籍を持つ彼女が配置されたのですが、卒業式の事がかなり歪曲されて伝わったのか、それとも信じたく無かったのか分かりませんが、わたくしに対する心象が物凄く悪い様子です。
更に、王太子妃教育などがほぼ終わっている事は周知されていない様で、勉強もせず日々遊んでいるように思われています。
誤解を解いても良いのですが、貴族籍を持つ女性騎士はそもそも少なく、更に大半がノイエ様過激派なのだそうで。王妃様付きの方は珍しく違うそうなのですが、王妃様付きからわざわざ交代させるという事も出来ず今に至っております。
もうね、男性騎士をデルフィニウムに紹介して欲しいくらい面倒なんですが、それをすると悪評が立つから止めた方が良いと忠告がありました。
尚、部屋の中は女性騎士、外には男性騎士が配置されております。
「何か思うところが?ガザニア」
ピシャリと嗜めたのはリリーナ。近頃のリリーナは聖女としての風格とわたくしの侍女としての威厳が出てきて格好いいのです。可愛いのだけれど。
女性騎士はガザニアと言います。ガザニア男爵の三女で、いわゆる騎士家系なのですが視野が狭いというか、今後の見通しが出来ていないというか、兎に角短絡的な方です。
同じく男爵令嬢の侍女リリーナに反発したそうにしていますが、リリーナは久方ぶりに現れた聖女な為、渋々従っていらっしゃるご様子。
その理論で行くと、公爵令嬢でノイエ様の婚約者なわたくしは最上級で敬われるべきなのでしょうが、ノイエ様過激派で、もしかするとガチ恋勢かもしれない彼女には難しい様でした。
ガザニアはわたくしたちよりも4つ程上で、幼い頃から女性護衛騎士兼遊び相手としてノイエ様や第二王子、第一王女とも接する機会があったそうです。
何故知っているかと言うと、本人が『私幼い頃のノイエ様の事知ってますし』的なマウントを取って自ら話したからです。曰く、『私のような男爵家出身の護衛騎士は少ないから、長く勤めてくれると嬉しい』と言われたとか何とか。
明らかな社交辞令を間に受けたと言う事でしょう。
「黙ります」
ガザニアは微妙な顔で、仕方なくと言った態度を露わにしつつ言いました。
そもそも発言を許して無いけどね、とは言わないでおきました。この女性騎士は王宮内の教育係とも親しく、その方もノイエ様過激派なので。
教育係や女性騎士の一部が、『スターチス嬢はもう少し殿下から愛される存在である事に感謝をすべき!何らかの駆け引きのつもり!?図々しい。王太子妃教育もサボっているし、婚約者の座を色仕掛けで得た方は違いますね!側近の方々も籠絡されて嘆かわしい』と言っているそうです。
うーむ、頭が痛い。
ノイエ様の外面の良さがこんな風に悪影響が出るとは思ってもいませんでしたが、学院内でも同じ様な過激派がいたしね……。
過激派は中々に自己顕示欲が強くて、自分の存在感を出したいのが特徴です。もしかしてノイエ様に目を掛けて頂きたいのかしら?
彼女たちにとってノイエ様は、所謂推しというイメージでしたが、ガチ恋勢は愛妾狙いなのかもしれません。身の程知らずですね。
いつまでもこの調子なのは頂けないので、近いうちに何とかしようとは思っておりますけれど。
「今日はいかがしますか?」
リリーナがこう言うという事は特に予定が無い事を表す。
「……では、次回の孤児院慰問の為に刺繍と、慰問用のプレゼントの選定など……」
ああ、暇です。小虫が少々煩いけれど。
もう少しくらい波乱があった方が、日々が充実するかしら?
そんな風に思ってしまったのが悪かったのか、暇だった日々は小さな台風によって終わりを告げるのでした。




